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VINTAGE【ストレス・自分らしくあるために】㉘

「最近、Mさん見ないですね」
夕暮れの街並みをカウンターから見つめながら、帰路につく人の流れをただただ眺めている。
煙草の煙が頭の上を漂いながら、向かい側の塾の煌々と光り輝く玄関が映える。
「最近調子悪いみたいだね」
マスターがそう言うと、またしばしの沈黙が流れる。決して気まずいわけではなく、心地よい時間がゆったりとながれているだけだ。

やがて、Sさんがやってきた。
「こんにちは」
「こんにちは……ブレンドを……」

いつもながら、いかにも疲れている様子で、煙草に火をつける。
「最近、Mさん見ないですね」
「あぁ、なんか体調悪いみたいだよ」
「そうなんですか」
「うん。ストレス多いみたいだしね」
「ストレスかぁ……」

今日の話題はストレスに決定か?

「社会人になれば、ある程度覚悟しなければならないですけれど、出来れば感じたくないですよね。特に健康を害することなんて」

Sさん「そうだね。でもね自分のやりたいことで受けるストレスもストレスの一種なんだけど、それはそれでいいのかな」

自分「自分の思い通りに仕事ができないってことですか?」

Sさん「まぁ、そうだね」

自分「それは……」

自分が好きでやっていることに対してストレスを感じることはいいことなのだろうか。言葉に詰まる。
少なくともSさんはミュージシャン。創作活動が思いのまま、サクサク進むなら、それはそれで淡白な印象だ。いいこと?理想的なこと?
素人の自分が考えても、創作活動にはある程度の行き詰まりやスランプは想定されることである。では、それはすべてストレスなのだろうか?さらに言えば、それはメディアで取り上げられる「ストレス社会」と同じものなのだろうか。

自分「そのストレスって、自分が好きでやっていることなんだから、同じストレスじゃないんじゃないですか」

Sさん「うまくいかないと、いろいろ工夫するよね。鈴虫の音を録音したりさ」

自分「それは……すごいこだわりですね」

Sさん「ストレスって言葉で、なんでも一括りにしがちだけど、本当のところは当事者にしか分からないんじゃないかな。自分は好きでやってるんだし」

自分「好きなことがすぐに思い通りになってしまえば、それに対する興味もなくなっていくんじゃないかなと思って。結局、自分の思い通りにいかないことが当たり前だと思えば、それほど苦にならないことも出てくるんじゃないですかね」

Sさん「昨今、テレビで言われているような『ストレス』とは違うと思うけど。あれはあれで、逃げることができれば、そんなところから逃げれるのがベターだと思うけど」

自分「そんな簡単なことでないんじゃないですか?生活のことだってあるし、みんながんじがらめの中で生きているんですよ、きっと。」

Sさん「そんなもんかな」

Mさんのことが気になりながらも、あと数カ月で社会に放り出される自分を重ねて、ストレスというものを考えてみた。

「明日は我が身だな」
社会人になる準備が全くできていない自分が、少し恥ずかしく思える夕暮れだった。

イタリアンコーヒーは今日も苦く、すっきりとしたシャープさを保ったまま、ボクの喉を通り過ぎていった。



福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》