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蜜柑|エッセイ

夕食後に、母はお酒を飲み、僕は一顆の蜜柑を剥いて食べていた。
近頃の忙しさによる疲労で、自己嫌悪に陥っている僕に、ほろ酔いの母が言った。

「〇〇(僕の名前)は大丈夫だから」

その言葉が、蜜柑の果汁と共に胸の底にじんわりと広がっていった。

また、別の日の朝、僕は家の近くを散歩していた。住宅街を歩いていると、甘く爽やかな匂いが鼻をかすめた。

香りがしてきた方に目を遣ると、丸く剪定された金木犀の木が、橙色の花をこぼれそうなほどたくさん咲かせていた。それは、一顆の蜜柑のように見えた。

香りは、先日の記憶と共に、再び胸の底にじんわりと広がっていった。


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