体幹トレーニング神話(1)

世界中で体幹トレーニングが大流行していますが、はたして本当に痛みの軽減やスポーツのパフォーマンスに効果があるのかどうか?それについてかなり詳しく述べられている有名な論文、Eyal Lederman先生の「The myth of core stability」を詳しく紹介していきます(ほぼ全訳に近いです。)文章中にでてくる番号は元の論文で参照されている文献を指します。興味のある方はそれもあわせて参照してみてください。ちなみに文中の(★・・・)は私の注釈です。

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1,はじめに

Lederman氏によると、コア・スタビリティーという考え、(*以下「体幹トレ」として紹介していきます)は1990年代後半に広く知られるようになったそうです。元々は、腰部の怪我(back injury)や慢性腰痛患者における体幹の筋肉の”収縮のタイミングの変化”(change of onset timing)の考察からでてきた発想で、つまり、(慢性・急性)腰痛患者の神経筋のコントロール(neuromuscular reorganisation)の(正常とは違う)変化が見られたという発見から生まれた考え方のようです。

その発見と共にピラティスが啓蒙してきた”腹筋の重要性”は、体幹トレにおいて、いくつかの仮説を提唱してきました。それらは

1,ある特定の筋肉、特に腹横筋は脊柱のスタビライズ(安定)の為に、より重要だ。
2,腹筋の弱さが腰痛を引き起こす。
3,腹筋や体幹の筋肉を鍛えれば、腰痛は楽になる。
4,いわゆる”体幹”(core)の筋肉と呼ばれるグループが我々の体には存在する。
5,その強い”体幹”(core)の筋肉は、怪我を予防する。
6,スタビリティーと腰痛には関係性がある。

この仮定の結果、多くのジムやクリニックで、腰痛予防や腰痛の治療と称して”ドローイン”(tummy tuck)させるエクササイズが広まっていったとLederman氏は述べています。

そこで今回紹介している「The myth of core stability」では、以下のことを再検証しています;

1, スタビライザーとして腹横筋の役割と、腰痛との関係:腹横筋はスタビライザーとして重要なのか?
2, 腹横筋の(収縮の)タイミングの問題;腰痛患者とそうでない人との違いは?そしてその(収縮の)タイミングは体幹トレによって改善されるか?
3, 腹筋の強さ:日常生活を営む上で必要な通常の腹筋の強さは?そして体幹トレはその強さに影響するのか?
4、単一の筋肉の活性化(activation):単一の筋肉だけを動かすことができるのか?そしてそれは動きの中で何かしらの機能的な意味をもつのか?

2,スタビリティーと腹横筋の役割についての仮説

もともと人間の脊柱は、それ自体では不安定で、脊柱を支える筋群があって安定しています(★もちろんファシアも!)。体幹トレでは、その脊柱を支える筋肉を”コアマッスル(体幹の筋肉)”と称し、区別しています。特にその中で重要とされているのが腹横筋で、腹横筋は体の前面を支える(安定させる)主要な筋として広く信じられています。また現在では、ほかの体幹の筋肉もスタビライザーとして知られ、それらは動きに応じて、どの筋がスタビライザーとして働くかは変化していきます。腹横筋は立位で幾つかの機能をもち、その中の一つは脊柱を安定させること(脊柱のスタビライズ)ですが、それは腹壁を構成する他の筋肉と協調して働ています。では腹横筋がスタビライザーとしてどれほど重要なのでしょうか?

一つの見方として、もし腹横筋が損傷したらどうなるか?それが腰痛を引き起こすのでしょうか?Gray's Anatomyの第36版では腹横筋が欠損していたり、内腹斜筋と混ざっているケースを一般的な変異として描かれているようですが・・・。
(★ということは、腹横筋が欠損している人、また内腹斜筋と混じっている人は、脊柱のスタビリティーができないので腰痛になるのか?そしてその腰痛持ちは一般的な変異として考えると、対処の仕方がないのか?もちろん、そんなことはないでしょう。)

そこでまず、人がどのように体幹を安定させ、また腰痛と関係があるかどうかをこの論文では検証されています。

一番、象徴的、印象的、衝撃的な例は妊婦の場合でしょう。妊娠中はお腹の筋肉は非常に引き伸ばされ、筋力低下し、重力に抗して骨盤を安定させることができなくなります(11,12)。それは妊娠してから腹筋運動(シットアップ)ができなくなったという結果から考えられることです(12)。とはいうものの、腹筋運動ができない=腰痛を引き起こすとは言えないはずです。つまり「腹筋の強さと腰痛は関係ない」といえるのではないか。それにも関わらず、体幹トレーニングは妊娠中に腹筋を強くするために、そして腰痛の治療として処方去れるケースがしばしばあるようです。妊娠中に特定の筋群の問題が腰痛改善に役立つという根拠はほとんどないにも関わらずです。

また、BMI(ボディ・マス・インデックス)やハイパーモビリティ、無月経、低い社会的地位の人, 腰痛の既往症、胎盤の位置、胎児の体重、などと腰痛との関連を示された根拠はないそうです。(13,14)。つまり、妊婦においては、急激な姿勢の変化が腰痛とは関係ないといえるようです。

もう一つ興味深いのが、出産直後の状態です。たいてい腹筋群が元の状態(出産前)に戻るのに4-6週間かかります。そして骨盤が安定するまで8週かかります(11)。しかし、産後は脊柱が不安定になっているにも関わらず腰痛が増えたという報告はないようです。

最近の研究では、産後直後における骨盤と腰痛の認知行動療法の効果が一般的な理学療法と比べられ、その研究で興味深いのは、869人の妊婦の内、635人の妊婦が産後の一週で(腰痛が)自然に治ったという報告があります。まだ腹筋が元の状態に戻ってないにも関わらず。それをどう考えるのでしょうか?(11) 腹筋は弱いまま、脊柱のスタビリティーも弱いままなのに・・・。

もう一つの興味深い研究が肥満と腰痛ですが、これも肥満と腰痛は関係は非常に弱いとの報告のようです。(16)

そして次に述べられているのが、手術痕の腹筋に与える影響です。乳房再建術の時、しばしば片側の腹直筋を除去し、乳房部に移植するようです。ということは、片側の腹筋が弱くなるわけで、モーターコントロールに影響があるはずですが・・・腰痛と関係ないとの報告です。(17.18)

最後に検証されたのが、鼠径ヘルニアの時の手術。その手術の時に腹横筋が傷つきます。しかし腰痛と関係ありとの報告なしのようです。(19.20)

つまり、健康な腹筋群が急激な変化をしても(妊娠、出産、肥満)、腰痛(spinal health)とは関係性はない、ということです。同様に、腹筋群の損傷も正常な動きができなくなることもないし、腰痛を引き起こすとは言えない、ということのようです。(★損傷があってもより痛みを避けるような効率的な動きを人間は自然とするので。これは他の部分で述べられていました。)

3,The timing issue(タイミングの問題)

昔の研究で、慢性腰痛患者に早い腕の動きと足の動きをさせた時、彼らの腹横筋は収縮のタイミングが無症候の人に比べて遅れていた、というのがあります(1,2)。その結果、腹横筋が腰部のファシアと繋がっているという意味で、腹横筋が脊柱のスタビリティーに一番関係していると考えらるようになったようです(★これが最初のほうに述べてあった体幹トレーニングが取り入れられたきっかけのようです)。つまり、これが腹横筋の弱さ、あるいはコントロールができない=腰痛を引き起こすであろうと考えられるようになった元のようです(8)。この仮説のために、急激に”信仰”が広がっていきました。

我々の体は全て繋がっています。パーツごとに切り分けるにはナイフが必要です。(★詳しくは過去の「ファシアとは」シリーズを参照してください)。つまりこの理論(体幹トレ至上主義)に都合を合わせるような繋がりを協調するのは難しくはないはずです。(★体は全てファシアを通じて繋がっているので、◯◯とバツバツは繋がっていると何とでも言いようがある)。一つの例として、腹横筋は脊柱のスタビリティーを制御する主要な前面の筋肉だと。

人間の動きの中で、姿勢反射はよく制御されていて、バランスを取るために予めある筋肉が最初に反応します。しかし腹横筋は数ある中の筋肉の一つにしか過ぎないし、プリテンション(動きを察知して、バランスを取るために反応する)に関わる筋の一つです(21)。健康な人の体で、腹横筋が他の全ての体の前面の筋で一番最初に反応するからといって、それが他の筋よりも重要だとは言えないはずです。単に一連の動きの一番最初というだけだ、とLederman氏は述べています(22)。たしかに最近の研究では腹横筋の”予期収縮”プリテンションは体前面のファシアへの代償だといわれているようですが・・・(23)。

腰痛患者の腹横筋の収縮のタイミングの遅れは、機能障害というよりは腰部を防御する利点もあるかもしれないと仮説もあります。さらに早い腕の動きの際、反射的に痛み回避行動をとる(腹横筋の遅れた収縮も含む)、それはスタビリティーとは関係ないはず。つまり、熱いものを触った時の反応と同じ話だそうです。(24,25)

またこういうことも想像できます。肩に障害がある人は、普通の腕の動きとは違うことをする可能性もあります。これは肩のスタビリティーとは関係なく、もっとも少ない痛み、あるいは痛くなくとも本能的に痛みを避けるような動きをしようとする、ということです。

これと同じような現象があって、腰痛を引き起こすかもしれないという恐怖により、人の動きは変わります。(26)元々の体幹トレの研究で、筋収縮のタイミング(onset timing))の違いは、腰痛患者とそうでない人との違いは20ミリ秒だった(1秒の5分の1の違い)ようです。これはタイミングの違いであり、強さの違いでないのです。またこのタイミングは患者の意識を超えたものであり、セラピストが測ったり、変化させられるものではない、と強くLederman氏は言っています。(27)

しばしば体幹トレで仰向け、あるいは、キャットポジション(四つん這いの姿勢)の腹横筋のトレとか、ゆっくりとしたトレが推奨されています(28)。そのような体幹トレは筋肉のコントロール(タイミングを含む)を正常化するといわれているようです。しかし、この種の体幹トレはタイミングの違いをリセットするとは考えにくいはずです。なぜなら、Lederman氏は、彼の独自の理論(similarity/ transfer principleとspecificity principle)を引用し、それはまるでピアノの速弾きの練習の為に指に重りをつけたり、あるいはゆっくりと腕立てをやるようなものだ、としています。その理論とは、神経筋、骨格筋システムを含む我々の体は、特別に特定の”運動”にだけ適応するということです。一つの状況で学んだことは、他の状況には応用されないかもしれない、ということ。例えばもし筋力を付けたければ、ウェイトを上げるのが一番いい。もしスピードを鍛えるのなら、スピードを上げるようなトレが必要だ。もし、タイミングのズレを治すのであれば、協調筋同志の動きを早い割合で変え、そしてそのシステムがリセット去れるのを望むしかない、ということのようです。(★我々の臨床に置き換えると、例えば足を怪我をして歩けなかった患者さんのリハには、痛めた部位・関節のストレッチや、軽い◯◯筋のトレーニングから始める方も多いかもしれませんが、Lederman氏に言わせると、「歩け」です。)

そしてタイミングの問題を解決するには、体幹トレ支持者には解決策があります。それはクライントに常に腹横筋を収縮させ、お腹を引っ込めさせることです(4,30)。それならタイミングの問題を心配する必要はないことになります。しかしそれでは、異常で非効率的な体のコントロールを課すことになり、怪我に繋がります。なぜならその防御反応システム(プリテンション)は我々に生来から備わったものだからで、それをしないで、ずっとお腹を引っ込めさせることになるからです。

我々の体には、次に起こる怪我を予期し、筋肉が関節まわりを収縮し、守る役割があります。この反射は慢性腰痛患者でみられます(31-34)。これは無意識に行われ、非常に複雑なしくみで、相対的なタイミング、器官、力、筋の長さ、協力筋収縮のスピードなど複雑な関係が必要になります。さらに複雑なのは、一瞬ごと、姿勢・動きでそれらの関係は変化する、ということ。たしかに元々の研究では腹横筋収縮の遅れは、足や腕の早い動きの際に観察されましたが、遅い運動では観察されなかったのです(1)。単純な体幹の回旋運動でさえも腹横筋の活動は統一ではありません(40,41)。

このような研究は、体幹のコントロールを再学習ことが非常に難しい、ということを示しているのではないでしょうか。我々はどのように、ある特定の姿勢や動きで、どの部分の腹筋を使うのか、を知ることができるのでしょうか?我々はどうやって最適な筋肉の収縮度を知ることができるのか?慢性患者がもしすでに”協調収縮システム”を使っているのなら、なぜそれを増加させる必要があるのか?常に腹横筋を収縮させることは単純だが、現在まで腰痛患者において、体幹トレが筋収縮の遅れをリセットできるという報告はないようです。

4,the strength issue(筋力の問題)

体幹の筋力と腰痛、そして腰痛予防の関係はより複雑です。今わかっていることは、腰痛や怪我の結果、筋肉のコントロールの問題がでるということ。しかし、いくつかの仮説があり、それは

1,体幹の筋力が減ると、腰部の怪我に繋がる
2,体幹の筋力を増加させると、腰痛が楽になる

どれだけ脊柱を安定させるために、体幹の筋に力を入れなければならないか?

実はそれほど筋力は必要ありません。

立位、歩行時は体幹の筋は最小限しか働いていません(42)。立位では深部の脊柱起立筋、大腰筋そして腰方形筋はなんとサイレント!いくつかのリサーチでも、EMG上、それらの筋肉は働いていないとの報告あります。歩行時は腹直筋が自分で収縮できる最大限の2%、外腹斜筋が5%。”アクティブな”立位(32キロのウェイトをつけた立位)でも、屈筋群も伸筋群も非常に少ない収縮しかしていないとのこと(およそ1%から3%です)(43)。腰部の怪我(をしている患者)に関しては、たった2.5%しか上昇していません。(その腰痛患者が)体幹屈曲したり、15キロのウェイトを持ち上げても1.5%しか上昇しません。

これらの低いレベルでの筋の活動を考えると、機能的な動きをするために必要な筋力が、かなり低くていいのに、なぜ筋トレが処方されるのかが疑問に思えないでしょうか。ということは、筋力低下が脊柱の安定に問題を引き起こすとは考えにくいはずです。(★筋力が低下しても、我々の体は少ない筋力(エネルギー)で動けるから)

つまり脊柱を不安定にしたければ、相当数の筋肉の筋力をメチャクチャ低下させなければならないはずです!

体幹の筋における低い筋活動(収縮)については、もう一つ重要なことがあります。つまり、ほとんどの人がそのような低い筋収縮をコントロールし、それに意識を向けることはほぼ不可能ということです。

弱い腹筋群と腰痛の関係はあるのでしょうか?我々の多くは、体幹トレが腰痛を改善できると信じています。たしかに急性・慢性腰痛患者では多裂筋が萎縮しているとの報告があります(まだ結論にはいたってないが)(46)。しかしこれらの筋力を鍛えれば、痛みのレベルを改善したり、機能障害を改善できるとはいえないようです(47)。改善とは、腰部の筋の神経の活性化であり、心理的な変化、たとえば動機付けとか痛みに対する耐性の変化のためにおこったもののはず。同様に運動神経制御改善(motor strategy)は、慢性腰痛患者の弱い腹筋の活動の改善するとの報告があります(31,49,50)。しかし腹筋の萎縮が示された研究はないし、コア(腹筋や腹横筋)を鍛えると腰痛改善するという研究結果もないようです。

腹筋の活動が、腰痛患者とそうでない人との間に違いがないという例もいくつかあります。例えば、エリートゴルファーの研究で、腹筋の活動と筋の疲労の性質を調べる為に、ゴルフスイングを何回かさせました。結果は、腰痛を持つゴルファーと、そうでないゴルファーとでは違いがなかったようです(53)。しかしこのタイプのスポーツマンはよく体幹トレを受けているはずです。そこで疑問にあがるのが、多くの体幹トレの効果です。体幹トレでできるコアマッスルの筋収縮は、筋肥大に必要なレベルを十分下回っているし、それゆえ体幹を鍛えているとはいいにくいはず(54-56)。さらに腰痛患者の疲労の研究で4週間の体幹トレを処方しても筋の耐性にはあきらかな改善はみられなかったというのあります(57)。

また最近の研究では、腹筋を鍛えるには、自分で最大限収縮できる筋力の70%ほどを収縮させないといけない、とわかったようです(58)。つまり体幹トレの間腹筋はそのレベルに達していないということになります(59)。

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以下まだまだ続くので次回に。

ピラティス関係者や体幹トレ信者達は涙目かもしれませんが、「一体、何が効いているのか?」を考え、「一体、自分は何を患者さんに提供しているのか?」を考え直すべきなのかもしれません。

パート2に続きます。

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