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信仰を砕かれた者が、自らの信念を生き抜く物語「アウシュビッツのタトゥー係」


おはよう。スピリチュアルネイティブのタケルです。

ちょっと前に、「読む前から感動する本」というタイトルの記事を書いた。



今日は、その時に買った一冊についての、感想をまとめたいと思う。俺が読んだのはこちら。

「アウシュビッツのタトゥー係」著:ヘザーモリス 訳:金原瑞人・笹山裕子

同書は、全世界350万部のベストセラーを、文庫化したもの。

強制収容所を描いた作品といえば、精神科医・ヴィクトール・E・フランクルの描いた「夜と霧」がおそらくもっとも有名だろう。その中で、著者はこう語っている。


生き延びたのは、最後まで希望を失わなかった者だけだった

夜と霧/ヴィクトール・E・フランクル(みすず書房)


アウシュビッツのタトゥー係も、簡単に言えば、

残酷で絶望的な状況に追いやられた人間が、最後まで希望を見失わずに生き抜く姿

が描かれた作品だ。


あらすじ

まず、簡単なあらすじはこちら。

主人公のラリは、第二次世界大戦下のアウシュビッツ強制収容所で、生き延びるため、同胞に鑑識番号を刺青し、名前を奪う「タトゥー係」を引き受ける。そんな彼はある日、被収容者として列に並んでいたある女性に一目惚れをする。やがて恋に落ちた二人は、「必ず生きてここを出よう」と誓い合う。

ラリは残酷な状況下で、時に自分の非人間性に直面しながらも、彼女を献身的に支え、「ひとりを救うことは、世界を救うこと」と信じ、苦闘していく。

本作は、著者がラリ本人から聞き取った話を、多少のフィクションを織り交ぜて描いている。なので、残酷な史実をベースにしながらも、とにかく読んでいて引き込まれるエンターテイメント性があり、たった1日で読み終えてしまうほど、夢中になった。

もちろん、誰もが知っている通り、アウシュビッツ強制収容所で繰り広げられる残酷な描写の数々には、あまりの胸の痛さに何度もページを閉じ、落涙を抑えることはできなかった。俺自身、感受性がかなり強いので、人が冷酷に扱われる様を直視することは、かなり体力を使う作業だった。

しかし、ラリが女性に恋をするシーンからは一転、残酷な物語の中に強い希望の光がさす。人を愛し、守り、その人と生き抜く決意のもと、ラリはあらゆる機転を効かせ、彼女を守り抜く。彼の献身は、それ自体が彼の生きるエネルギーになる。

読んでいるこちらも、どれほど残酷な描写が続いても、ラリが女性に捧げる献身と愛の力によって、同時に癒され、励まされ、最後まで読み切ることができた。これは間違いなく、愛の力を描いた物語、と言える。


感想

ただし、ラリが一人の女性を守ることは、強制収容所という環境下では、ラリ自らが自分の非人間性に直面させられる過程でもあったように思える。なぜなら、自身も同じく被収容者であるラリは、日々タトゥー係として同胞の名前を奪い、その上に番号を施す立場を得ることによって、他の被収容者に比べれば、比較的自由のきく立場を手に入れることができたからだ。

例えば作中では、ラリはみんなよりも配給が多めにもらえたり、より広い寝床をもらえたりする。当初、他の被収容者とともに暮らしていたラリは、タトゥー係になって以降の自分の分け前を、同胞たちに配ったりする。

そこには、同胞より自由が効くようになったことへの自責の念と、だからこそ立場を生かさなければならないという強い自負が感じられる。

また、ラリは他の同胞に比べ、仕事以外の時間を、監視員の目を潜りながらも、多少の移動が可能だ。そこでラリは、試行錯誤の末、時には彼女にチョコレートをプレゼントしたりする。

このチョコレートをどうやって手に入れたか? それはぜひ作品を読むことで知って欲しいのだが、ラリはあらゆる機転を効かせ、時に危険を犯し、さまざまな交渉を展開する。その献身性と賢さは、言い換えれば「強かさ(したたか)」さだと言える。

ラリの強かさ。それは、生き抜く力とも映り、時には、手段を選ばない人の狡猾さとしても映る。

それは、後年のラリ本人の心に、重たい自責の念として残ったのではないだろうか。目の前で、日々同胞が死んでいく。そんな異常な状況下なら、誰だって生き抜くために、手段を選ぶ余裕なんてない。きっと本書を読んだ誰にも、ラリの強かさに眉を顰めることはできない。

しかし、ラリ自身は生き抜くためにしたことの、全てを引き受けて生き抜いた。その心はラリにしかわからないが、俺は読んでいて、ラリは自身の被害者性だけではなく、時に加害者性にも向き合わざるを得なかったのだ、と感じた。

もちろん、ラリは圧倒的被害者だ。ユダヤ人というだけで、謂れのない差別を受け、歴史上もっとも残酷な仕打ちを受けたひとりであることには間違いない。しかし、それは歴史を外側から見た人間にとっての見方に過ぎない。ラリは、例え被害者であっても、アウシュビッツという異常な環境下の中で生き抜くには、自らの加害者性とも直面し続けなければならなかったはずだ。

俺がこの本を読んでもっとも感じたのは、生き抜く力、強かさを備えて前進することは、自らの被害者性、加害者性のどちらもを直視して生きる強さだと感じた。その強さは、時に信仰心さえも打ち砕く。実際、ラリは収容所での残酷な日々を通して、信仰を捨ててしまう。そして初めて、自らの信仰を模索する

ラリが自ら掴んだ信仰。それは、愛する人と生き抜くこと。その信念は作中を通して繰り返し語られる。

「ひとりを救うことは、世界を救うこと」

そこには、救えなかった人たちの影がある。犠牲の上になりたった命がある。

翻って俺は、強い信仰を持たない日本人として、だからこそ、自分が生き抜いていく上で培ってきた信仰心とは何か? 今一度、自分を問い直し、自分の言葉で自分の信念を語れるようになりたい、と強く感じた。

以上です。とにかくこれは不思議な本で、残酷なはずなのに読んでいて苦しくならない。おすすめ。

読んでくれてありがとう。



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