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赤い糸

「赤い糸をたぐってみようよ」って君が言った。

僕たちの左手の小指には赤い糸が繋がっている。ずっとずっと長く繋がっている。赤い糸のあっち側の端は誰か知らない運命の人と繋がっている。僕たちはそのことを知っていた。だけど糸の長さはあまりにも長すぎるから、その端までたどろうとする人はほとんどいない。

それなのに君がそんなことを言い出した。

僕はあんまり乗り気じゃない。だってどれだけ時間がかかるか分からないだろ。たまにどうしても運命の人を知りたくて赤い糸をたどってみた人の話をニュースで見るけど、必ず途中で挫折している。

その作業は数週間どころか数ヶ月にもおよび、途中で体調を壊してやめてしまう人もいれば、糸に集中しすぎた不注意から交通事故で死んでしまった人もいる。

僕が30年間生きてきた中で、まだ赤い糸の先の運命の人を探し当てた人の話を聞いたことがない。

それを君がやるのかい?

まったく馬鹿げている。

一人でやってくれればいいけど、君はきっと僕も一緒にって言うんだろうな。

「ねぇ、もちろん一緒にやってくれるよね?」

ほらきた。

やっぱりな。だけど断れないじゃない。きっと君の小指から繋がっている赤い糸は僕に繋がっているはずだって信じて目をキラキラさせている君をがっかりさせられないよ。

そりゃぁ僕だって知りたいよ。僕の小指の赤い糸が君のそっちに繋がってるかどうかを。そうあってほしいって強く思うし、きっとそのはずだと思っている。

「やるよ」

僕は覚悟を決めて強く言った。

君がうれしそうにする顔が見たいからね。


そして僕たちの果てしない作業が始まった。

赤い糸をたどって行くのは危険だから、部屋の中にいて、糸をたぐりよせていくやり方をとった。

それぞれの小指から出ている赤い糸をたぐりよせはじめる。ひたすらコツコツと延々にたぐっていった。疲れたら寝て、お腹が空いたら何か食べて、ずっと続けたんだ。

数週間、数ヶ月。

いつ終わるんだろう。

たぐりよせた赤い糸は毛糸みたいに丸かったけど、今はもうよく分からない巨大な雪だるまのようになっていて、部屋が真っ赤に染まっている。

君の赤と僕の赤で何もかもが真っ赤なんだ。

あきらめようかって何度も言いかけたけど、君の必死な顔を見ると言えない。運命の人はきっと僕だと信じてる。君はときおり疲れたような表情を見せる時間が増えたけど、それでもただ一心に赤い糸をたぐっている。

君の横顔は美しい。

君の手の動きも美しい。

君の額に流れる汗だって美しい。

あぁ、見とれてないで僕もがんばらなきゃ。


半年が過ぎた。

まだ赤い糸が終わりを見せない。そりゃそうさ、運命の人なんて簡単に見つかるはずはない。神様がそんな簡単なことを僕たちに永遠のテーマとして授けているはずはないんだから。

でも君がやめないなら僕もやめない。

必ず僕たちが繋がっていることを証明してみせよう。


1年がちょうど過ぎた日、君は大きな声を出して泣き始めた。

「もうやめたい」って泣き出した。

せっかく1年もがんばったのに、やめちゃダメと僕は思ったけど、君があんまりつらそうだったから、こう言ったんだ。

「分かった。君はもうやめていいよ。僕がこの先はやり続けるから。安心して。僕が必ず君の小指までたどり着くから」

泣きじゃくる君を抱きしめて優しく髪を撫でた。

それから僕はたった一人で赤い糸をたぐり続けた。君がどこかに出かけたときも、テレビを見て笑ってるときも、ありとあらゆる時間を糸たぐりに費やした。

赤い糸をたぐり始めてから3年が経っている。

僕はもうすっかり国中で有名になってしまった。これほど根気よく赤い糸をたぐっている人間は初めてだと、どの新聞も僕の日々を撮影した。ただ黙々と糸を引っ張って体を丸めた僕の何も変わりばえしない写真が新聞の一面を毎日飾った。

君は僕の横でたまにインタビューなんて受けていた。

自分がこれを始めようって提案したこと、疲れてしまったけど僕があとはがんばってくれていること、どれほど僕が人として素晴らしいか、恋人として理想の人かとスラスラと話している。きっと僕が運命の人のはずだと力強く言っていた。


そうしてさらに2年が過ぎた。

もう誰も僕のことを気にする人はいない。

君もいなくなった。

君はいつまでも赤い糸をたぐるのをやめようとしない僕に恐怖のような何かを感じたらしく、僕を置いて去ってしまった。

ここを出て行く前に、君は君の小指の赤い糸から繋がる50の雪だるまの先から出ている赤い糸をハサミで切ってしまった。

きっと僕がもし運命の人だと分かったら、もう離れられないと怖くなったんだろう。だって運命の人とは必ず結婚しなくちゃならない。それがこの国のルールなんだから。


もう君はいない。

運命の人が僕だと知りたいと言った君はいなくなった。

だけど僕はまだやめない。

僕の運命の人は君だと証明したいから。

赤い糸の最後の最後の端がプツリと切れていることを心の底から祈りながら、今日もまだ糸をたぐり続ける。

この先が切れて終わっていてほしい。誰にも繋がっていないでほしい。

誰もいないことが僕と君が繋がっていた証だから。


2067文字

#短編小説 #運命の人 #赤い糸 #新聞



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