「ブレイクスルー・ハウンド」77

 構わず、強引に前蹴りを放つ。避けられた。その一撃は陽動だ、放った足を素早くおろして足場にし、相手の側面に移動しながらくり出された拳打を受け流す。その流れで手首をつかんで転身、捻り上げた。痛みに硬直した一瞬をのがさず、相手の手首を持ち替えて腕による攻撃と足払いで敵を地面に叩きつけた。さらに股間を打つ。
 そこに縄鏢の刃先が飛んできた。
「光、甘い」見やると、張は苦悶を眉間に刻みながらも厳しいまなざしをそそいでいる。
 光はやや力を欠いて応じた。「はい、すいません」

 本当は、張は甘いなどとは言いたくない。
 自分自身が少年のときは人を殺したくなくてたまらなかった。ただ、それ以外に生きる道がなかったのだ。
 どうすれば生きられるのか、殺す以外の術を知らなかった。
 しかし、それは生涯口にすまいと思っている。
 死んだ者はそれ以上に不条理な目に遭ったのだ。たとえ、それが裏社会の住人でもだ。
 かつて、思春期を迎えるころになっても殺すことに躊躇いはなかった。幼子だろうが女だろうが命令なら殺していた。
 しかし、母親が子どもを必死になって守ろうとする光景に遭遇し、そこから心に変化が生じたのだ。自分がどれだけ罪深いことをしてきたのか気づいてしまったのだ。だから、二十代になる頃に組織を抜け、世界中を放浪しやがて達人に出会ってスクールの指導者になったのだ。
 元特殊部隊の人間がふたりおり、さらに治安関係者が学びにくる場所、そこには張が元居た組織も手を出しかねた。だから、いま張は安住の地を手に入れている。たとえ、それが銃声が鳴りひびきつづける場所でも、理不尽に誰かを傷つける立場にいることとは比べものにならない。
 そして、過去に後ろ暗いものを持つ張だからこそ、光が実銃を撃てない気持ちは痛いほどに理解できる。

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