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思い出の夢追い人

コーヒーが好きだ。
缶コーヒーから、夜勤でよく飲む500mlのコーヒーまで。
それから家で飲むインスタントコーヒーも捨てたもんじゃない。

ただ、お店で飲む豆から挽いたコーヒーにはやはり敵わない。香りから別格である。

そしてそんな豆から挽いた粋なコーヒーを飲むと一人の男性を思い出す。


二十代前半の頃、私は彼に出会った。
彼との出会いはいわゆる「マッチングアプリ」だった。
当時出会いがなかった私は、真剣に交際できる人を探すため恐る恐るアプリに手を出していた。
最近では主流だが、当時はまだ周りにアプリをやっている人の方が少なかったため私にとってはかなりの賭けのようなものだった。

だから、やり取りする人はかなり厳選したし、本当に誠実そうな人としか会わないと決めていた。
その中でもマッチしたのが彼。
私よりも歳上で、やりとりの文面からもわかる知性や落ち着いた雰囲気があった。

何でも元々美術の教員だったのだが、脱サラして自分のコーヒーショップを持ちたいという。
私も元美術部だったこともあり、自然に惹かれるものがあった。話が合いそうだと思い、ついに会うことになった。

集合場所は私の住む地域の小さなカフェ。
どんな人だろう、とドキドキした。


やがてその人が現れ、
ランチをご一緒することになった。
メガネをかけスラリとした背格好。落ち着いた話しぶりはまさしく先生といった感じ。

正直、何を話したのか全く覚えていない。
ただ、そこのカフェの看板メニューともいえるコーヒーを神妙な面持ちで啜っていた彼の姿だけは覚えている。
これから夢に描くコーヒーショップへのインスピレーションを膨らませていたのかもしれない。

彼に対しては「悪くないな」という印象は持ったものの、その後お互いお礼のメールを送りあったのを最後に彼から連絡が来ることはなかった。
残念ながらお互いにトキメクものがなかったようだ。


数年後、彼の開いたコーヒーショップのSNSアカウントを発見した。
コーヒーショップ、というからにはカフェ的なお店を想像していたが、
コーヒー豆を販売するお店のようだ。

黒板のアート作品を見るにやはり美術の先生らしさが溢れていて、素直に素敵だと思った。
同じ県内だからいつでも行ける距離なのだが、家にコーヒーメーカーがないことを理由にして結局一度も行っていない。

本当は、あの頃を思い出してちょっぴりほろ苦い気持ちになるのが怖いだけなのかもしれないけど。

彼とのご縁はなかったのかもしれないが、
出会ってくれたことには感謝している。
彼のお店がこれからも地域でずっと愛され、続いていくことを陰ながら願おう。


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