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【乳がん10年記④】結婚して幸せになったのか

前回のあらすじで、30代女性の厄年を考慮して、35歳で結婚すると決意し、予定通り35歳で結婚したことをお伝えしました。

で、めでたしめでたしと思いきや、私の心の中は大荒れで、『本当にこの人でよかったのだろうか。今ならまだ引き返せるかも』って、そんなことばかり考えていました。

【当時の私に一言】
・平凡の幸せが、いかに難しく、尊いことか

結婚

周囲から、
「結婚できてよかったね。おめでとう!」と
お祝いの言葉をかけてもらいました。

「ありがとう」とお礼を言いいつつ、1点、結婚できるという言葉が引っかかっていました。大義はないのは承知していたのですが、『結婚はできるできないの問題なのかなぁ、結婚することを決めただけなのに』と。


付き合っていた時はさほど気にならなかったのですが、結婚すると、ほんと何から何まで優柔不断で、自分で決められない彼。

楽しいはずの新婚旅行の最終日、
私の疲労はピークに達し、ようやく最終行程の空港内。搭乗手続きも済ませ、あとは飛行機に乗るだけの待機時間。もう大丈夫だろうという思いもあって、搭乗券を渡し、別行動することを提案。
しか〜し、私の側から離れず後ろをついてくる始末。本当に先が思いやられるわと諦めモード。

普段の生活に

結婚式や新婚旅行など一連の行事も終わり、普段の何気ない生活が始まります。会社に行って、帰りスーパーに立ち寄って、ご飯作って食べて、お風呂入って寝るのルーティン。

確かに、二人の生活は新鮮ではあったものの。

会社で、トイレに行くため廊下を歩いていると、ふと次の言葉が頭をよぎったのです。

『私はこれで、次は子供を産んで、平凡な人生を歩んでいくことになるのかぁ』と。これからの生活にワクワク感を抱いていない自分がいたのです。

ほんま何を言ってたんだか。平凡の幸せを手に入れるのが、いかに難しく、尊いことか、全くわかっていなかったのです。なぜ幸せを享受しようとせず、幸せから逃げようとしたのか。

当時の私に、わかるはずもないことですし、また教えてくださる人がいたとしても、右から左に聞き流していたはず。

幸せになるためには、幸せを感じる心、『知足』の精神が必要ということを知らなかったのです。

『知足』という言葉は、ヨガ哲学から学びました。足るを知る、という意味です。

もっともっとと現状に満足しないで生きていると、いつまで経っても幸せから遠ざかるばかり。
私は結婚という人生の最高の幸せの瞬間を、結婚相手を他人と比較し、あれが足らん、これが足らんとか、あぁ、この人と結婚しなければとか、訳の分からないことをぶつぶつと言って生活していたのです。そんな私は幸せを享受できるはずもなく。。。


結局、右胸のことは気になりつつも、後回しになり、全てが落ち着いた頃、結婚式から2か月後に定期検診を受けに行くことにしました。
そこで言われたこととは…

次回、「ついに、悪性の診断か⁈」にて。

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