飲み屋で出禁になった話

20代の頃、地元の常連が集まるような小さな飲み屋によく行っていた。店主が一人で切り盛りするようなアットホームな飲み屋。自分としては普通に飲んでいるつもりだったが、10回くらい通ったらそれとなく出禁を言い渡されることが多かった。飲み方や店内での会話など、自分なりに気を使っていたつもりだ。泥酔もしていない。金額とか滞在時間も常識の範囲内だったと思う。しかし1年で3回、出禁をくらった。3店舗から「来るな」と言われたのだ。
3店舗目の出禁の時、意を決して店主に聞いてみた。「自分はよく出禁になる。原因が分からない。教えてほしい」と。
 
「一言でいうと気持ち悪い」
店主はそう言って続けた。
「たとえば君の挨拶の仕方。へこへこ、へこへこ、大袈裟に頭下げるでしょ?他のお客さんが来るたびにへこへこするでしょ?あれ、すっごい気持ち悪いの。気を使ってるのは分かるよ?だけどさ、お店の雰囲気ってのもあるんだよ。ここは学校でも会社でもない。上下関係も無い。軽い挨拶でいいの。挨拶が無くてもいいの。なのに君はへこへこ、へこへこ、へらへら、へらへら笑いながら挨拶してさ。お客さんが来るたびに毎回だよ。怖がっちゃうんだよ、お客さんは。あと君、必ずトイレのドアをドンドン叩くでしょ?大きな音で叩くでしょ?あれも不気味なんだよ。独り言で「入っても大丈夫かな!」て叫ぶし。もっと普通の行動できない?ノックは小さな音で。独り言もやめて。ノック無くてもいいんだよ。先客いるのにドアノブガチャガチャやっちゃったら「あ、ごめんなさい」でいいの。あと店内での会話だね。君、全部の会話に入ろうとするでしょ?俺とお客さんが何か話してたら、横から入ってくるでしょ?お客さん同士が何か話してたら、やっぱり横から入るでしょ?店内の会話全部に入ろうとするでしょ?君なりにコミュニケーション取ろうと一生懸命なのは分かるよ。だけどね、これもお店の雰囲気があるの。流れがあるの。急に一方的に話入られると、イライラする人もいるんだよ。場がしらけちゃう。ムリに会話する必要は無いの。ずっと無言でもいいの。それぞれの飲み方があるんだから。君なりの飲み方だってきっとある。いろいろ言ってごめんな。こっちも商売だからさ、売上げに影響出そうなお客さんは出禁にするしかないんだよ。「君がいるからこのお店にはもう来たくない」て言う人が何人か出ちゃってるの。ごめんな。チェーン店の居酒屋でもいい店はたくさんあるからさ。まずはそういうところ通いなよ。そこでトイレの入り方とか勉強しなよ。他のお客さんをよく観察してさ、同じ行動すればいい」
 
あれから十年以上が経つ。久しぶりに店主の店の前に来た。変わらない店構え。中から賑やかな声が聞こえてくる。あの日以来、私はチェーン店の居酒屋でトイレの入り方を勉強してきた。ノックの仕方、先客がいた場合の対応、いろいろ学んだ。店主にお礼を言おう。トイレの使い方を見てもらおう。
「お久しぶりです!」
私はそう叫んで、店の扉を開けた。

*創作です。

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