復興シンドローム【2015/04/15~】⑬

「ここで立ってれば、新しい車がぎょうさん通りよるし、見ていて楽しい」
体格の大きい関西弁の御大が、笑顔で話しかけた。彼は太っていて、歩く姿も
ノッシ、ノッシ
という擬音がぴたっりだ。彼が怒っているところを誰も見たことがない。いつも笑顔で人生を楽しんでいるようである。震災当初から東北各地の復興の仕事をやっており、昨年この仕事についた。
「宿舎も完備されとるから、言うことなしだわ。やっぱ福島の復興関係の仕事は嫌がる人が多いでな。楽でええのに。みんな心配し過ぎちゃう?」

「いや、放射線関係で不安な人はたくさんいますよ。地元の人がいないのもその証拠じゃないですか。不安じゃないんですか?」

「そんなん心配しとっても、人はいつか死ぬんじゃ。楽しく生きな損だわ」

「・・・・・・そうですか」

あっけらかんとした屈託のない彼の笑顔に自分の毒気もすっかり抜かれてしまった。彼は通称「梅ちゃん」三重出身の旅人であるww。

「関西の人やっぱり変わってるなぁ……」
誰かがふと呟くと、自分も
「除染の関西人のイメージが強すぎて、自分は関西人を嫌っていましたけど、梅ちゃんは何か違いますよね」

「いや、何も考えていないだけじゃないか?」
そう誰かが言うと、その場がどっと盛り上がる。4月になれば、新年度で何かと新しい車両が入ってくる。新規業者は勿論、報道関係や元住民の避難民も地元の様子を見に来る。勿論通行証関係でのトラブルは多くなってしまうのだが。


「何やってんだよ!!早くしろよ!!汚えな!さわんじゃねえよ!」

また、通行証トラブルか・・・・・・怒鳴り声を上げている車両に向かうと梅ちゃんが対応していた。どんなに怒鳴られようとも、彼はいつもにニコニコ笑顔である。

一方的に捲し立てているレクサスに近づき
「すいません。通行証をお持ちでないようでしたら、役場に連絡しますけど、住民の方ですか」
おそるおそる、中年男性ドライバーに話しかける。
「おう、そうだよ。」
「では、今から連絡しますから、少々お待ちください。通行証の発行も住民ならすぐにしてくれるはずですよ」


「今つながって、電話で事情をお伝えしましたので、電話代わってもらえますか」

そう言って、ドライバーに事務所の電話を渡す。なにやら怒号が聞こえるが、もう自分たちの手に負える話ではない。後は役所に丸投げして、自分たちは今日の報告書に記載するだけだ。まぁ、いつものトラブル処理と変わらないが、後は危害を被らなければ一安心である。

「何で一回役場まで戻らないといけねぇんだよ!まったく!!」

そう言うと、彼はタイヤを鳴らしながら、引き返していった。


しばらくすると、
「梅ちゃん、大丈夫かい?」
と一番年配の隊員が話しかける。

「なにが?」

あっけらかんとした顔で梅ちゃんは見返した。まるで何事もなかったかのように。

「いや、さっきのドライバー・・・・・・」

「あぁ、腹でも減ってたんじゃないかな。気にしとらんよ」

あっけらかんとした顔でボクらを見返すものだから、辺りの空気はとたんに穏やかになる。
「梅ちゃんはさすらいの復興ボランティアだからwww」

「いやいや、ちゃんと金は貰うから!!」
和やかな雰囲気は一層心地よいものとなり、その日の勤務を終えた。

しかし、帰りの車内で、
「あんないい車に乗って、あいつらは・・・・・・」
「自分たちのこと殿様か何かだと勘違いしてるんじゃないのか」
「原発から金貰ってんのはヤツラだから。俺らにあたられてもねぇ」

ボクらの心の中で少しずつあの原発事故後の人の見方が変わってきた。そう何が正しいのかも。
それは決して良い変化ではないということだけは分かってはいた。

しかし、自分を含めてこの現状を目の当たりにした人間は感情の変化に抗うことはなく、すんなりと現状を受け入れてしまったのである。


このときのことを今でも克明に覚えている。頭の中の世界観が大きく変化し始めていた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》