痛みについて勉強しなおす(21)---Prognosis(予後)を再認識する---

最近はこのブログの更新が滞りがちですが、あいも変わらず暇な時間を見つけてはBen CormacとAdam Meakinsの「Better clinician project」(リンク)を見て勉強したり、painscience.comの記事を読んだり、physio networkのブログやダイジェスト(リンク)を読んだりしています。

それらはすべてエビデンスベースの治療やアセスメントの情報なのですが、それらで勉強していくうちに、私はずっとPrognosis(予後)について見過ごしていて、クライアントにちゃんと予後の情報を伝えていなかったわかり、反省している次第です。

ちなみにPrognosis(予後)とググると


「予後」(英語ではprognosis)とは、予想される医学的な状態(健康状態)に関する、経験にもとづいた見解、を意味する用語である

wikipediaより

なので、過去の私を含めた多くの徒手療法家達が、予後とは「病気の経過」ぐらいにしか考えていなく、また「色々な骨格筋痛の予後」なんて考えたこともないのではないでしょうか?

各種骨格筋痛の平均的な予後を調べてみると(以下はBetter Clinician projectを参考にしています)

非特異性腰痛 6週間(約88%の人が6週間でよくなる)
坐骨神経痛 4ヶ月から12ヶ月
テニス肘 6ヶ月から24ヶ月
膝痛 42ヶ月
足底筋膜炎 6ヶ月から12ヶ月
肩峰下肩関節痛 3ヶ月から6ヶ月
頚椎根症 4ヶ月から6ヶ月
(外側)足関節捻挫 グレードによって様々(数週間から6ヶ月)
50肩 12ヶ月から42ヶ月(平均30ヶ月)

Better clinician projectを参考

となっています。これを見て多くの日本人治療家たちが

「何言うとんねん!
俺だったらそんなのなんて一発で治せるわ!」

って言うと思います。一発(一回)は言い過ぎにしても、数回(5回程度)で治せるってクライアントの前で説明することが多いのではないでしょうか?

そんな治療師に聞きたい。例えば、上に上げた骨格筋痛を主訴に週に1回治療に通ってくるクライアントはどこの治療院にもいると思います。それも数年にわたって。そういうクライアントはあなたの治療で本当に治っているのですか?治っていないから長年通ってきているのではないですか?

あるいは「俺の治療で治ったけど、また悪くなってくるからもっと悪くなる前に調整に来ているだけだ!」的なことを考えていないですか?実はこれが徒手療法が論文読みまくりでエビデンスベースの治療優先の”意識高い系”理学療法士から批判される理由でもあるのです。(これについてはちょっと話がそれるので別のブログで書きます、キーワードはself-efficacy, resilience, low-expectationで骨格筋の治療において超重要な事柄です。)

以前、このブログで加茂整形外科の加茂先生にFBで絡んでいた整体師の話を書きました。その整体師は「加茂先生の治療(トリガー注射)では治らない。関節の矯正をしないと治らないし、俺なら簡単に治せる!」と豪語しておきながら、なぜか”常連さん”達が多くいるようです(笑)。あれ?簡単に治るんじゃなかったでしたっけ?(笑)治ったと良くなったをごっちゃにしてないかなあ(笑)(治ったと良くなったの違いは過去のブログ「SBMを勉強してみた Part 4 鍼について」で考察しています)

ここでそもそも論として、治療家は自分のクライアントが治ったというのはどう判断してるのでしょうか?クライアントの言った事(治療家の目の前で言うこと=自己申告)だけを鵜呑みにしているのでしょうか?あるいは何かしらの痛みの評価や基準を元にして治療家のみなさんは判断しているのでしょうか?(例えば日本ペインクリニック学会の基準とか(リンク)


これも以前のブログで紹介しましたが、実は治療院に来るクライアントのほとんどは痛みの治療を求めているのではなく、「○○がしたい!」「○○してても痛くならないようになりたい!」というアクティビティができるようになりたいという人がほとんどだというリサーチを紹介しました。私も普段、クライアントと接していてそう感じています。

痛みは大いに本人の感覚が元になるので、いろいろな状況、コンテクストで変わる(いわゆる心理社会身体面 Biopsychosocialが痛みに影響する)ということも過去のブログ(「痛みについて勉強しなおす」シリーズ)で何度も紹介しています。また「関節のROMが上がった」で治療効果を判定している人も多いと思います。その関節のROMも状況やコンテクストで変わります(過去のブログ「ストレッチの是非」シリーズを参照)。なので、治療院でクライアントが治ったかどうかを判定するのに、クライアントの自覚的痛みと関節ROMで判断していいのかどうか、私は非常に疑問だと思っています。

またクライアントの自己申告も当てにならないと思っています。私の目の前では「先生、ありがとうございました。先日の治療後、良くなりました」って言っておきながら、その奥さん(や旦那さん)に「先生、まだ主人(奥さん)は家で痛い痛いっていいながら揉まさされるのは堪忍ですわ〜(湿布貼ってますわ〜)」的なことを言われたことは多々あります。

ほかにも「腰の痛みはどうですか?」と聞くとクライアントが「だいぶよくなりました!」って言ってくるにも関わらず、「一番痛かったときを10とすると今はどれくらいですか?」と聞くと、「今は6か7ぐらいです!」と言ってきたりします。自覚的痛みを基準に治療効果を判定するのは私は反対とはいえ、痛みが10から6〜7ってあまり治ってないのかな?とも思ったりします。


過去のブログ「痛みについて勉強しなおす」シリーズでは、世界の最先端の理学療法界では骨格筋の治療は徒手療法からエクササイズ(リハ)と痛みの教育に移行してきている、ということを何度も紹介してきました。本当にあなたの徒手療法(鍼や整体やマッサージや物療)でクライアントの痛みや症状が治っているのでしょうか?もし本当にそうであれば、論文を書いて証明すべきです。上にあげた平均的予後よりもずっと早く治っていることになります。もしかしたらものすごい偉い賞を貰えるかもしれません。


私はBetter clinician projectで勉強していくにつれ、我々治療師も骨格筋痛の平均的な予後を知っておき、またそれをクライアントに説明することは非常に重要なことだと思うようになりました。例えば(非特異性)腰痛の場合だと多くの人が6週間ぐらいで良くなるというデータがあります。だとすると、クライアントが腰痛を発症してから1週間程度なら大抵はあと5週間ぐらいで痛みは落ち着くはず。この5週間でクライアントが簡単にできて続けられるエクササイズ(リハ)を指導する、骨格筋痛とはどういうものなのかを説明(教育)する(詳しくは「痛みについて勉強ししなおす」シリーズ参照)、ということをすれば、クライアントは治療院に通う必要がなく、コスパ的にいうと最高になると思いませんか?えっ!?なになに?


「そんなこと言い始めたら俺らの商売あがったりじゃい!」


って?(笑)まあ、そうなんです。我々の業界は長年、やれ「足の長さが違うから・・・」「骨盤が歪んでいるから・・・」「背骨がズレているから・・・」「筋肉が硬い(凝っている)から・・・」「経絡、気の乱れが原因で・・・」などという全く科学的根拠のないことに基づき”治療”と称してお金を頂戴してきたわけですが、もうそういうことはやめるべきだと思っています。

「なら、我々はもうこの商売やめるべきなのか!?」


って?そうではないと思います。徒手療法(鍼や整体やマッサージ)のような手技でクライアントの痛みをその場かぎり、数時間から数日程度楽になるという「サービス」はクライアントを安心させますし、その上で痛みに負けずにどんどん動いていこう!というモチベを与えられると思っています。そういうことを全面に押し出すことで、この業界はまだまだ生き残れると思っています。その点が「意識高い系世界の理学療法士達」と日本人徒手療法家達との違いであり、我々の有利なところだと思います。たしかに骨格筋痛に一番効果的なのはエクササイズ(リハビリ)と証明されてはいますが、誰でも痛いのを我慢しながらエクササイズ(リハ)したくないし、手先の器用な日本人治療家の徒手療法はクライアントの痛みを和らげるのが得意なはず。これを利用しない手はありませんし。


予後の話に戻すと、なかなか治らない(=予後が悪い)ケースで有名なのはいわゆる「50肩」ではないでしょうか?

50肩は包括的な用語で、人によっては肩関節まわりの組織の損傷による痛みによる肩関節のROM制限を指すこともありますが、私は肩関節包が固まってしまっている状態(capuselitis)のことを”マジもんの50肩”とクライアントの前では説明するようにしていて、損傷による痛み、硬さ、コリ感、痛みによるROM制限は50肩とは呼ばないようにしています。

ここで上にあげた骨格筋の予後のリストで50肩を見てみてください。なんと、12ヶ月から42ヶ月ってなっていませんか!

実は”マジもんの50肩”は徒手療法をしようが、リハをしようが、ステロイド注射をしようが、いつ治るかどうか全く不明らしく、だったらそれらの治療をしてもしなくても同じような経過(予後)をたどるのでは?と言われています。(時間が経てば自然と勝手に治る。)

とすると、クライアントにとって一番大切なことはなんでしょうか?それは痛みのコントロールと治療の「コスパ」ではないでしょうか?

痛みのコントロールはあなたの一番自信のある徒手療法で対応すればいいですが、それをクライアント側に立って考えたときコスパ的にどうなのか?もしかしたら、クライアント自身で温める(冷やす、交代浴)ことやセルフマッサージと肩関節の運動(リハ)をしていれば、仮に徒手療法を受けていたとしても治る時期が同じならコスパは・・・

かくいう私も過去にマジもんの50肩を治せると称して1年から2年ひっぱったことが何度かあります。私の治療効果は治療直後に肩の可動域がちょっと上がっただけで、翌週にはほぼ同じような状態でクライアントが戻ってきたのにも関わらず、やれ「前回よりちょっと角度があがりましたねー」とか、「前回よりも○○筋がゆるみましたねー」とか、「もう少し通うと楽になるとおもいますよー」とか全く根拠のないことをいいふらしていました。大いに反省しています。

特に”マジもんの50肩”があるということを認識したここ6−7年はマジモンの50肩っぽい人が来たら正直に予後を話すようにしています。そして私の徒手療法(主にマッサージや他動的モビリ)を受けることで痛みが楽になりQOLがあがるというのであれば、痛みの説明、クライアント自身で行うリハとともにぜひ利用して下さい、と言っています。えっ!?なになに?

「お前が下手なだけなんじゃい!
俺ならどんな50肩も1回から数回で治せるわい!」

って?ウソつけ!(笑)大抵、そういう徒手療法を数回施術して治るケースは痛みによる防御反応(ROM制限)であって、肩関節が完全に固まっている(拘縮、capuselitis)ではないはず。

上にあげた予後のリストの骨格筋痛でも、数回の施術で治ったというのは大抵痛みによる防御反応を和らげた、もしくは痛みそのものがその場で(一瞬だけ)楽になってクライアントがポジティブな気分になって、積極的に体を動かすようになったために治っただけで、施術で治したというよりは施術がきっかけでクライアント自身が治したと考えるほうが正しいと思っています。


我々治療家はまず「よっしゃ!ワシがそんなの1回〜数回で治したる!」的な考えを捨て、何が原因でクライアントの痛みが起きているのかを調べ、もし必要であれば一般的な予後を説明し、骨格筋痛に深い関わり合いのある要素(過去ブログ参照 超重要な事柄でもしクライアントにそれらを説明してないないとしたらヤバいです!)を改善するようにクライアントに伝え、そして痛みの”コントロール”として徒手療法を利用してもらうようにすべきでは、と思っています。そうです、通わせるのではなく、クライアント自身が判断して我々の施術を利用してもらうのです。


次回のブログは「クライアントに徒手療法を利用してもらう」について深く掘り下げていく予定です。

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