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月と森のサブマリン 22      巨神兵、心臓マヒ…の巻

(ひとり森で潜水艦)

建物の基礎穴作業は順調に進んでいた。
驚く程の怪力で、
巨神兵は穴を堀り、
岩を運んだ。
現場は緩い傾斜地の為、
低い側に岩を並べ石垣を造り、
その内側に土や石を運ぶ。
朝から晩まで土建作業は続く。
エンヤコラ。
そんな週末の日々が何回か過ぎていった…。
…。
とある日。
巨神兵のコックピットに座り、
働け~、
とレバーを操っていると、
巨神兵が咳をする。
コンコン。
お?。
どうした?。
その咳が続き、
やがて、
ストンと巨神兵が停止した。
…。
あん?。
何だ?。
嫌な予感が背中を這い上がる。
…。
キーを回して再始動を試みる。
クッカカカカカ…。
セルが回る。
…。
だが、
心臓が動かない。
…。
背中に這い上がった嫌な予感は、
俺の頭の上でポンポンと跳ねる。
…。
何度かセルを回すうちに、
どんどん体が冷えてゆく。
さらに、
一呼吸一呼吸が苦しい…。
息をするのに力がいる。
フ---。
…。
頭の中を様々な事が飛ぶ。
どういう事だ?。
エンジン停止したぞ。
何だ?
…。
そして思いついた。
お!。
巨神兵は腹が減ったのか?。
そうか。
そうだ。
予備の軽油を買ってある。
あれだ。
…。
まず、巨神兵によじ登り、
フタを開け、
燃料タンクを覗く。
闇の中、
下の方にうっすらとタンクの底。
…。
お!。
…。
カラだ。
あはは。
あはははは。
冷えていた体に血液が巡り、
あったかくなり始めた。
なんだ~腹減ったんだ~。
原因が分かり、
安堵の中、
重い軽油入りポリタンを運び、
巨神兵の燃料タンクに注いだ。
…。
これで巨神兵が生き返る。
…。
コックピットに戻りセルを回した。
…。
だが、
…。
起きない…。
…。
あん?。
…。
足元から冷凍エビの群れが這い上がる。
ゾロゾロ。
…。
奴はピクリとも動かない?。
このままずっと…。
20トンのバケモノは、
自力で動かなければ運ぶ事は不可能。
となると、
敷地のど真ん中で巨大な鉄の固まりのまま永遠に…
墓碑銘として埋もれるのか?。
…。
この地を永眠場所とするのか?。
…。
騒めく心の中、
もし鉄の固まりと化したら、
どんな解決方法があるのか?。
俺の頭は冷えながらも、
やっとの事で考えた。
…。
アセチレン溶断器でバラバラに切り刻み、
鉄クズとし運び出す…。
100万がパ~。
敷地の真ん中では今後の建築作業の邪魔だ…。
となるとガス切断でバラす。
バラすのにどの位の日々と、
ガスが必要となるのか?。
…。
生きる気力メーターの針が、
どんどん下がる。
…。
折り畳みイスに座り込み、
目を閉じた。
…。
冷静になれ。
そんなに簡単に壊れるか?。
バカな。
だとしたら?。
…。
セルは回る…バッテリーが原因では無い。
燃料は入れた…ガス欠でも無い。
冷却水も入っている…焼きつきでも無い。
なら、
何だ?。
…。
全身を這い上がる冷凍エビに包まれ、
俺は、
心の奥まで凍りつき始めていた。
…。
クソ-。
…。
イスに座りお天道様に照らされて、
森の中を通り過ぎる風に吹かれた。
すると、
多少生きる気力メーターの針が上がってきた。
…。
まあ、
なるようにしかならん。
…。
そして、
腹が減っている事に気付いた。
気分転換が必要だ。
カバンから朝コンビニで買ったお茶とオニギリ出し、
食いながら、
鉄の固まりになった巨神兵を見た。
…。
お前、
いいかげんにしろよ…。
…。
やがて、
腹が満ち、
喉の渇きも無くなり、
少し落ち着くと、
再び巨神兵を見た。
ん?。
奴の横っ腹に文字。
SUMITOMO…。
住友?。
住友って言えば、
三井、三菱、住友とかの日本三代財閥のグループじゃねの…。
パワーショベルの会社っていえば、
日立とかコベルコとかキャタピラーとか…。
へ-、住友も造ってるんだ…。
とか考えていると、
突然浮かんだ。
…。
そうだ。
住友の会社に聞けばいいんだ。
そうだよ。
素人の俺が悩んだって解決しねー。
…。
電話した。
地元にある住友建機の会社に…。
すると分かった。
巨神兵は死んだわけでは無いらしい事が。
…。
あはは。
ディーゼルエンジンというのは、
一旦燃料切れで燃料噴射ポンプに空気が入ると、
シリンダー内に燃料が噴射されず、
動かないのだと。
その空気を抜く方法を教えてもらったのだ。
…。


エンジンカバーを開けた。
でっかいエンジンだ。
横幅3mの巨神兵の胴体に、
ぎっちりと詰まっている。
さすがバケモノのエンジンだ…。
その中を、
あちこ探すと、
菊マークのような印のついた手動ポンプを見つけた。
これだ。
少し引っ張り出し、
小形空気ポンブのように、
シコシコ押すと、
やがて重くなり、
空気が抜けた。
…。
コックピットに戻り、
祈りながら、
セルを回した。
途端。
ブボボボボボボ…。
オおおOOoo…
奴は生き返った。
…。
アハハハ。
ククク。
ぐっわっははHAhaハハ歯歯はは。
森に響く高笑い。
アハハハ。
ヤッタ~。
俺の回りで、
冷凍エビが輪になって踊る。
あははは。
…。
うれしかった。
本当~にうれしかった。
…。
鉄くずが生き返ったのだ。
いやはや冷や汗をかいた。
…。
勉強になった。
…。
危機が過ぎると、
俺は再び巨神兵をこき使い、
整地作業を進めた。
やがて、
西の山並みに日が傾いて行く。
…。
よく働いた。
いろいろあったが、
終わりよければ全てよし…。
…。
森の仕事が終わると、
安堵に胸をさすり、
家路に着く。
赤いジムニーで森を、
薄暗くなっていく田舎の田園を、
走る。
…。
西のオレンジ色の空に夜の帳(とばり)が落ちてゆく。
…。
家に着くとトイレに入り、
風呂に入り、
家族と共に食事を取り、
一時すると、
皆が自分のしたい事に集中し始める。
俺は、
部屋の隅のみかん箱の前に座る。
これから勉強をするのだ。
なんの?。
建築構造の勉強だ。
本を開く。
途端に眠くなる。
…。
その頭脳作業は、
暗号機エニグマの秘密を探る如く、
遥か彼方だ。
…。
何だ~。
…。
ヤング率、
座屈、
曲げモーメント、
剪断力、
捩りモーメント、
…。
ふ~。
今日はこのくらいで勘弁してやる。
と、
構造計算の本を閉じる。
…。
そして、
翌日の夜。
仕事から帰り、
夜、
みかん箱の机の前で、
再び唸る。
むムム。
…、
H鋼材のフランジなんたら、
降伏点、
破断、
ss400、
引っ張り強度とか…なんたら。
…。
ふ~。
今日もこの位で勘弁してやる。
明日、足洗ってまってろ。
フフフ。
汗、汗。
そんな日々が風のように過ぎてゆく。
…。
そして、
両端ピン接合したH鋼材の中央に力が加わり…どうたら…。
ふむふむ。
下部固定した直立した鋼管の上から力○△Nが加わると…どうたら。
ホ~。
…。
やがて、例題や問題を解きつつ、
次第に単体の物体に加わる力関係ではなく、
構造物の闇に潜ってゆく。
ブクブク。
…。
だが、
前日理解したと思った事は、
翌日には忘れ、
一進一退。
…。
クソ---。
…。
月日は流れ…。
数十年…。
ヨイヨイとなり、
お漏らししながら、
ミカン箱の机にしがみつく。
…。
お~いごはんはまだ?。
さっき食べたでしょ。
え?。
…。
やっとその頃、
ブレース構造とやらにたどり着く…。
…。
何々?。
マッチ箱の中箱を抜き、
横から指で押すと、
開口部がひしがたに変形し、
潰れる。
フムフム。
この開口部の四隅に糸をバッテン状に瞬間接着剤で貼り付けると、
横から指で押しても潰れない。
なるほど。
これがブレース構造…。
ほほ~。
面白い。
で?。
さらに指で力を入れると、
糸が切れてペシャンと潰れる。
結果、
このブレース構造の建物は、
水平力に対して、
この糸が切れる時が、
耐えられる限界なのだという事になる。
ほほ~。
…。
となるとこの糸の引っ張り強度が分かれば、
建物の強度が分かるのか…。
…。
なるほど、
すばらい、
スパシーバ。
ビックリ仰天…。
フフフフ。
…。
だが、
建築構造の不思議は、
まだまだつづく。
…。
さらに月日は流れて行く。
…。
しかし、
建築確認申請をしなけりゃならない、
その為には、
俺の考えた接続金具の強度計算をどうやるのか…。
…。
まだまだ分からない。
…。
つづく

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