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VINTAGE【教育実習その後 後編】⑳

「Sさん、お疲れ様です」
クタクタしていた様子だったので、とっさに声をかけた。レコーディングが忙しかったのだろうか。夕方になると、慌ただしくなる街並みにぴったりとした雰囲気でカウンターに腰を下ろす。
おもむろに煙草に火をつけ、少し物思いにふけった後、
「ブレンドを」
とオーダーをする。いつもと同じ見慣れた店内に、ちょっとした煙草の煙が朝霞のように辺りを覆った後Sさんにボクも声をかけた。

「教育実習から帰ってきました」
「おぉ、そうだった。地元はどうだった?」
「毎日実習でそれどころじゃなかったですよ。柔道部もありましたし」
「そうか、いい経験をしたってことだね」
「あとはまた大学生に戻って数カ月を満喫するつもりです」
しばらくはその教育実習の話で花が咲いた。

外が闇に落ち、煌々と店内の光が外に漏れはじめたころ、Sさんがふと僕に質問を切り出した。

「君は先生になるのかい?」

自分は答えに戸惑ったが、とりあえず今の気持ちをそのまま彼に伝えようと、できるだけ真摯な口調で答えた。


「今は何とも言えないです。塾で働いているので、自分に合っているとは思いますが、学校は塾とは違うので。その点はよく考えてから決めたいと思います。それに自分は不登校だったので、まともな中学生が自分の話を聞くとは思えないですし。元不登校の先生なんて珍しいけれども、そんな経験なんて学校では何の役にも立たないと思います」

コーヒーを口に含み、少し考えこんだ後、Sさんは静かに口を開いた。
「気にはてっきり何かの研究をしたり擦ると思っていたんだけどなぁ。どちらかというと、君は人と触れ合うよりも、机に向かって活字や考え事を表現している方が合っていると思うけどなぁ」

まさに自分の心のパズルにスポッと残りのピースがハマったような気がした。教育実習以後何かモヤモヤした気持ちになって大学に帰ってきたのはこの感覚があったからかもしれない。自分は人づきあいがとても苦手で、なかなかコミュニケーションを取りにいかないところがこれからの課題であると、先輩の教員に言われたことを思い出した。ボクは自分自身の欠点にたった今正面きって対峙したのである。

「そうですよね、自分もそう思います。でも、残りの大学生活はどっぷり活字に浸かろうと思います。立派な図書館もあるし。今しかできないことだから」

本当はこの「今」がいつまでも続いてほしいと思いながら、心ないセリフと苦笑いをするしかなかった、その時のボクには答えが出ていなかったから。

さぁ、1年後はどうしようか。
大学院? 社会人? 

結論が出ないまま、ピザトーストをコーヒーで流し込んで生野菜サラダのフレンチドレッシングはこれからを暗示するように酸味がきつかった。

閉店間際、Sさんのギターを聴きながら人生行路を深く深く考えていた。そんな大学4年の一日は美味しいコーヒーとトーストで味わうことなく、腹の奥底に飲み込んでいった。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》