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オリジナルラノベ 魔術師と護衛士 第十三話

辺境地域の開拓村を維持するというのは、想像を絶するほどの困難が伴う。

魔物の脅威だけではなく、盗賊など同じ人間同士でも敵対関係になる者たちからも村人を守りぬかなくてはならない。

そのためには常日頃から近隣の村や町との繋がりを深め、薪や薬草などの特産品を生産して交易することが欠かせないのだ。

それによって得た富をその地方の領主に税という形で納めることで保護下に入り、有事の際は軍を派遣してもらうことで最低限の防衛力が得られる。

勿論それだけで十分ではなく、村の治安を維持するための自警団の組織やもめごとの仲裁など村人同士の緊密な連携がとれるよう常日頃からやるべきことが山ほどあるのだ。

地域の守り手であるキルシュに恩を感じながらも、時には便利に使うだけの強かさもまた村長という立場につく者には必須なのだと理解できる。

村から出て数分後、ようやくキルシュの庵が見えてきた。

「流石に今日は疲れたね。お風呂に入って今日はもう休もうか」

「分かりました。風呂の準備に取り掛かります。キルシュは先に戻って着替えていてください。準備ができたら呼びにいきます」

「うん、疲れているところ悪いけど頼むよ。荷物のほうは僕が運んでおくね」

「ありがとうございます」

キルシュの庵の側には、煙突を備えた小さな木造の小屋が一件建っている。

キルシュにヴァンキッシュから剝ぎ取った素材などを纏めた荷物を渡し、俺はその小屋へと向かう。

ここはサウナと呼ばれる蒸気浴風呂の施設である。

アルテンブルク王国の辺境地区は冬が長く寒さが厳しい気候である。

この気候に合わせて心身の疲労を取り去り、健康を維持するために使われるのが蒸気を浴びるサウナだ。

食料を日持ちさせるため肉や魚を燻製にするための部屋が、蒸気浴を楽しむための施設に変わっていったのが起源で、この地方ではすでに千年近く昔から存在していたそうだ。

大昔は中で木材を燃料に煙を焚き中を燻して使っていたそうだが、流石にそれでは室内に煙を充満させるのに何時間もかかってしまう。

現在は木造の小屋に金属製のストーブを用意して煙は煙突で外に出しながら火を焚き、ストーブの中で熱した石に水をかけて蒸気を発生させる形式が主流となっている。

この小屋はキルシュの世話になっている礼としてティツ村の大工たちが建ててくれたもので、キルシュのお気に入りの建物だ。

彼はサウナを気に入り、毎日欠かさず沐浴している。

ある時、サウナがあるからこの地方に長く居続けているのだとキルシュは語っていたが、これは偽らざる本音かもしれない。

俺もキルシュの護衛士をしてからこのサウナを知ることになったが、彼と同じくすっかりこの施設を気に入り日々の沐浴が習慣になっている。

大量の湯を沸かして入る風呂は手間と金がかかるので、王侯貴族や商人など一部の富裕層の利用に限られ、一般庶民は水浴びや湯桶に貯めた湯で体を拭くのがせいぜいだ。

しかしこのサウナがあれば一度に多くの人が蒸気浴を楽しむことができるため、とても経済的に効率よく体を清潔に保つことに繋がる。

この小屋は二人で使用するため小さな作りだが、ティツ村には十人単位で利用できる公衆浴場的なサウナも用意されている。

衛生は人間の健康を増進する上で欠かせないことであり、キルシュはサウナの使用を知り合いの魔術師たちにも積極的に推進しているそうだ。

俺がサウナのストーブに薪をくべ十分に中の石が温まったころ、腰にタオルを巻いて裸になったキルシュが小屋に姿を現した。

「やぁ、お待たせ。シャワーのお湯を温めておいたから、ザイも服を脱いで浴びておいでよ」

「ありがとうございます。それではロウリュをお願いしていいですか?」

「うん、やっとくよ」

ロウリュとはサウナストーブで温められた石に水をかけて発生させる蒸気のこと、また蒸気を発生させることも示す。

この蒸気に体が触れることで発汗が促されるのだ。

キルシュのロウリュを頼んだ俺は一度庵に戻り、鎧や服を脱いで下着姿になってから小屋に向かった。

この小屋にはシャワー室も用意されている。

サウナの前にはシャワーを浴びて体を綺麗にしてから入るのがルールであり、シャワーは欠かせない。

本来シャワーを温めるには専用の加熱設備が必要となるため、一般庶民は水で我慢しないといけないが(ティツ村もそうである)、この庵ではキルシュが貯水タンクに“加熱”の魔術をかけて適度な温度に温めてくれるため、蛇口をひねるだけで温水のシャワーを楽しむことができるのだ。

温水のシャワーを浴びて体の埃を落とす時、自分がとても恵まれた環境にいることを実感する。

シャワーを浴びた俺がタオルを腰に巻いてサウナに入ると、中は蒸気が充満していた。

ヨモギの爽やかな香りと小屋に使われている木材からでる良い香りが合わさり、えもいえぬ芳香がサウナに立ち込めている。

俺たちのサウナでは蒸気を発生させるために使う水に、毎年春に収穫するヨモギから精製した精油入りのアロマ水を用いている。

ヨモギの香りには鎮静効果があり、血行促進、発汗作用などの効能があるため、風呂ととても相性が良いのだ。

中は薄暗く、最低限の明度に調整された“照明”の魔術による光球が照らすのみ。

サウナはリラックスして楽しむ静かな社交場という意味合いもあるので、明るすぎる照明は邪魔になるのだ。

「お待たせしました。ロウリュ代わりますね」

「うん、よろしく」

俺は木製の柄杓をキルシュから受け取り、ストーブで熱せられた石に水をかける。
じゅわっという音と共に新しい蒸気が生まれ、サウナ内の温度と湿度が上がった。

キルシュと俺は木のベンチに座り、蒸気浴を楽しむ。

「お疲れ様、今日もいろいろあったねぇ」

「はい、魔物がこんな村の近くに出るのは珍しいですね。今回は早期に対応できたのであの程度の規模で済みましたが、今後の事を考えると付近の警戒も視野に入れたほうがよいのかもしれません」

「ティツ村はボクらが面倒見るから見ればそれほど心配いらないだろうけど、他の村や町はそうもいかないからね。そろそろそこら辺のことも考えないといけない時期なのかもしれないね」

キルシュが魔術師の組合“叡智の塔”より守護者として任命されている担当地域はアルテンブルク王国辺境地区だが、この地域だけで大小の村が二十以上町も五つ存在する。

「今度ディリンゲンの町の冒険者ギルドに立ち寄って、この地域の活動についてギルドマスターと話し合うのが一番現実的かなぁ。魔術師が冒険者ギルドの活動に口入するのはルール違反かなと思って干渉しないでいたのだけれど、どうにも最近、村の周辺における冒険者の活動が少ない事が気になっていてね」

「確かに。最近この近辺で活動している冒険者の姿を見かけませんね。少し前までは、多くの冒険者が依頼を受けて活動している姿が見られたのですが……」

冒険者ギルドに所属する冒険者とは、ギルドにもたらされる様々な依頼を請け負うフリーランスの自由人たちの事だ。

依頼の内容は多岐に渡り、植物の採集や魔物退治、果ては下水道の清掃などという仕事までが持ち込まれ、報酬と条件が見合えば受理される。

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