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【ニュースコラム】コロナと9.11 後悔なく生きるために

―行動と情報の扱いは慎重過ぎてちょうどいい

筆者を含め人々がコロナへ警戒心を持ち始めたのは、ダイヤモンド・プリンセス号の騒動より後だったと記憶している。

ちょうど、その頃に掛かりつけ医を受診。先生なりに今後の展望を話して下さった。まだ、マスコミの報道や世間の風潮は、「もちろん、オリンピックはやれるよね」くらいの雰囲気だった。

先生はハッキリ「オリンピックなんて論外です」と断言した。そして、「とにかく今は罹患しないようにすることです。特効薬かワクチンが出るまで、できるだけ罹患しないようにに気をつけて下さい」とコロナへの処し方を話して下さった。

その後、先生が語った展望通りの状況となっていった。

ビル周辺にいた生存者や救出活動にあたった消防士や警察官ら緊急対応要員は、有害物質を含む粉じんが原因の呼吸器系疾患などに今も苦しんでいる。支援にあたるマイケル・クレーン医師(68)によると、疾患が認定された関係者は約4万6000人に及ぶ。

この記事を読んで、昨日が9.11だったことを思い出した。そして、後遺症の怖さを改めて実感した。コロナウィルスによる、ニューヨークの悲惨な光景は日本でも大きく報じられていた。ただ、9.11による呼吸器系疾患とは、結びついていなかった。情報を得ること、学ぶことの大切さを感じざるを得なかった。

最近、コロナ関連で大きな話題となっていたのが、ピーチ・アビエーションのマスク着用拒否事件である。この記事を書いた中川さんは、マスクを拒否した男性本人らしき人が、「マスク未着用途中降機乗客」というTwitterアカウントで見解を述べ、その意見にシンパシーを感じるようになったのだと言う。

まず思うことは、メディアはこの男性側の意見も紹介するべきだった。そのほとんどが、他の乗客目線で報じていた。客観性に努める姿勢に欠け、情報の扱いが雑である。

「機長に直談判すべくコックピットに乗り込んだ。これではハイジャック犯ではないか」

Twitter上で男性に対して向けられたものには、このような批判もあり、

「あくまでも前方の客質乗務員の詰所で話すために行った」

と、男性は答えていると記事にある。批判も答えもおかしい。全日空61便ハイジャック事件以降、機長の裁量であったコックピットへの立ち入りは禁止され、9.11事件以降はさらに厳重なものとなっている。記事ではこの事実について触れていない。やはり、情報の扱いが雑である。

中川さんの指摘通り、自粛警察の行為は行きすぎであると思う。名誉毀損罪や侮辱罪に抵触する蓋然性も考えられる。こちらは、行動が雑である。

メディアは男性側の意見も紹介すべきであるし、中川さんの指摘に頷けるところもあるが、男性や中川さんの考えには、やはり賛同できない。あまりに考えや行動が軽率すぎる。

多くの人が繊細にならざるを得ないのには、理由がある。感染がわかっていながら、軽率な行動を取る人間が、日本にも世界にもいたからである。

エチケットは健全な社会や公衆衛生という観点から、コロナウィルスに関わらず重要である。

マジで日本人のこの「長いものに巻かれろ」的姿勢って何なの?

日本人が同調圧力や大きな声に弱いことは確かである。そのような民族性と先の戦争は不可分ではない。だからこそ、慎重に考え行動することが必要である。

ただ、コロナウィルスは、明らかなリスクがそこにあり、消極的・受動的な同調圧力などではなく、むしろ積極的な行動であると言える。この男性がそうだとは思わないが、マスクを拒否する人の中には、その理由として信仰が関わっている場合だって考えられる。医療行為などの拒否とカルト宗教は、よく問題になるテーマである。

また、コロナウィルスについては、後遺症の問題も取りざたされている。9.11の呼吸器系疾患と同じく、未来に起こる出来事と不幸なマッチングをしてしまうこともある。

後悔することになる前に、正しい情報を仕入れる努力を怠らず、できる限りリスクを回避する努力を怠らない。いずれにせよ、慎重過ぎてちょうどいいのではないだろうか。何もなければ、それがいい。

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