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キスして欲しい。

真夜中の公園。
あなたに呼び出された。
あの日は雨が降っていた。



木でできた屋根付きのベンチに二人で座る。
少しだけ触れているあなたの肩の温度が私の肌に伝わる。


私はもうすぐこの街を去る。
だからもうそんなに寂しそうな顔で見ないで欲しい。
あなたにはもう会えないかもしれないから。





あなたは核心には触れてこない。
いつまでもぐるぐると、まるで人工衛星みたいに、
私の様子を伺うかのように、同じような会話が何周も続いている。


綺麗な手だね。
あなたはそう言って私の手を取る。


気づいたら私はあなたと手を繋いで話していた。
いや
繋いでいた、と言うには程遠い握力で、
握り切れない私の手をあなたは優しく包んでいた。



繋いだ私の手は今、あなたの太ももにある。
あなたはそれを理解しているのだろうか。
こんなにも相手の五感を疑ったことはない。
でも確かに私の手は、あなたの太ももにある。
鼓動が高鳴る。


目を閉じてみる。
眠たいと言ってみる。


ああ。
あなたはすぐそばにいるのに、何でこんなに遠いのだろう。


まだ目を閉じたまま眠たい演技を続ける。
あなたの手が暖かい。


ねえ、はやくしてよ。


雨の音がいっそう強く聞こえる。
あなたの手が動く———



あなたは私の方に触れる。


「眠たい?」


「うん、」


まだ粘る私。


「じゃあ帰ろっか。」


微笑むあなたの声に私はようやく目を開けた。
帰ろっか、か。







あなたはキスしてこなかった。あの夜が、あなたに触れた最後の日だったのに。あなたの声を直接聞けた最後の日だったのに。あなたの匂いを嗅げた最後に日だったのに。


あなたの隣に居られる最後に日だったのに。








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