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VINTAGE【教育実習その後 前編】⑲

大学4年の夏。ボクは東北のとある田舎で教育実習を終え、また大学のある街に戻ってきた。3週間ぶりの大学、そしてこの街に地元の思いでたっぷりの自分が不似合いなコントラストを描いている。
卒業論文も大方終わっていたボクは残り少ない大学生活をかみしめながら、
図書館の本を貪り、小説などを書いてみながら、教授とただただ未来予想図を語り合っていた。教授から見れば、僕の話など、社会人経験なしの未熟な夢物語だろう。そんなことは当時の自分でも痛いほど分かってはいたが、学業を生業とする彼らにと話をするのは光栄であり、無性に嬉しかった。
思えば4年なんてあっという間で、自分時間24時間毎日営業中の輝かしい日々ももうすぐ終わるのかぁ……。そう考えると、今の一瞬一瞬がかけがえのない大事なものだと思えてくる。
もちろんVintageの日々も大学生活と同じタイミングで終わりを迎えるわけだが……。そんなことを考えるとあの店に通う1日1日を脳裏に焼き付けるようにしよう。ここでの人のつながりは大学生活でのそれの中で大部分を占めているし、ものすごく濃密な時間がたっぷりと詰まっていた。

カランカラン……

「あら、お帰り。教育実習はどうだったの?」
マスターが笑顔で迎え入れてくれた。
「ただいま帰りました。自分がいかに未熟なのか分かりましたし、やはり学校って難しいなと感じました。自分の中ではうまくいったところもあったのですが、やはり中学生って難しいですね」
少しハニカミながら照れくさそうに話すと、カウンターでベーコントーストセットを頼んだ。
今日のコーヒーはやたら苦い。
そりゃそうだ イタリアンローストだから。
焦げたような香ばしい香りが辺りに漂う。こういう時間もあと少しなんだなぁ。しみじみこの瞬間を噛みしめていると、
「採用試験は受けるの?」
マスターが尋ねた。
「はい。地元だけは受けようと思っています。まぁ、少子化だから難しいとは思うけど」
口ごもりながらボクはそう答えた。

正直迷っていた。この生活をもう少し続けていたい。そう考えると大学院に進学して、この街にもう少し留まることだってできるはずだって。
生活のことや授業料や実家のこと。もちろん年齢のことだって頭をよぎる。悩みに悩んでボクは今、教員採用試験を受けようとしている。

こんなことでいいのだろうか。

そんなことを毎日考えているだけで頭がおかしくなりそうだった。コーヒーの苦みと邪な自分の本音の苦々しさがとてもじゃないが、耐えられないほど気持ち悪い調和を奏でている。

そんな何とも言えない時間を過ごしていると、Sさんが店に入ってきた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》