Many Classic Momentsってなんだろね
自分は音楽をやっている。
いや、音楽をやっているってなんだ、正確に言うならば、楽器を演奏できる。バンドでは10年ほどドラムを叩いており、趣味でギター、ベースを弾ける。
だから、音楽を聴くのももちろん好きで、いろんな音楽を聴いてきた。もちろんこの世の中のものを全部聴いているわけではないし、あまり聴かないジャンルもあったりするんだけど。
長い前置きはさておき、好きな音楽の一つを紹介しよう。
はい、globeのMany Classic Momentsです。
ひとまず、一度お聴きください。
はい、どうでしたか。
いや、ほんとに聴きましたか?
たまには何かをしながらじゃなくて、じっくり音楽を聴いてみてはいかがですか。
では、この音楽について話しますね。
音楽としてのMany Classic Moments
この音楽、何が印象的か。
サビの歌詞。
この歌詞、やたらと頭に残ってしまう。
いや、歌詞というより、この言葉とKEIKOの声が頭に残る。
何で頭に残るのか。
それはこの曲が小室哲哉サウンドの特徴である4つ打ちであることと、歌詞の音数が非常に調和しているからだ。
4つ打ちというのは、4拍のリズムで、「たん、たん、たん、たん」と1拍ずつ刻まれる音楽のこと。難しいことは考えず、全く同じリズムで手なり、頭なりを揺らしたり、叩いたりしてみたらわかると思う。わかりやすくて、のりやすいリズム。
そして、サビの歌詞の頭は基本的に5音の連続。
「そ・ば・に・い・て」「き・す・を・し・て」「つ・ら・ぬ・い・て」「い・つ・の・ひ・か」という音も意味も違う言葉たちが、同じ5音と同じリズムで繰り返されることで、わかりやすく、頭に残りやすくなっている。
これが4つ打ちであることによって、1音(4分音符)×4つが1小節となり、2小節目の頭に最後の1音が来ることによって、その音を伸ばす(全音符)ことでより印象的になる。
こうした調和が「そばにいて」とか「きすをして」という言葉が持つ強烈な意味を後景化させ、音楽の肝である、単純な音として頭に残るのだ。
はい、言っていることが難しいって?
音楽的に分解してみただけなので、ごめんなさいね。
じゃあ、歌詞の意味に注目する。
歌詞としてのMany Classic Moments
タイトルの「Many Classic Moments」ってどういう意味なんだろね。
正確な意味はわからないけれど、「多くの昔の時間」で仮にしておこう。
すると、この音楽の冒頭からしてこうやって始まってるね。
「ちょっと今から思えば」って、過去を振り返っている。
そうやって過去を振り返りながらサビの前で願いを込める。願いを込めるってことは、これから先どうありたいかってこと。
「何かひとつだけでいいから与えて」という願い。その願いの内容が、前述したサビの歌詞につながるわけで、「そばにいて」とか「KISSをして」とか。こうしたものは、相手の動作を求めること。
難しい言葉で言えば、J.L.オースティンが言った「遂行的発話(performative)」に通じるものがあるね。
あ、今更なんだけど、音楽を音楽として分析することはソシュールのシニフィアンとしての分析で、音楽を歌詞や意味として分析することはシニフィエとしての分析なのかな。でも、シニフィエに対して、単に意味だけが伝われば音楽ってのは必要ないし、何かを伝えるためには、どう伝えるかってのが大事で。このどう伝えるか、例えば、怒っているんだったら、きっと声量は大きくなるし、早口になったりもする。でも、あえて、冷静にゆっくりと怒っても、その「怒り」という意味・内容が際立つこともあるし。こうした、「何を(what)」「どう(how)」伝えるかってのは、分けることができるけれど、お互いがお互いに作用すると思うんだよね。
あ~、脱線しちゃった。
このサビの歌詞は、願いがもとにあって、これからについて、未来志向のことを述べているねってこと。
こうした未来志向の言葉は後にも出てくるね。
どうなんでしょうね、今からでも何かつくれるのかな。
で、この後の展開がすごいなあ、って。
「あなたとわたしの築き上げた」ってのは、まさに「Many Classic Moments」ってことだね。「多くの昔の時間」が2人での時間、それを言い換えて「記憶の城」と言っているんだね。
でも、不思議なのは「この場所でこれから1人過ごします」ということと繰り返される「そばにいて あなたなら」ということ。
1人過ごすんだけど、でも、やっぱり願いは「そばにいて」ということ。
それがほかの誰でもなく「あなたじゃなきゃいや」ということ。
で、実はここで、今までの話を全部ひっくるめて、この音楽のいいところを述べるんだけど、この最後の「そばにいて あなたなら そばにいて あなたじゃなきゃいや」というKEIKOの歌い方が本当に凄い。
というのは、さっき4つ打ちと5音だから頭に残りやすいって言ったんだけど、これって、非常にロボット的なんだよね。もし現実世界で1音ずつ「そ・ば・に・い・て」とか言われたら、「え?本気?」って思ってしまう。日常会話ってどうしても呼吸とかリズムとか息とかあるから、1音1音の間って、緩急がつくよね。
つまり、この最後の「そばにいて」というのは、ロボット的発話を離れ、実に人間的なリズムで歌われていて、それも、今までロボット的に繰り返されたメロディー(音階)を離れて、同じ歌詞なんだけど唯一ここだけのメロディー(音階)で歌われているから、今までの過去の呪縛からも解き放たれた実に人間的な歌われ方がされているんだよなあって。
これがまさに「そばにいて」という意味・内容(what)について、実にふさわしい伝え方・歌い方(how)がされているなあって。
そんなところです。
ちょっと難しかったかもしれないけれど、この音楽が少しでもより豊かに聴くことをしてもらえたらいいなって。だから、もう1回聴いてみてね。
自分は、KEIKOの歌がとても好き。
あの声はKEIKOだけのものだなって。
もちろん、みんなの声もみんなの声で違うはずなんだけど、替えがきかない声だなって。ご病気のことがあったけれど、自分の頭の中にはあなたの声がずっと響いています。
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