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バスタブ

スーッと大きく鼻から息を吸う。
普段とは違うより冷たい空気が肺へ流され、脳は驚きを隠せずに素直な反応をした。冷気に触れている全てから体温が奪われていく。感覚が徐々に失われていき、動きが鈍い。

ただひたすらボーッと空を見る。
思考回路を馬鹿にしたかった。
何も考えなくていいのだから。
一旦、全部忘れたい。

しんしんと埃の舞い落ちていく様子はとても滑稽だ。真っ白に包まれた世界は私の世の中をシンプルにしながら、どんよりと灰色な空と静寂な住宅街は私の気持ちと同調していった。

…どれほど時間が経っただろう。
自分の手は真っ赤になって、握っても自分の手と感知できなくなっていた。

ははっ。
寒さ我慢がキツくなってきても居座り続ける僕を客観視してしまい、笑みが溢れる。
自分、ヤバい奴やん。
誰も知らない。
誰も心配しない。
誰も気にしない。
それがとてつもなく心地良くて寂しかった。

さらに身体は冷え、次第に耐えられなくなってきている。頭は上手く回らず、他は全部どうでも良くなり、今はもうとにかくこの寒さだけどうにかしたいという気持ちだけだ。

あ、無理。戻ろ。

耐えられなくなり、ベランダと部屋を繋ぐ窓に手をかけてゆっくりと開ける。レースカーテンを開けた瞬間生暖かい空気が身に纏わりついた。血が巡った感覚が全身に伝わっているが、手足の先はまだ感覚を掴めていない。

洗面所で温水を出してそこに手を伸ばすと、じわーっと手先が生き返ってきた。そのまま服を脱ぎ、風呂場へ直行して溜めておいた湯船に足を入れると、足先にも感覚がゆっくりと戻ってくる。次に全身が湯へ。

幸せだ。

そこには何にも変えがたい幸福感があった。

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