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世界の結婚と家族のカタチ Vol.5:国民の97%がイスラム教徒。独自の文化が人々の暮らしに浸透する――パキスタン

注目の国々の結婚、ひいては家族のカタチについて、現地の事情に詳しい方々へのインタビューなどを通して紹介する「世界の結婚と家族のカタチ」。VOL.5ではイスラム教徒が国民の97%を占めるパキスタン・イスラム共和国(以下、パキスタン)における結婚事情を、日本に住んで5年半になる、パキスタン国籍のRabbi Ul Saleh(ラビ・ウル・サレ)さんにインタビューした。

■日本とは大きく違う、パキスタンにおける結婚と離婚

――まずは自己紹介をお願いします。
ラビ:パキスタンで生まれ育ったラビ・ウル・サレと申します。4人兄弟で、パキスタンには両親と姉、妹、そして弟がいます。2017年10月にパキスタン人の父親と日本人の母親をもつ日本国籍の男性と結婚し、必要な手続きを済ませた上で、2018年1月に日本に移住。今は埼玉の家に夫とその両親、および妹と一緒に暮らしています。夫の父親は私の母親の兄弟で、私と夫は従兄弟同士になります。パキスタンを含むイスラム文化圏においては、母乳で育てられていない限り、従兄弟同士の結婚はOKなのです。主な仕事はALT(Assistant Language Teacher)ですが、週末は英会話カフェで働いています。

インタビューに応えるラビ・ウル・サレさん

――パキスタンにおける結婚の条件は?
ラビ:結婚年齢は、男性が18歳、女性が16歳でしたが、最近、男女ともに18歳とする法案が可決されました。ただし、女性には社会通念上、25歳ぐらいまでに結婚することが求められるのに対して、男性にはそうした縛りがありません。同性婚は、禁じられています。

――一夫多妻制だと聞いていますが?
ラビ:男性は、経済面、感情面の双方において平等に対応することを前提に、最大4人の女性と結婚することができます。これは戦争中に未亡人になった女性を保護するためのシェルターとして設けられた仕組みですが、そもそも複数の妻に平等に対応すると言っても無理があるし、現代社会には適合しないところがあります。とは言え、過激なイスラム教徒の中には、今なお一夫多妻を志向する人々がいることも事実です。そこで新たに制定されたパキスタンの法律では、最初の妻の許可を得ることを求めています。

――結婚後の姓はどうなるのでしょうか?
ラビ:結婚すると、父親の姓から夫の姓になりますが、必ずしもこれを名乗る必要はありません。

――離婚はどのような仕組みになっていますか?
ラビ:パキスタンでは離婚は忌避されているので、ドメスティック・バイオレンスがあったとか、禁じられているお酒を飲んでいるとか、ドラッグを嗜んでいるとか、ギャンブルにうつつを抜かしているなど、よほどの理由があった場合に限られますね。

―浮気は離婚理由にはならないのですか?
ラビ:私の両親や義理の両親は、もしも夫が浮気をしたら、別れるように言うと思いますが、一般的には男性が浮気に走った場合、「男だから仕方がない」「許してやれ」などと言う親がほとんどだと思います。パキスタンの親は、娘を結婚させねばならないと考えており、実家に戻って来て欲しいとは思っていないので。

――離婚の手続きは?
ラビ:裁判所に申請した後、3~6ヶ月間、待たなければなりません。その間、裁判所は話し合いの機会を持つことを薦めたり、離婚の意思を再確認したりしますが、本人たちの意志が変わらなければ、離婚が成立します。ただし、妻の妊娠中は、離婚することはできません。こうした中、パキスタンでは離婚するカップルは限られています。しかし、女性が社会に進出し、経済力を持つようになるに連れて、離婚するカップルも増えてきているようです。

■結婚相手は両親が決定。本人たちが会うのは婚約以降

――結婚に至るまでのプロセスはどのようになっていますか?
ラビ:パキスタンにおける結婚は、90%以上がお見合い結婚です。と言っても、それは日本のお見合い結婚とは異なり、子どもが結婚年齢に達すると、両親や親戚が結婚相手を探す形です。そして、ツテを辿っても良い相手が見つからない場合は、結婚相談所やマッチメーカー(結婚相手の紹介人)に頼みます。マッチマーカーはフリーランスで、成功報酬で相手を探してくれます。

候補者が見つかると、最初に女性の写真を男性の家族に見せ、OKが出たところで、連絡先が交換されます。そして、まずは男性の家族が女性の家を訪問するのですが、これは通常はお茶の時間で、お茶や市販のお菓子に加えて、娘の手作りのケーキを用意したりして娘の料理スキルをアピールします。この結果、男性側が話を進めようと思えば、女性側の家族を家に招待、逆に難しいということであれば、直接、もしくはマッチメーカー経由で断りを入れます。

Ideal Marriage Bureau
パキスタンの結婚相談所は、両親や親戚などの紹介では
良い相手が見つからない場合の駆け込み寺的な存在だという

このように結婚に至るプロセスは、常に男性側がリードして進められます。男性側は容姿や家柄により結婚相手を慎重に選びますが、女性側は妥協するケースが多いですね。そして婚約が成立すると、指輪や贈り物を交換したり、お互いの家を訪問したり、食事を共にしたりしながら、結婚式などの段取りを決めていきます。この段階でカップルは初めて対面し、少しずつ言葉を交わすようになります。これに先立つ、お互いの家を訪問する時点では、両親や兄弟姉妹が相手の家を訪問するだけで、本人たちが同行することはありません。

――婚約前には、本人たちはお互いの写真を眺めるだけなのですか?
ラビ:そうです。パキスタンではカップルが対面するのは、婚約をする時、あるいはそれ以降になります。それも他の大人が同席している場合に限られ、二人だけで会うようなことはありません。これは宗教上の理由ではなくパキスタンの文化であり、結婚についても家族を信じ、委ねる格好になります。

――写真だけで結婚を決めるのは不安ではないですか?
ラビ:そうですね。写真ではわからない部分がありますから。もっともパキスタンでは、女性は男性側の家族のバックグラウンド、相手の仕事、教育レベル、資産、住まいなどから、結婚の可否を判断する習わしで、容姿を理由に婚約を断ることはできません。一方で男性は、相手の仕事や資産にはこだわらないものの、身長や肌の色など見た目を重視しますね。

――あなたご自身は従兄弟と結婚されているので、婚約以前にもパートナーと面識があったのですよね?
ラビ:最初に会ったのは夫も私も4歳の時なので、よく覚えていません。そして2回目に会ったのは、婚約の時でした。夫とその家族は1週間ほどパキスタンに滞在したのですが、私は婚約のことは知らされておらず、単に従兄弟が自宅にやって来たのだと思っていました。しかし、彼らが日本に帰国する前日に、義理の父に「息子と結婚しますか?」と聞かれ、OKと応えたのです。そして翌日、フライトの日に、彼らは私に婚約指輪をプレゼントしてくれました。

私たちはLINEのアドレスを交換しましたが、彼はウルドゥー語も英語も話せなければ、私は日本語が話せなかったので共通言語がなく、彼が写真を送ってくれても、スタンプを返信するのが関の山でした。そしてその1年半後、彼がパキスタンにやって来て、結婚したのです。私が日本語を勉強し始めたのは日本に来てからなので、結婚した当初は、「〇を食べる?」とか「△に行きたい?」などと聞かれても、YESと答えるしかありませんでした。日本語ができるようになるに連れて、少しずつ自分の意見が言えるようになってきたのです。<笑>

――結婚式はどのように行われるのでしょうか?
ラビ:結婚式は3日間にわたり執り行われます。初日は新郎側・新婦側が別々に、それぞれの家に親戚や友人を招いて結婚を祝います。2日目は両家がはじめて結婚式場に集まって夕食を共にし、新郎新婦が結婚に伴う正式な書類にサインします。これは通常、150~200人のゲストが招かれるのですが、新婦側があらゆる費用を負担します。そしてこれが終了すると、その晩から新婦は新郎の家に行きます。3日目は、2日目と同じゲストを招いて、夕食時に結婚式場で開催されますが、こちらは新郎側がすべての費用を負担します。

――結婚に伴い金銭をやりとりする習慣はあるのでしょうか?
ラビ:過去には新婦側の持参金としてダウリーの習慣がありましたが、今では禁じられており、新生活に必要な費用は新郎側が持つことになっています。現在はこれを辞退する家が多いものの一部には残っており、娘が希望すれば、家具などを持たせてあげたりはしますね。一方、新郎が結婚に先駆けて新婦に送るメフルは、イスラムの結婚契約に不可欠なもので、金銭以外に、資産価値のある宝石などをプレゼントする場合もあります。

■結婚後は夫の両親と同居し、婚家のルールに則って家族をケア

――次に結婚生活についてお伺いします。まず、家計はどのように営まれているのでしょうか?
ラビ:パキスタンの法律では、妻が稼いだお金は妻の財産になり、家計に入れる必要はありません。とは言え、最近では諸物価が高騰する中、夫婦共働きをしないと家計を営むことができません。しかし、男女の賃金格差は大きいし、女性の昇進機会は限られており、面接に当たっては、婚約の有無や、出産の予定を聞かれたりもします。これらはハラスメントですけどね。

――典型的なライフスタイルは?
ラビ:通常、妻は義理の両親や夫の兄弟の家族などと一緒に夫の家に住みます。家事や育児などは女性が担うのですが、多くの家ではメイドを雇っており、掃除はメイドに頼んでいます。妻が働いている場合、妻は家族の朝食を作り、食事が終わると家族の昼食の用意をし、子ども達を学校などに送り届けて、職場に向かいます。そして仕事を終えて帰ってくると、今度は夕食の準備や洗濯などを行います。一方で夫は、帰宅後も家事を分担しなくてはならないということはなく、シャワーを済ませて夕食をとります。夕食が終わると、家族全員が集まって、お茶を飲みながら「今日はどうだった?」などとたわいない会話を交わしたりしますが、その後は、それぞれの部屋に戻っていきます。

――メイドさんは住み込みなのですか?
ラビ:あまりに大家族だったり、高齢者や障害者がいたりすれば、住み込みのメイドを雇うこともありますが、通常は通いのメイドですね。これらのメイドは、18歳以下の満足な教育を受けていない貧困家庭の子どもが多く、朝から晩まで働いても給与は月に1万円ぐらいにしかならず、それも通常はメイドの両親の手に渡ってしまいます。こうした中、雇い主は単に賃金を払うだけではなく、そのメイドの衣料や食事や医療などの面倒を見なくてはなりません。

そして長年、勤め上げたメイドが結婚するとなると、メイドの両親は雇い主に、結婚費用を負担することを求めてきます。メイドが若い日々を雇い主の家族のために費やしてきた見返りに結婚費用を負担してもらおうという話なので、これはある意味、理にかなっていると言えるでしょう。今時、月に1万円の給与では何もできないですからね。そして、結婚後もメイドとしての仕事を継続することもあれば、結婚を機に退職することもあります。

■パキスタンの結婚には、カップルのプライバシーがない!?

――パキスタンと日本では、社会も異なれば、結婚をめぐる風習も大きく異なっていますね。双方をご覧になって、あなたはご自身の結婚や家族についてどのようにお考えですか?
ラビ:パキスタンの結婚にかかわる風習は、見直した方が良いと思います。理由は、女性が長年、暮らしてきた実家を離れ、夫やその家族のことを深く知る間もなく、ある日突然、夫の家に放り込まれ、夫の両親と一緒に住むというのは、無理がある思うからです。しかも、妻は夫の両親の面倒をみなければならないのに、夫は妻の両親の面倒をみる必要はありません。

料理ひとつを取っても、それまで慣れ親しんできた実母のカレーではなく、義母のカレーのレシピを一から学び、これに従わなければならないし、別の女性が長年、仕切ってきた台所をある日を境にシェアせよと言われても、その家の習慣を知らない中では容易ではありません。朝食を作るように言われても、卵はどんな調理法が好きなのかなどは個人によって異なります。

こうしてパキスタンの女性には、結婚を境に、お互いのことを理解する間もなく大きな責任が生じます。結婚して間もなく子どもができたりすると、なおのこと大変です。パキスタンのカップルには、結婚前にデートすることもできなければ、ハネムーン・フェーズもありません。結婚前に恋愛することができないのです。事前にお互いを知る時間を設けてお互いを好きになり、その気持ちを家族のケアに繋げていくことが必要だと思います。

一方、日本においては、結婚相手を自分で選ぶことができるし、結婚前にお互いを知る時間もあり、好きなところに住むことができ、子どもを作るタイミングだって選ぶことができます。パキスタンでは、両親との同居が基本ではありますが、仮に別居するとしても、同じ市内に住まなくてはならないという縛りがあるし、夫の両親が高齢になれば、面倒をみなければならないのです。

パキスタンには国が提供する健康保険もなければ、年金もありません。そして私の世代の女性は働いていても、母の世代は仕事をしていません。さらに、高齢者向け施設も少なく、入居できるのは家族がいない人かよほど貧乏な人だけ。多くの高齢者は施設に入ることもできません。こうした中、パキスタンにおいては、年老いた両親の面倒をみるのは子どもの責務なのです。

最近、パキスタンでは、結婚したら海外に移住しようと考える若者が増えてきています。結婚してしばらくは夫の両親と同居しながら、アメリカやイギリスなどで仕事を探すのです。海外に移住するとなると、周囲も「それなら仕方がない」と思ってくれるので、これはパキスタンの風習から逃れるための新手の手段とも言えます。しかも、パキスタンの経済情勢はとても悪く、国内に止まっていたのでは何もできません。

――これまで日本の結婚制度にはオプションがないと感じてきましたが、あなたが指摘されるような視点から見ると、実はたくさんのオプションがあるということに気づかされました。本日はご経験に基づく貴重なお話を、どうもありがとうございました。

(取材・原稿執筆:西村道子)


【インタビューを終えて】
パキスタンは、1947年にムスリム国家を建国の理念としてインドから独立してできた国。前回、取り上げたインドにはヒンズー教が浸透しているのに対し、パキスタンにはイスラム教が浸透しており、パキスタンの法律は実質的にイスラム教の法律とイコールとのこと。一方で、結婚相手を決めるのは両親で、当人は婚約時まで、下手をすれば結婚式当日まで相手と対面することがないという点は両国に共通していますが、これは私たち日本人にはなかなか想像しがたいことだと言えるでしょう。

また、家父長制社会であるパキスタンにおいては女性差別的傾向が強く、結婚においても男性側が優位に立って話が進められ、かつ、女性の合意があれば4人まで妻を持つこともできます。この点も日本人の感覚とはかけ離れていますが、その一夫多妻制が、戦争未亡人となった女性のシェルターとして設けられたという経緯には、なおのこと驚かされました。

このように、前回のインド同様に驚かされることの多いパキスタンにおける結婚制度は、日本の若者たちに、そんなことなら結婚なんてしない、子どもなんて作らないと言われそうですが、一方では人口縮小にあえぐ日本を尻目に、インドはもちろん、パキスタンの人口は日本を上回り、かつ、伸び続けているのも事実です。人権を守りながら、社会の全体最適を実現するにはどうしたら良いのか、その解を求めて、私の頭はぐるぐると回り続けています。

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