VINTAGE【スーさん、ネギを語る】㉗
大学生は常に倹約を心掛けるものである。とはいうものの、Vintage通いはやめられないのだが。
食事に行くというよりも、豊かな時間を過ごすための費用だと最近は考えるようにしている。大学4年ともなると、3食のうち1食ぐらいは自炊するものだ。そこでいつも悩むのが『ネギ』である。
緑の部分でもなく、根の部分でもない間の部分……
納豆に入れるには肉厚があり、みそ汁に入れるにも少し躊躇う。
包丁を入れたときに、中には白いゲル状のものが……
自分は使わずにいつも捨てることにしていた。とある日、Vintageで
スーさん(マスターの旦那さん)が奥の席に座っていたので、何気なくこの話をしてみた。
「あの緑と白の間の部分って使いにくいですよね」
すると、スーさんが身を乗り出して、ニコニコしながらボクに尋ねた。
「その話は置いておいて、その部分は嫌いかい?」
「え……あまり好きではないです」
そのときスーさんの眼はキラキラしていた。そして話を続ける。
「食べたことあるのかい?ありゃあね、味噌をあえて、炒めると美味しいんやね。一度やってみな」
チャキチャキの江戸っ子のような歯切れのよい話し方。
そして、スーさんは続ける。
「一見使いにくいと見えるもんでも、実は味があるってことがあるってことよ」
「なんか、他にも使えそうな教訓ですね」
自分が即座に切り返す。
「そうだな。人だって同じやね。偏屈でも味のある人になりなよ」
楊枝をくわえ、スーさんはふらっと店から出ていった。
「はい」
マスターからサービスのイタリアン
焦げた匂いを漂わせ、漆黒のコーヒーが自分を見ている。
「イタリアンローストは最近敬遠されがちで、エスプレッソもフルシティかフレンチローストが使われるらしいですね。あまりローストがきついと苦味以外の風味がなくなってしまうらしく、流行はそんなにローストをしないことですね」
マスターは黙って僕の話を聞いていた。
自分は話をつづけた。
「でも、ボクみたいな偏屈がイタリアンコーヒーを好んで注文しているんですよねwwどこかしら、必要とする人が世界のどこかにいるってことですよ」
キレのある強い苦みと焦げた香ばしいフレーバー。
そして、次の瞬間にはすっと苦味が消えていく。
イタリアンコーヒーの特徴だ。
こんな自分でも必要としてくれるところがあるだろうか。たった1社の就活を終わらせ、卒業までのカウントダウンが間もなく始まる。自分はすでに卒論は仕上げているので、ほぼ大学生活は終了しているといっていい。しかし、また今は履修している科目があるので、それが終わるまではまだまだ大学生活は続いていく。
ネギの話から価値観の話へと広がったこの話は一応の帰結。
自分はまだ誰かに必要とされたことはないが、とても貴重な時間をこの店から貰っている。いつまでこの時間が続くのか分からないが、いつか終わることは明らかだ。そしてそのときまで自分をここで磨いていく。
卒業まであと数か月。
Vintage卒業まであと数か月。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》