【全年齢版】ねこねこアイドルグループ①

 ネコの着ぐるみ&特殊メイクのアイドルグループの話。


 十八で上京して、そのままアイドルデビューなんて聞こえはいいが、十年間地下アイドルをやってると言えば、誰もが顔を顰めるだろう。

 別段この仕事が嫌いだというわけでもないが、活動費は赤字、レッスンも舞台に立つのも、自分たちでお金を払わなければならない。
 夢のために養分にされていると言う意味では、ホス狂いとの差は僅差だろう。
 メンバーのシホちゃんとクミちゃんも、同じ状態だ。

 ファンがいない訳では無いが、何と言うか三人の低身長を活かしたロリ展開、百合展開に刺さっているオタクだけだ。
 もう三十を手前に、どうすべきか悩んでいる。
 体力にもパフォーマンスにも自信はあるが、十年選手のアイドルなんて、笑いの種だろう。

 そんな時、事務所が潰れた。
 様々な違法行為が露見した。
 事の始まりは、別グループが枕営業を強要されたと言う、ありがちな問題だ。
 ヤバいのはその証拠映像を問題のアイドルが公開して、その中に有名プロデューサーの顔があったのだ。
 問題の子は、自分の仕事ではなく、他のアイドルとのバーターだった事から、復讐の鬼になった訳だ。
 挙げ句に、事務所の人間が彼女を殺そうとして、そこを警察に現行犯逮捕されるなんて事件まで起きた。
 何から何までカスな話ではあるのだが、これのお陰で長い間仕事もレッスンもできなかったし、同じ事務所と言うことであれこれ嫌な取材を受けた。

 そして、誰も何も保証してくれないまま、私達は放り出されたのである。
 ただ、私達もこうなるだろうことは分かっていたので、当たれるところには兎に角声を掛けまくった。

 そんな時、ご当地キャラとかマスコットキャラクターのプロデュースを手掛ける会社からお声が掛かった。
「顔は出せない仕事だけどいい?」
 と言われて、いろいろな事が頭をよぎる、イリーガルな仕事なのか、それとも流行りのVTuberの仕事か。

 提示された条件はかなりよかった。
 きちんと最低保証のお給料と、レッスンは会社持ち、衣装やなんだかんだを請求されることなんかもない。
 それだけでも夢のように思える。
 まぁ、常識的に考えて前の事務所が異常なだけなのだけど。

 ギャラはある程度実績に左右されるそうだが、きちんと努力すればちゃんとお金を出すと言ってくれる。

 顔出しはNGで、身バレもNG、当然他の仕事をするのもNGと言う条件だ。
 結構厳しいな……

 それで仕事は……と言う話になる。
 着ぐるみを着てのアイドル活動だと言う。
 着ぐるみは採寸してからの作製なので、その間は最低保障の分だけだが、それができたら早速舞台を用意すると言う。

 着ぐるみとはどういうものになるのかよくわからないが、イメージのポンチ絵を見る限りは可愛いネコちゃんらしい。
 三人で相談して、そしてそのお仕事を請けることにしたのだ。

 背に腹は代えられない。
 今勤めている夜のお仕事も、いい加減若い子に押されて厳しくなってきている。
 そもそもそのお店でも、いい扱いは受けていないし、性格の悪い子にいじめられているまである。
 最低保証の金額は、普通に生活するならば悪くない金額だし、その上、週四でレッスンを受けられる。残り三日は”自己啓発”なのだけど、夜仕事に行かなくていいし、成果報酬は魅力的だ。

 アラサー三人組アイドル、まるで十代に戻ったような気持ちで練習する。
 歌やダンスを人に見せるわけにはいかないので、レッスンのない日は基礎訓練と体力づくりを重点的に。
 地下アイドル時代も努力したつもりだが、背中を押されているのだと言う気持ちで努力することが、こんなにモチベーションを上げることに繋がるとは思わなかった。

 着ぐるみ製作は三ヶ月掛かり、その間、採寸や試着などを繰り返した。
 そして遂に全てが完成した。

 手足一体型のもふもふとしたファーのスーツと、頭を覆うパーツ、それと特殊メイクのパーツである。

 ボディはストレッチ素材でできていて、着込めば思いの外ボディラインが出る。
 手は肉球も表現されているが、ものを掴んだりスマホを操作するぐらいのことは問題なくできる。
 顔は特殊メイクでしっかりとネコの顔に仕上げられて頭の周りもしっかりとファーで覆われる。
 鏡を見れば、立派なネコ人間の姿だ。

 しかし、こんなにピッタリした姿で表に出ていいのか? と思ったら、きちんと衣装は用意してくれる。
 ネコ状態で衣装の着脱ができるか試すのだけど、この衣装がすごく可愛い。
 何着か着てみて、その度に宣材の写真を撮っていく。
 挨拶の動画の台本も渡されて、即興で演じる必要もある。

 ネコのキャラだと言われていたから、それぞれにきっちり役作りもしてきた。
 これでいいかな? と思った事も相談して、そう言うアイデアも受け入れてくれる。
 思った以上に順調に撮影も進み、事務所の人達は喜んでいる。

 自分たちも自分の姿を見て可愛くて飛び上がりたくなる。
 そういう無邪気な雰囲気の映像も撮られて、嬉し恥ずかしというところだ。

 そういうわけで、次からは着ぐるみを着た状態でのレッスンが始まる。
 猫の姿で舞い踊るのは、案外難しい。
 素材的に通気性がよいのだけど、それでも暑いのは諦めなければならない。
 そして動きを大きめにしないと、すぐに地味な動きに見えてしまう。

 レッスンは今まで以上に熱が入る。
 お披露目はご当地キャラや企業キャラの大きなイベントである。
 全国的に多くの場所から参加者がいると言う大きなイベントで、そこでシークレットキャラとして舞台に立つそうだ。
 イベント自体、この事務所が噛んでいるものなので、こういうねじ込みができるようだ。

 と、言うことで、イベントに向けてしつこいほどに歌とダンスを練習した。
 グループ名はフェリーン・ポーズと言う。ちょっと人を食ったような名前でもあるな。

 会場では一つテントが充てがわれているが、一日中使える訳ではないので、前日入りしたホテルでメイクをしてから会場入りする。
 ファースーツ自体は股間にファスナーがあるのでトイレも行けるし、口は普通に使えるので飲み食いにも問題はない。
 ただただ、些か暑いと言うぐらいだけど。

 様々なキャラがパフォーマンスを見せていく。
 ただただ可愛いだけでは埋もれてしまう。
 そういう中で、私達はフロントラインに立っていると言えよう。

 私達の出番が来る。
 二曲歌って、アンコールでもう一曲だ。
 自己紹介の時点で「可愛い!」と言う声が聞こえてくる。
 キャラの設定はペットショップの売れ残りのネコが、ブレーメンの音楽隊方式で成り上がったと言うストーリーがある。
 なんとなく自分自身を思わせるところがある。
 二曲歌って踊って、そしてアンコールが入る。
 私達は「ありがとー!」と叫び、そして本命の曲を歌い上げ、踊り上げる。

 会場の空気は最高潮だった。
 今までこんなに大勢の人の前でパフォーマンスをしたことなんてなかった。
 感極まって泣いてしまう。
 設定と自分たちのことを重ね合わせてしまう。

「ペットショップから逃げ出して、ただ野良猫にしかなれないと思ってた私達が、こんなに大勢の人の前で踊れるなんて……」

 精一杯の感謝の言葉とお辞儀をして舞台を降りる。
 スタッフから慰めてもらいつつ、「すごくよかった! 期待以上だよ!」と褒めてもらう。

 大きなイベントだったと言うこともあり、大反響だった。
 公式SNSが更新されて、一気に拡散された。
 可愛いネコのアイドルと言うのは、なかなかのインパクトだ。
 中身は何者だ? と言う話も駆け巡りながらも、徹底した情報管理により身バレすることはない。

 中身が謎故に、余計にネコとしての扱いの方が大切になる。
 公式も、周囲の人間もきちんとネコとして扱ってくれるし、私達もその通りに演技し、演出する。

 次の舞台はご当地アイドルや売出し中のアイドルなどのイベントだ。
 地方都市の中心にある広場で、一生懸命パフォーマンスをする。

 周りの子は、自分の顔に自身がある子ばかりだ。自分に自信がなければアイドルなんて苦しいだけだ。それこそが正しい姿だ。
 それ故に、顔を隠し身体を覆った私達は、ちょっとしたイロモンにしか見えないだろう。
 実際、他のアイドルが色々と交流している中で、私達は完全に浮いていた。

 だけど、こちとら十年選手の気合がある。
 舞台での私達を見て、そんな彼女たちも認識を改めたようだった。
 流石に舞台裏でネコに徹するのは痛々しいけど、身バレに繋がるようなことは一切言えないので、かなり表面的な対応になる。
 ややスカしている風に見えたかも知れない。

 とは言え、実力でひっくり返したこと自体は気持ちが良かった。
 実際、まばらだったギャラリーが一気に満員になったのだから運営からも喜ばれた。

 事務所の営業というか、マネジメントがいいのかも知れない。
 地方局だけど、テレビの取材を受けて、そこでしっかりネコとしてのキャラを売り込んだ。
 お陰で地元情報番組でちらっとサビの部分も流してくれてた。

 それから事務所は私達の特性に合ったイベントやお仕事を持って来てくれる。
 今までの演者のことを考えないマネジメントではなく、きちんとグループの為になるようなイベントと企画を仕掛けてきてくれる。

 完全にボランティアで参加した、保護猫の譲渡会とシェルターの募金イベントでは、「私達みたいに歌って踊れなくても、大切な命なんです」と訴える。
 私達のお陰で、普段取材なんか来ない譲渡会でもちょっとしたニュースになったりした。

 尤も、ネコが関係するからと言って何でも請けることはない。
 ノネコ問題で陰謀論的な態度を取ってた団体の話はお断りしたし、野良猫保護の団体でもシェルターを持たず、公園で餌を撒いているだけのような団体は無視した。

 ネコの問題は割と複雑だ。だからこそ正しい情報は必要だ。
 でもだからと言って、自分たちがネコの代弁者だと言うような顔をするつもりはない。
 その辺はキッチリと打ち合わせをしているし、知識のアップデートや共有は大切だ。

 ツシマヤマネコ保護基金の時に登壇したときは、出しゃばった事を言わず、きちんと正しい知識で語ることを念頭に置いた。
 ネコグッズ即売会にゲストで出演したときも、主役はクリエイターさんだと言う立場でお手伝いをした。

 ネコ好きが"ネコ型の人間"に好意的とは限らないが、活動は評価してくれるようになってきた。
 勿論、普通のアイドルのイベントやキャラクターのイベントにも登場する。
 恐らく「小さな仕事」と馬鹿にされるような仕事でも、かつてのチェキと握手券頼りなイベントよりもずっと健全で明るい。
 小さな子供が喜んでくれるし、女子高生だって手を振ってくれる。

 あの頃の自分だって、アイドルと言う仕事を好きだと言っていたが、しかし今の方がもっと好きだ。
 楽しいだけではなく、人々のためになっているのだと思えるからだ。

 顔を出さないと言う事に関して、不満は一切なかった。
 気分のいい話ではないが、アラサー女のアイドルなんて馬鹿にしていい種族と思われる。
 それはネットでも舞台の上でもだ。

 地下アイドルの末期は、後輩のグループに「おばさん」と呼ばれて一悶着あると言う"恒例のフリ"があったし、ネットでもそう言ういじりに、笑いながら怒るフリをして笑いを取っていた。

 誰だって自分の年齢を笑い者にされて気分が良いはずなどない。
 それを笑って見ていたオタクだって、その年齢で童貞ってどういうことだと突っ込まれて笑っていられるだろうか?
 自分ならば怒るようなことを、人に言っても怒られないと言うのは、ちょっとした麻薬なのだ。
 馬鹿にしていい種族、見下しても反撃してこない人間、そう言うのを叩くことにハマってしまう人間は何処にでもいる。
 その相手は、私達のような落ちこぼれアイドルかも知れないし、社会的弱者やクリアなイメージの必要な政治家かも知れない。

 今の自分たちは、そうした状況から解き放たれている。
 表立って馬鹿にされないこと、きちんと努力を評価されること、小さな事だけど、とても大きな自信をくれる。

 自信があるから努力が出来る。
 自信を努力で付けるのだと言う人はいるけれど、どうあってもその原資は必要だ。
 その原資を使い込まなかったことは幸運な事だ。
 もし、この仕事のお誘いがもう少し遅かったら。
 もし、こんな風にフリーにならなかったら。
 少しした事で人生は大きく変わる。
 恐ろしい。だけれど、それだからこそ私達は全ての人に感謝できるのだ。

 SNSで悪く言われたり徴発されるのは慣れている。
 一切無視して何も触れない。反論も何もしない。
 そう言う安定感も私達が好まれる理由の一つであった。
 中の人は謎に包まれているが、運営会社が着ぐるみに特化しているところだ。だから自然に「まぁ元野良猫だから」と笑って、「中の人間は誰だ」みたいな野暮なことを言う人は無視されるようになる。

 たが、そのイメージを守る為には割としっかりと情報管理する事が必要になった。
 日帰りの仕事ならば事務所で変身してから出掛けるし、それがどうしても出来ないようならなるべくしっかりしたホテルに泊ることにした。
 それも難しいようなら会社名を伏せて泊って、車内でメイクなんてこともする。

 そんな時、ある特番のお仕事を貰った。
 ネコと一緒に旅行が出来るお宿の特集番組だ。
 何で私達が選ばれたかと言えば、リアルなネコのテレビ出演が難しいご時世になったからだ。
 ちょっと撮影時間が長引くだけで、動物愛護団体から虐待ではないのかと突っ込みが入るのだ。
 ネコ向けのお店や宿の話なのに、そこで撮影すれば虐待と言われるのは、流石に同情しかない。しかし世の中、バズる為に嫌がるネコを桜の木の枝に乗せたり、怖がるものを見せて驚かせたりする人間がいる。慎重ぐらいが丁度良いのかもしれない。

 と、言う訳で、私達の初めてのテレビのお仕事となった。
 勿論主役は、猫好きで有名な大女優さんだ。
 嶌嵜美智代さん。
 まさかこんな事でもなければ、私達なんか一生一緒に仕事なんて出来ない大物だ。

 彼女は私達が変身する姿を見たいと言うので、メイク開始から付き合って貰うことにした。
 素の私達が「案外オバサンで驚きました?」と笑うと、「女の子がそう言うものじゃないわよ。私だって明日女子高生になれって言われたら、きちんとお仕事するつもりなんだから」と励ましてくれた。

「でも……思ってた人よりは全然イメージが違う」
 と言って、どんなことかと思えば「もっと堅物かと思った」と言うのだ。
 この前、嶌嵜さんが雑誌のインタビューで答えた事が、あらぬ誤解で炎上したことがあった。
 最終的には誤解を解いて話は落ち着いたのだけど、「炎上ってやっぱり気分の悪い事よ」と笑う。そして、「あんなに炎上しない子なんて事務所でガチガチなんだろうな」と考えていたのだという。

 「設定だの話題だのは結構ガチガチに打ち合わせしてますよ」と答えたけど、「でもノビノビしてるように見えるわ……あぁ、ネコだものね」と勝手に納得して貰ったのだ。

 ネコの姿で旅館を訪れ、"ネコ様"のように接待を受ける。
 私達は嶌嵜さんの飼い猫として同行するのだ。
 その旅館はネコ向けのサービスが充実していて、人間と一緒に食べられるディナーとか、ネコ向けのマッサージ屋さん、お風呂が好きな猫向けに家族風呂も用意されている。

 変身が完成すると「かわいー!」と大喜びで、「ハグしてもいい?」とか「自撮りしちゃおう!」とかキャッキャしていた。
 本当に可愛げのある人だ。

 旅館の案内や、旅館の浴衣に着替えてみせたり、ディナーでは食レポまですることになった。
 完全に嶌嵜さんにリードされていて、食レポのコツなんかも伺うことができた。
 ネコにも安心の味付けや食材だと言う話もする。
 旨味を主体にした料理の味付けは、腎臓の弱いネコが食べても安心できる塩分になっているし、デザートで出てきたチョコレートケーキのようなケーキが、カカオの入ってないケーキだと言う話もする。

 普通にナイフとフォークでご飯を食べていたけど、嶌嵜さんは茶目っ気を出して「あーん」とやったりする。
 恥ずかしがりながらも「あーん」と手からパンを戴いて、「おいしー」と喜んでいたりする。

 なんだか本当に飼い猫になったような気分になってきてしまう。



えっちな完全版(有料&R18)はこちら
https://note.com/fakezarathustra/n/na2eb453a915f

全年齢版とR18版の違い
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