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ピルの再定義 男女賃金格差の処方箋

 3月8日の国際女性デーが近づいてきた。女性のエンパワーメントについて考えたい。2023年のノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授の功績は、労働市場における男女賃金格差の要因を明らかにしたことだ。とりわけ経口避妊薬(ピル)の普及で女性が結婚や出産のタイミングを制御可能となり、自身のキャリアへの投資チャンスが広がり所得が上昇した、とする研究には着目すべきであろう。男女の賃金格差については昨年から我が国でも有価証券報告書で開示が義務付けられており、社会的な関心も高まっている。

 私はこれまで、産業医としてビジネスパーソンの心身の健康支援に向きあい、また男女の賃金格差についても課題意識を持ってきた。女性のキャリア構築は、女性の身体に特有の健康課題と密接に関連している。月経前症候群(PMS)、不妊治療や妊娠・出産、その後の更年期障害など、女性がキャリア構築と健康課題との両立に悩むケースは、多くの企業に共通している。この課題への有効な対処法の一つとして「ピルの再定義」を提言したい。

 ピルの効用は、正しく服用すれば最も有効な避妊法となるのはもちろんのこと、謂わば「副効用」として月経痛や月経前症候群(PMS)が緩和され、また生理周期の調整(月経移動)にも効果的であることから、スポーツ選手や受験生が服用することも珍しくない。また近年はオンライン診療の普及で対面受診の負担が軽減され、利用者の満足度も高い。

 米国でのピル認可が1960年、我が国では約40年遅れて1999年、今年でちょうど四半世紀が経つものの、現在も普及率は先進各国の10~20%程度に留まっている。現に、月経が生活全般や仕事に及ぼす影響について「治療により症状が軽減している」と回答した女性の割合はわずか5.1%、対して「症状が強いが我慢している」は66.4%とされる(日経BP,2021年)。この「我慢している」女性たちが、ヘルスリテラシーを高め、ピルの効用と副効用を踏まえて適切に使用すれば、職場や学校で本来持つ能力を遺憾なく発揮できるのではないだろうか。

 ゴールディン教授が解明したように、ピルの普及は我が国でも、女性のキャリア構築や所得の上昇を通じて、いずれ男女賃金格差の是正に寄与することだろう。ピルは、単に避妊薬と理解されるべきではない。女性自身の「ライフイベント自己決定ツール」と再定義してはどうだろうか。


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