見出し画像

日本で初めてNZ放牧牛の凍結精液を輸入

私の背中を大きく押してくれたのは、別海町の今井さん(酪農家)でした。
今井さんとは創業前からの付き合いで、私がニュージーランド(以下、NZ)に放牧を学びに行く際も、何度かご同行いただきました。日本の放牧普及を共に推し進める同志です。

そんな彼に言われました。「NZのような牛を日本でも飼えるようにしてほしい。お前が入れないで誰が入れるんだ

そこから、放牧型の牛づくりへの長い戦いが始まります。


「フェンスで日本の農業を変革する夢」を掲げる放牧の専門家集団、ファームエイジ株式会社の代表を務めております、小谷と申します。
このnoteでは、ファームエイジが過去に行ってきた取り組みや私自身の放牧へかける想いなどをご紹介しています。月2回程度のペースで更新中。

NZは酪農が盛んで、乳製品は国の主要な輸出品目の一つとなっています。
そんなNZ式酪農における牛の飼い方というのは、ほとんどが放牧です。それもきちんと管理の行き届いた、管理型集約放牧です。
それに対して現在の日本で主流なのは、牛舎の中で配合飼料を与えて育てるというアメリカ式の飼い方です。日本で放牧をしている酪農家は、まだたったの数%しかいません。

どちらの飼養方式であっても、そこに適した遺伝子を掛け合わせて牛をつくっていくこと、すなわち牛群改良は必要になるわけですが、アメリカ式とNZ式では、牛に求めているものがかなり異なります。

アメリカ式の牛群改良の方針は大まかに言うと以下の通りです。
乳量が多い……これがとにかく重要。一頭からたくさん搾れれば効率が良いという考え方。
体が大きい……大きな乳房を持つには大きな体が必要。
乳脂肪分などが安定している……大量生産を見据え、工業的な動物が好まれる傾向。

これに対して、NZ式の牛群改良は以下の要素を重要視しています。
足腰が強い……山岳地帯を歩き回り、エサにたどり着き、帰って来られる丈夫さ。
体が小さい……身軽で歩きやすい。人の手による管理が楽。
草から乳への変換効率が高い……発達した消化器官を持ち、多少硬い草でも難なく食べて消化できる。草だけで十分な量の乳が出る。
従順である……乳しぼりの際に暴れる、電気柵の外側に飛び出す、などの事故を避ける。

特にこの「従順である」ということが、実はかなり重要です。
NZスタディツアーで私たちは実際にNZの牛の乳しぼりをさせていただいたのですが、その際に今井さんは、「牛が違う。こんな牛だったらすごく楽だ、全然違う」と、いたく感動した様子でおっしゃっていました。

暴れるどころか、乳を搾ろうとしたらむしろ「どうぞー」と差し出してくれるように感じるのだと。
NZの牛は放牧なので、搾乳以外の場面ではあまり人と関わりません。
ですから、一日に一回、ないし二回の搾乳の時間を、牛と人とが互いに大切にしているそうです。


……ということがありまして、冒頭の「お前が入れないで誰が入れるんだ」という今井さんの発言につながります。
確かにそうです。日本に放牧を広めたいのなら、放牧に向いている牛も一緒に広めていかなければと思いました。

とはいえ、NZ牛の凍結精液の輸入となると、国と国との貿易関係が絡んできます。個人間で簡単に契約が結べるものではありません。
そこで私はまず、農林水産省へ相談にいきました。

しかし当時の酪農の主な考え方は「乳量が多ければ多いほどえらい」というものでしたから、私の提案はまるで聞き入れてもらえませんでした。
まるで子ども扱いされているような、やれやれ、話になりませんというような対応でした。
「NZの牛は体が小さいだろう。せっかく今まで改良を重ねて大きな牛をつくってきたのに、逆戻りじゃないか」というのが彼らの言い分です。
だからその小ささが放牧においてはメリットになるんですと、伝えようにも伝わりません。歯がゆい思いを抱えて帰るしかありませんでした。


そこからはかなり紆余曲折し(契約の関係で言えない話も多く)、実現までにたくさんの時間と労力を割きました。会社としての損得だけで考えれば、確実に手を引いた方がいい案件だったかもしれません。
しかし、この凍結精液の輸入が叶えられれば、より効率の良い放牧を行いたいと考えている多くの酪農家さんの助けになります。また、本当にNZの牛が日本に根付くことになれば、いったい日本の酪農界にはどんな変化が起こるのか、見てみたい気持ちもありました。


最終的には、新村さん(十勝しんむら牧場 代表)の紹介で家畜人工授精所さんとのご縁が生まれ、そちらが窓口になってくださったことにより、放牧牛の凍結精液の輸入が可能になりました。2010年(平成22年)のことです。

2010年5月当時の広告資料が見つかりました

この凍結精液を用いて実際に生まれた牛については、草への食いつき方が違う、活力がある、隣の牛の食べ残しまでペロリと平らげる、乳の出が良い、大人しい、などの声を現状頂いています。
これから2世代、3世代と経るごとに、もっと日本での放牧に適した個体が生まれ、さらなる進化が起こっていくのでしょう。
よい土・よい草に加えてよい牛まで整えてようやく、放牧システムはきちんと機能するようになります。この基本を生産者の方々に広くお伝えしていくことが、私の仕事の一つだと考えています。

例えるならば、NZの牛は薪ストーブ、日本の牛は石油ストーブのようなものです。同じ牛のように見えても、事故率や耐用年数、かかる手間の多さなどが大きく異なります。
どちらを選んで酪農を行っていくかはそれぞれの経営者次第ですが、未来の世代のこと、環境のことなどを考えて、責任を持った選択を行ってほしいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?