【全年齢版】ねこねこアイドルグループ②

 ネコの着ぐるみ&特殊メイクのアイドルグループの話。


 嶌嵜さんは何かと優しくしてくれる。
 ネコっ可愛がりなのはそうなのだけど、普通に話していて楽しい人だ。
 ただ、何かと抱きついてくる。
 まぁ、自分たちもメンバー同士で隙あらば抱きついてモフモフしているのだけど。

 一応、お風呂に入ってグルーミングとマッサージと言う映像的な流れだが、ファースーツを乾かすのは流石に時間が掛かる。なのでグルーミングやマッサージを先に撮影をする。

 しかしそこで服を脱ぐ必要がある。
 一応、ケモセーフなんて言葉がある。
 人間の肌が表に出ているわけではない。
 それに私達は結構ちっぱいだから、そんなセンシティブな感じにはなるまい。
 と思ったけれど……多少の遠慮は必要である。

 それで服を脱いで、完全にネコの状態になると、嶌嵜さんはテンションが上がった。
 否、最初からテンション高めのオバサンだったが、かなり盛り上がる。
 ネコ吸いを要求までしてくる始末だ。
 別に、彼女ならいいかと言う気持ちがあるけれど。

 グルーミングは身体の各部をドライヤーで乾かしながらブラッシングをしてくれる。
 実際は専用ルームなのだけど、お部屋でやってもらう。
 グルーマーの人も、「まさかこんなに大きな猫ちゃんのお手入れするだなんて思わなかった」と笑っていた。

 映像的には顔の周りとか背中とか足とか、微妙に差し障りのないところを映していく。
 あくまでフリなのでそれでいいと言えばいい。
 ネコ用のトリートメントがファースーツに使える訳じゃないんだし。

 そしてマッサージの方は、人間用のエステティシャンに施術して貰う。
 ベッドがちょうど四人分あるので、そこにうつ伏せになって、嶌嵜さんも含めて四人でマッサージして貰う。

 勿論、これもあくまで撮影用のフリだけで、ちょっとだけやって貰う。
 ファースーツが痛むのも心配だからだ。
 とは言え、それだけでもかなり気持ち良くて、あとで普通にやって貰おうと思ったぐらいだ。

 それからお風呂の撮影だ。
 タオルを巻いてセンシティブにならないように気をつけながら、家族風呂に入る。
 スペース的に二人入るぐらいなので、嶌嵜さんと私の二人で入る。
 こんな状態でもベタベタしてくるのだから、相当猫好きなんだろう。

 ファーの抜け毛が大量に流れていくのはまずいと、目の細かいタモを持った職員さんがスタンバっていたけど、それは杞憂に終わった。

 流石にお湯でぐっちょりしたのはどうにもならないので、着ぐるみを脱いで今日のお仕事は終わりだ。

 嶌嵜さんは、脱いだあとの私達にも何かと気を配ってくれる。
 テレビの仕事なんて初めてだから、こういう気遣いが兎に角嬉しかった。

 翌日の観光地での撮影でも、嶌嵜さんのはっちゃけ具合は面白くて、番組的にも嶌嵜さんの意外な一面と言った雰囲気で和気藹々と撮影が進む。

 魚のぬいぐるみを見つけて、それで私達と遊ぶシーンとか、たまたま道端に生えていた猫じゃらしを抜いて、それでまた遊ぶとか、アドリブを入れつつ楽しく一日が過ごせた。

 地元の猫カフェに入ってみると、嶌嵜さんのテンションはマックスになった。
 それでも私達そっちのけで楽しむほど気の利かない人ではない。
 自分のところのネコ自慢と同列に、私達が可愛いという話までしてくれる。
 本当にいい人だ。

 そんなこんなで二日目のロケも終わる。
 飛行機の時間だとか諸々あって、撮影が終わってもこの街に一泊する。
 嶌嵜さんが泊まるような立派なホテルに私達も泊めさせて貰って、何から何まで気を遣ってもらった。

 翌日、「何かあったら私に連絡頂戴ね!」と言ってにこやかに解散となった。
 実際、私達一人ひとりに、個人用の連絡先を教えてくれたぐらいなのだから。
 これはきちんと恩義に報いるべきだろう。

 番組自体がかなり成功したので、特番はシリーズ化するし、他の番組にもちょこちょこゲストとして呼ばれる事になった。

 嶌嵜さんのお気に入りと言うのは、いい意味でも悪い意味でも耳にした。
 厭味ったらしく言う人もいるし、「これはいい加減に扱えないな」と朗らかに接してくれる人もいる。
 別に芸能界がいい事だらけの場所とは思っていないし、前のグループでも悪い思い出は多かった。だけれど今の活動を初めて、どうしても腹の立つようなことは起こらなかった。仮に何かあっても事務所もしっかり私達を守ってくれた。

 さて、私達は何だかんだで、動画共有サイトでも活動している。
 別段ストリーマーのような事をするつもりはないが、メンバーシップ限定動画とか限定グッズ販売なんかも悪くない収益を出していた。

 そんな折、嶌嵜さんもそこに一枚噛ませてくれと言う話になったのだ。
 そんなもの断るはずがない。

 嶌嵜さんがネコを大切にしているのははっきりと分かっている。
 個人的に撮りためた、自分の家のネコの可愛い姿の動画は、私達を抜きにしてもかなり好評だ。
 そんなことなら、私達と絡まなくてもとは思うのだけど。

 とはいえ、一緒に撮影する動画も多い。
 私達が嶌嵜さんのお宅に伺って、猫ちゃんたちと戯れる動画とか、嶌嵜さんが私達を可愛がってくれる動画、嶌嵜さんのお友達が経営している猫カフェに出かけてみる動画。
 ネタは無限にあった。

 それからプライベートでも普通に会うようになる。
 会社にお願いして、着ぐるみ状態で会いに行くこともある。
 会社としても、嶌嵜さんの機嫌を損ねたくないというのもあるだろうし。

 旅番組は年四回ペースで収録があるし、歌番組にまで呼ばれるようになった。
 お給料は、今までとは信じられないぐらいに入ってくるようになったけど、思った以上に使うことがない。
 三人で暮らすようになったことと、何かにつけて嶌嵜さんに良くしてもらっているからだ。

 弟分のウルサスベアというグループも出来たし、世の中の風向きが変わった感じがした。
 尤も自分の年齢から、この先のことを考える必要があるのだけど……

 写真集の発売やライブイベントの開催も決定した。
 日々が目まぐるしく過ぎていく。
 保護したネコの支援や、ヤマネコのキャンペーン。ライフワークと言える活動も続けている。
 今やネコのことと言えば、フェリーン・ポーズを呼べとまで言われている。

 さて、そんな私達、そして嶌嵜さんとのNGな話題は結婚と恋人の話だ。
 「忙しくてそれどころじゃない」と言うのを言い訳にしている気がする。
 だからこそ四人で仲良く遊べるし、その状態が続いているのだ。

 そもそも私達の素の顔を知っているのは、基本的に事務所の人達ばかりだ。
 じゃぁ、事務所の人達とそう言う関係になっていいかと言うと、それも怪しげだ。
 それにマネージャーさんも、メイクさんもみんな女性で既婚者と言うのもある。
 なので、合コン的なお誘いがあるとは思えないし、年齢的にキツイと言われるのも嫌だ。

 あと――トラウマだと言うと怒られそうだけど、ロリキャラで売ってた過去はいい思い出ではない。それを売りだそうとした人達も、それを求めた人達も、決して尊敬できるようなタイプの人ではなかった。
 そう言う部分もあって、男の話――と言うよりも恋愛の話はしたくないのだ。

 嶌嵜さんと少し話した事がある。
 彼女は実は既婚者だったらしい。
 若い頃に同じ夢を見た男の人と結婚していたそうだ。
 しかし、売れはじめの頃に既婚者はよくないだろうと言う話もあり、事務所から色々あって、その男性と別れたらしい。

「その人は?」
 嶌嵜さんは首を振った。
「少し前に、病気で亡くなっちゃった。
 死んじゃってから初めて連絡がついたの」
 嶌嵜さんは悲しい顔ひとつ見せずに言うには、「運命ってそういうものよ。でも、今は今で幸せだからそれでいいわ」と笑う。

 そういうのを考えると、自分の経験したアレコレは随分と軽いもののようにも思えてきた。
 とはいえ、いい加減三十路の女が今更足掻いても嫌だなと言う気持ちにさせる。

 ただ、嶌嵜さんは私達が自分たちを自嘲して言うと「まだ可愛いのに勿体ない」と嗜めるのだ。
 私達からしたら、嶌嵜さんは年相応の容姿でありながら、その年齢の中では明らかに極上の美しさを保っている。

 勿論、そのために日々の努力は欠かせないのだ。
 遊びに行った時でも、毎日の日課のトレーニングや肌のお手入れは入念と言う言葉がふさわしい。
 私達も嶌嵜さんに色々教えてもらって、顔や身体、髪の毛のケアに今まで以上に気をつけるようになる。

 そんなある日、私達の素顔がすっぱ抜かれた。
 事務所に入っていく時の姿の写真を撮られたのだ。
 "ある程度名のしれた顔の見えない人間"と言うのは、一定数の無遠慮な視線を集める。

 英雄や偉人の欠点を探して、「所詮人間」と笑うのである、「そりゃぁ人間だろうけど、あなたは何も成してないじゃないか」と突っ込みたくなる。だけど、そのような人は、自分が凡人であっても許される根拠が欲しいだけなのだ。
 凡人と偉人の違いなんて確かにない。だけど"欠点を必死に探さないといけない"と考える時点で、自分と偉人が別物と理解してるのは、まさにその人のほうなのだ。
 トレパク疑惑で得意げになる人は、自分が絵を描かなくてもいい理由が欲しいのだ。完全に空想の物語を見て、重箱の隅をつつく連中も創作の価値を低く見積もることで、価値の差が小さいのだと、自分に言い聞かせているだけだ。

 人間の価値を相対的に評価してる時点で、それは自分の価値を人に委ねているだけなのに。

 そして、「あの歌とダンスのアイドルも、顔を隠しているのは不細工だからだろう」と言って、人の努力を馬鹿にしたいのだ。
 しかも不細工と言う言葉は非常に便利だ。完全無欠の顔なんて世の中そうそうない。だからどんなモデルでもどんなアイドルでも、自分の主観で”不細工”の烙印を押せるのだ。

 そういうわけで、週刊誌はよく売れただろう。
 ネットではすぐに「やっぱり不細工だ」と言う人間が次々に出てきた。
 私達の過去を引っ張り出して、売れないアイドルだったとか、事務所が反社会的だったとか、好き勝手言うのだ。

 ただ、そういう事を嬉々として語る人間は、最初から私達の曲を聴かないし、ダンスもテレビ番組でのやりとりも、イベントやネットでの活動も、そんなに興味のない人なのだ。

 こういう時は黙っておくに限るし、会社も「弊社の社員の個人情報を公表するのは誠に遺憾である」と言うに留まった。

 隠されたものを明るみに出すのは、ある種の人には正しく、正義に満ちた行為だろう。
 しかしこういう人たちも、同じネタを何度も擦っているうちに飽きてくる。
 飽きるようなものに正義だなんだと言うのはおかしな話だ。
 そんなに正義だと思うのなら、一生戦っていればいいのに。
 社会だの政治だのでも、そんなものをよくよく見せつけられて、人間と言うものを色々と考えてしまう。
 結局、誰かを批判するヒーローだと言う自己イメージに酔いたいのだろう。だから世間が飽きてくると、他の敵を探して彷徨い歩く。そして、また人から注目されたいのだ。
 同じ注目されるなら、もっと楽しいほうが絶対にいいのに。

 何にしても大きなダメージはなかった。
 逆にファンとしては「思ってたより可愛い」とか「これで笑ってる奴は、自分の顔がどう見えるのだろう?」という擁護の声が上がったし、そういう面で安心されたのも確かだった。

 逆に株を上げたのは、弟分グループのウルサスベアの四人だった。
 四人ともダンスの好きな子たちだったけど、一人の親がダンスで食べていくのを強行に反対したのが始まりだった。
 その時、私達の活動を見て、これだと思ったのだと言う。
 四人とも顔を隠して活動することになる。

 それでここに来て素顔が曝されると、一気に女性ファンが増えたのだ。

 一言で言って、四人ともイケメンの部類なのだ。
 僻み屋は「こういう男がDVやるんだよな」みたいな事を言っているが、実際会ってみると性格もいいし素直な子達だ。
 尤もこのお陰で、小うるさい親がガタガタいい出したのは確かだ。それでも顔を隠してもパフォーマンスでお客さんを沸かしてきた事実は、「そんなもので食えるはずがない」と言う批判を一気に覆す力となった。
 両親は彼らを認めざるを得なかったのだ。

 そういうストーリーも含めて、四人の子熊は一気にブレイクしたのだった。
 近頃は私達以上に稼いでいるのではないだろうか?

 尤も、それを理由に私達の事務所が秘密主義をやめると言うことはなかった。
 そして、夢を持つけれど、様々な事情で顔を出せない人々への最大の希望になったのだ。

 ある小児がんのサバイバーの子が事務所を訪れた。
 如何にも病弱な顔で、毛の類がまつ毛から髪の毛まで一切ない。
 そんな彼女は抜群の美声の持ち主だった。
 歌だけを希望に生き抜いてきたと言う凄みがあった。

 事故で、顔に大やけどを負ったプロゲーマーもやってきた。
 痛々しい顔でイベント主催に辞退してくれと言われるようになったお陰で、競技の場やプロモーションに声がかからなくなったらしい。

 顔が良すぎて、顔しか褒めてもらえないと悩んでいる子もやってきた。

 昔いじめられた経験が苦しくて、顔だけは隠したいと言う子もいる。

 顔を隠したい理由はそれぞれにある。
 そして、事務所はそれに一つずつ応えていく。

 ルッキズムがどうのこうのと言うのは、些か手垢がつきまくっている。
 ”見た目なんか気にしない”と言う事を、”見た目を否定する”と理解している人がいる。

 歌が上手ければ、それがどんな顔の人間でも歌を評価する。
 それが見た目にこだわらないということだ。
 しかし人間はどう足掻いても見た目で物事を判断する脳みそになっている。
 だからこそ、顔を隠して活動する事に意味がある。

 小児がんのサバイバーと、美人過ぎる子、いじめられた過去のある子、同じ世代の三人がユニットを組んでいるなんて、世間の人からしたら信じられないことだろう。
 でも、それはお客さんには無関係なことだ。
 ただただ純粋に歌を聞いて欲しいと言う願いが叶うのであれば、着ぐるみが暑苦しいとか、顔を隠す生活をしなければならないと言うことは、それほど大きなデメリットではない。

 表面的にしか物事を見られない人間は、そういう会社の事情を勝手に最悪な想像して、醜悪に表現する。
 そういうことこそが本当のルッキズムなのだけど。

 真実なんてそんなに美しくも正しくもない。
 しかし、意識して作り上げた虚構は、それ自体が全て理解した上で存在している。
 美しくない真実に喜んでいる人間は、結局、人生がつまらないと言う事実を、みんな同じなのだと言う一点で肯定したいだけなのだろう。
 皆不細工で、皆愚かで、皆善良でなければ、自分がそうであってもいいし、それを隠す努力をしなくても良いのだと。

 何か立派な虚構を作り上げて、そのなかに自分を投げ込むことで見えてくるものもあるし、得られるものは多い。
 虚構の美しさに手を伸ばし、虚構の正しさを自分のものにしようとする。
 その努力こそが真実であるべきなのだ。

 私達もお客さんも、同じ虚構を楽しめば、つまらない現実も苦しい真実も耐えられるし、いつか打ち勝てる。

 だから、さぁ! 私達と踊ろう!



えっちな完全版(有料&R18)はこちら
https://note.com/fakezarathustra/n/n3e82ff3d3dc1

全年齢版とR18版の違い
https://note.com/fakezarathustra/n/n8a1f872357e9

その他有料作品たち
https://note.com/fakezarathustra/m/m389a3dfe4580

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