「ブレイクスルー・ハウンド」71
密告者が現れたのだ。情報を公安に流す代わりに保護を求めているという。
だが、その事実をすでに仲間が察している気配があり、緊急の救出が必要と訴えていた。
そこは中北沢だ。確かにここなら若者で、かつ奇抜な雰囲気のファッションの人種が潜伏していても目立たない。下北沢に程近いために街の色合いが似ており、かつ中小の工場がある一帯もある一風変わった町だ。
目的のビルからやや離れた場所に車を停める。それは、後続の父が運転する車輛も一緒だ。近くには緑が豊かな広々とした公園があった。
父のことを意識し、改めて光は憎悪のまなざしをシート、さらに窓ガラス越しに送った。自分まで参加させることはないだろうと訴えたのだが、「潜入任務や威力偵察じゃあるまいし、戦力はひとりでも多いに越したことはない」というせりふで却下されたのだ。
エンジンをかけたまま、佐和は雑居ビルのほうへ視線を向けている。その横顔は無表情だが、胸のうちの凛としたものがにじみ出ているように思えた。
わざわざ女なのになんで射撃手(シューター)なんか――光は彼女の正気を疑う。
銃器社会のアメリカならともかく、日本で競技ではなく“実戦”に身を投じるなど常識では考えられない。
だが、一方でどこか仲間意識も感じる部分もある。
クラスメートたちは遺伝子学上とは違った意味で“純血”の日本人だ。彼らは発砲事件の悲惨さ、脅威など知らない。大げさにえば、キリスト教徒がイスラム教徒の中で暮らしているような感覚をおぼえることも光にはたまにあるのだ。
他方で、佐和は光に比べれば経験こそ少ないだろうが、それでも修羅場を知る人間だ。
そんなことを考えていたところ、唐突に動きがある。
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