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VINTAGE⑩【変化と経過】

部屋に陽が射して、長い日だまりを作る。空っ風が頬にあたり、ヒヤッとする自転車で木枯らしの中どこに行くともなく、ブラブラしているだけ。10月になると、あたりは体育祭だの学園祭だの催し物がどこかで開かれる。大学の学園祭も例外ではなく、1週間休講。キャンパスには無数の鉄パイプと瓦礫のような大物小物がそこら中を埋め尽くして、図書館どころではない。バイトもなく、どこからともなく現れる疼きが無性にボクを外へと放りだしている。行く当てがない昼下がり、Vintageに車輪が止まる。

カランカラン

「あら、いらっしゃい。学祭の準備はいいの?」
「あ、はい。ボクはさほど関わっていませんし。部活もサークルもやっていませんからね。講義が休みになったところでやることがないんですよ」

「お客さんとしては行かないの?」

「人混みは苦手なんですよ。こことか、静かなところで少しゆっくりしようかなと思って」

「でも、下北沢は好きなんでしょ?www」

「・・・・・・まぁ、それは別の話ってことでwww」

笑顔の中、言葉に窮する。まぁ、見ず知らずの中に埋もれるなら、それも気分がいいってこと。没個性化とも違って、人混みが自分を隠してくれるってこと何だろうと思う。イマイチ自分の心理状態が読めないが、まぁ、上京して初めて魅せられた街が下北沢ってことだろう。今でも大切にしている街だ。

少し物思いに耽る3分間。


「あ、ベーコンチーズとコーヒー・・・・・・何でもいいです」

「はーい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

BGMはボサノヴァ?少し陽気な音楽が流れている。陽気なラインに乗っかって、自分の身体もふわっと。
心なしか軽くなったような気がする。

「はい」

琥珀色のコーヒーが目の前に置かれるのはいつも通りの光景。

ズズッ

「モカ!」

「ブッ!キリマンジャロでした」

もうキキコーヒーやめたら?

自分に自分であきらめの言葉を呟く。

カランカラン・・・・・・

夕暮れにさしかかろうとするとき、Mさんが子ども連れでやって来た。ニット帽をがぶって、新しいお菓子を卸しにきたのだろうか。

「よぅ!」

周囲がパッと開けるような快活さで自分の鬱蒼とした気分も弾けた。彼女はすっと店の厨房に入ると、なにやら作業をしている。小学生位の女の子は一人でテーブルに座り何かをバッグから取り出していた。本だろうか。大人しげな女の子の振る舞いに若干緊張感を感じながら見ていると、どうやら学校の宿題らしい。
「国語かな?」
徐に話しかけた。これには自分でも面を食らった。自然に声をかけるなんてそうそうできるもんじゃない。特に何があったわけでもない。彼女の無表情さが気になっただけだ。特段に意味があったわけではない。強いていえば、国語のテキストに何が書かれているのか気になった。

「あいさつしなさい」

厨房の奥から声が聞こえた。

「こんにちは」

その女の子からははっきりとした声量で、清涼な声が飛び出してきた。
「あ、こんにちは」
こちらがたじろいでしまうほどのさわやかな風が胸を透くように通り向けるようだ。何と晴れやかなんだろう。

「ちょっとみせてくれる?」

彼女から本を受け取り、ページを開いた。
漢字と読み、そしてA4いっぱいの文章が書かれていた。今思い返せば、懐かしさを実感するための行動だったのかもしれない。何かノスタルジアに駆られることを期待したのかもしれない。誰しもが小学校の時、中学校の時の思い出で後悔していることもあるはずだ。自分はそれをかみしめたかったのだろう。そのきっかけに少女の国語テキストを使った。

・・・・・・・・・・・・

何も感じない。何も思い返すことがない。

たしかに小学校のテキストで、自分もやったことがあるであろう内容がそこら中にちりばめられている。でも、何も感じないのである。そこには最早、今の『国語』しかない。あの頃の「国語」はもうそこにはなかったのだ。
時間は残酷なまでに少しずつ、そして確実にボクらを変化させていく。勿論、気がつかないほどの変化を日々起こしているのだ。いつの間にか記憶の片隅に残っていた小学校国語の思い出は完全に姿を変えていた。

「・・・・・・ありがとう」

寡黙な少女は頭を下げ、ただ国語のテキストと睨めっこしていた。

少し羨ましい。彼女の若さとこれからの広がりはまさに大きな扇のよう。対して自分は広がりきってしまったのだろうか。もう飛べないって決めてしまっているような気がする。そう、それだけに時間は大切にしないといけないのだ。もう戻ってこないから。

「はい、試食ね」

Mさんからカウンターテーブルに作りたてのお菓子が添えられた。ナッツ?アーモンド?クルミ?が敷き詰められ、キャラメルで固められたお菓子。

甘くてどこかにちょっと塩っぱさが見え隠れするその味は、どこかほろ苦い遠い記憶と相まって、珈琲とともに自分の奥深くに消えていった。


アーモンドキャラメルの塩っ気とほろ苦い思い出。思い返すこともなく、変化するボクたちは今日もまた同じような毎日を送っている。時間の大切さをかみしめながら。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》