見出し画像

夫と小麦粉とパン粉と

夫婦で料理番組を見ていたら、夫が急にこんなことを言った。

「俺、昔パン粉のことが全くわからんかったんよね。
なんで粉末のものを固形にしてまた粉末にするんや?意味ある?って。
でも見た目ほぼ一緒でもさ、パン粉は小麦粉と違って粒が尖ってたり香ばしい風味があったりすることが分かって。
あ、粉末が固形を経てまた粉末に戻るのも意味のあることだったんだなって思ったんよね。」

夫は続ける。

「で俺、これ自分たちにも言えることだなって思ったんよ。
例えばなにかに挑戦して失敗して、もとの状態に戻っちゃうとかさ。
はたから見ると最初の状態と一緒じゃんって感じだけど、本人の中にはきっと目には見えない変化があるんよね。
で、多分そういうのを"経験"って言うんかなって。
だから俺そういう人に会っても『意味ないじゃん』って笑わないで、その人のパン粉な部分探すようにしてる。」

その言葉は、存外わたしの胸に突き刺さった。
誰にも頼らず生きていきたいと思って、頑張って研究して就職もしたのに、いろいろあって結局主婦になっているわたし。
毎日は穏やかでしあわせだが、心の片隅にモヤモヤした気持ちがあるのも確かだった。
夫のその言葉は、そのわたしのモヤモヤをふうっと一息で消し去っていった。

(そうか。わたしも小麦粉からパン粉になったのかもな。)

気付くと夫はまた、テレビの料理番組に目をやっていた。
テレビの中では料理人たちがクッキーを粉末にし、バターを混ぜこんでタルト生地にしているところだった。
夫が言った。

「あ~これ、これはまだちょっと理解が難しいんよね。
小麦粉をクッキーにして砕いてそれを固めてタルト生地にするやつ。
だって粉末→固形→粉末→固形でしょ?
難易度高いわぁ。」

夫がクッキーで作ったタルト生地の意味を理解できるようになる頃には、わたしもパン粉からまた何かになれているだろうか。
それはきっと大変な道のりかもしれない。
でも、この人とならなんとかやっていけそうだな。

料理番組を見ながらそんなことを思った夜だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?