![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/141510516/rectangle_large_type_2_86446c8a0c5bd8f7ddcbd8cfa30f6d53.jpeg?width=800)
キスして欲しい。
真夜中の公園。
あなたに呼び出された。
あの日は雨が降っていた。
木でできた屋根付きのベンチに二人で座る。
少しだけ触れているあなたの肩の温度が私の肌に伝わる。
私はもうすぐこの街を去る。
だからもうそんなに寂しそうな顔で見ないで欲しい。
あなたにはもう会えないかもしれないから。
あなたは核心には触れてこない。
いつまでもぐるぐると、まるで人工衛星みたいに、
私の様子を伺うかのように、同じような会話が何周も続いている。
綺麗な手だね。
あなたはそう言って私の手を取る。
気づいたら私はあなたと手を繋いで話していた。
いや
繋いでいた、と言うには程遠い握力で、
握り切れない私の手をあなたは優しく包んでいた。
繋いだ私の手は今、あなたの太ももにある。
あなたはそれを理解しているのだろうか。
こんなにも相手の五感を疑ったことはない。
でも確かに私の手は、あなたの太ももにある。
鼓動が高鳴る。
目を閉じてみる。
眠たいと言ってみる。
ああ。
あなたはすぐそばにいるのに、何でこんなに遠いのだろう。
まだ目を閉じたまま眠たい演技を続ける。
あなたの手が暖かい。
ねえ、はやくしてよ。
雨の音がいっそう強く聞こえる。
あなたの手が動く———
あなたは私の方に触れる。
「眠たい?」
「うん、」
まだ粘る私。
「じゃあ帰ろっか。」
微笑むあなたの声に私はようやく目を開けた。
帰ろっか、か。
あなたはキスしてこなかった。あの夜が、あなたに触れた最後の日だったのに。あなたの声を直接聞けた最後の日だったのに。あなたの匂いを嗅げた最後に日だったのに。
あなたの隣に居られる最後に日だったのに。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?