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小説|公園


午後3時に、散らかったアパートを後にして、近所の公園に出向いた。

団地が立ち並ぶ少し高くなった土地に、その公園はあった。僕は、公園を取り巻く四角く刈られた垣根の隙間から、公園の中に入った。凸凹とした、草一本生えていない荒涼とした地面が、50m先まで続いている。その奥には、青々とした天然の芝生が見え、そこには、粗末な遊具があった。午後の過ごしやすい時間帯ということもあり、家族連れが、その遊具の周りで遊んでいる。

僕は、剥き出しの地面を突っ切っていき、団地を背にした垣根の前にぽつんと置かれているベンチに座った。僕は、片手にノート、もう片方の手には、ペンを持っていた。僕は、ノートを開き、膝の上に置いた。風がノートを力づくでめくろうとする。ページを手で押さえつけ、顔を上げると、遊具の近くで駆け回る二匹の子供(彼らは人間だったが、僕には、愛らしい子犬のように見えた)が目に止まった。

一匹は、男の子、もう一匹は女の子だった。彼らはしばらくすると立ち止まり、互いに目を合わせ、腕を組んで、向かい合った。ヒラヒラと女の子の履いているズボンが風で波打っている。女の子は、急に肌色の地面に向かって駆けてきた。いつまでもいつまでも一直線に走っている。男の子も後を追ってきたが、乗り気でないらしく、途中で歩を止め立ち止まると、肩をすくめた。どうやら遊びにあきたらしい。

彼らから目を離し、空を見上げる。薄い靄のような雲に覆われている、眠気を誘うような空だ。きっと手を伸ばして、あの雲に触れようとしても、薄くぼんやりと僕の手が霞むだけで、あの雲に穴の一つも開けることができないだろう。

僕は、立ち上がり、小さなベンチを後にすると、家族づれの集まる、青々とした芝生に向かった。

遊具の中の一つに、座れる場所を見つけると、そこに腰を下ろして、周りをキョロキョロ見回した。すると、公園に面した歩道の脇に、3台の自転車が悲しくぶっ倒れているのを発見した。強い風が、彼らの上を吹き抜ける。人に忘れ去られているような自転車たちだ。地面に近いところで枝分かれしている、表皮がまるで老婆のようにしわくちゃになった街路樹だけが、くたくたにしなびれた枝葉を自転車たちに向かってそよがせている。

ああ、春の午後の悲しさよ。

自転車の近くでは、女の子と、その子のママが何やら公園で遊ぶために荷物を下ろすやら袖を捲るやらしている。一人の男の子が、スケボーに乗り、風を切って滑ってきた。後ろに流れる髪が涼しげだ。

今日は暖かい午後。

視線を遊具の方向へやると、しゃがみ込んだ男の子たちが3人。(その姿は、とても人間的だった)その中の一人に半袖短パンの子がいた。この男の子は、日焼けした腕を地面に伸ばし、地面の砂を掴んだ。手で作ったお皿から一粒もこぼれないよう、おそるおそる腕を動かし、砂を傍に置いてあるペットボトルの口に流し込んだ。その様子を、3人のママが見守っている。

僕は、彼女らの背後に座っており、一人一人を何のためらいもなく眺めることができた。

僕から見て一番左に立っているママは、灰色の餃子の皮みたいにテロテロの、丈は太ももの辺りまである上着を着ていた。それが、よくこえた体で伸び切っていた。真ん中のママは、水分が抜け切ったみたいにカサカサの、深緑の上着を着ていて、一番右は、自然光に照らされた部分が、青白く砂っぽく見える上着を着ている。真ん中のママは腕を組み、足から頭まで一本の棒のように直立し、左右のママの圧力に少し萎縮している様子だったが、左右のママは、足を組んずほどきつ、時々風になびく茶髪を片手で抑え、息子たちを眺めていた。

グワラァ

カラスが僕の背後で一声鳴くと、ビニール袋が擦れるような安っぽい羽音を立てて、目の前の芝生に降り立った。午後のヌルい風景の中に、黒いシミがついた。芝生がお山のようにこんもりした場所に、胴体のサイズの割にやや大きすぎる羽根を銃を突きつけられた死刑囚のごとく高らかに持ち上げ、震わせながら登っていった。傘を閉じるように羽根をしまうと、カラスは、固い地面をくちばしで突き、何やらほじくりかえしている。その様子に、スケボーの男の子がチラリと視線をくれてやった。

僕は遊具を離れ、カラスのほじくり返したお山の上に登って、寝そべり、くだらない文章を書いている。

ーー今日も俺はひまじんだ。

先ほどの自転車がぶっ倒れているところのそばにも、ベンチがあった。このベンチは、周りに人が集まるからか、先ほどのベンチよりも何倍も楽しく、満たされているように見える。

おばあちゃんがベンチの端っこに座って、ぼんやりと公園を眺める。傍には、小さなふさふさの毛をしたダックスフンドが居た。この犬は、おばあちゃんの太ももに前足をかけて立ち、鼻息を荒くして媚を売ったり、足を下ろしてきちんとうんこ座りをしたり、そばを違う犬が仕方なく人間に連れられて歩いてる時、野良だったご先祖様を急に思い出したのか、ブワオン、ブワオンと威嚇したりした。

おばあちゃんは人気者だ。隣に少年が二人座っている。一人の少年が、バッグをベンチに下ろして下にしゃがみ込み、ベンチを机の代わりにしてDSをやり始めた。もう一人の闊達そうな少年は、犬コロをかまい始めた。

僕は、ゴロリと山の上を転がって、背後に高く聳える黒松を見た。幹が歪に曲がって、空に向かって伸びている。枝は重そうに垂れ、針の葉が、それに痛ましく絡まり付いている。

太陽が痺れるほどに白く光って、縛められた囚人を黒く焦がしている。




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