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遠ざかる。

さっきまで眺めていた景色は、薄いもやがかかったみたいにぼんやりとくぐもりはじめた。

どうして視界がぼやけているのかに気づくのに、ほんの少しだけ時間がかかった。


私、泣いてる。


「別れよう」ってまっすぐに私を見て言ったあなたの表情と唇の動きが心に鋭く刺さった。


照れ屋で私をまっすぐに見ないいつものあなたがどこに行ったのかなんて、考えても意味がない。

抱きしめてくれたその手はもう私に向かっては伸びてこないのかなんて、考えても意味がない。


目の前を流れる景色は色を失い、聞こえてくる音はくすぶった雑音となって私の耳を通り過ぎる。


行かないで。

遠ざかるあなたの後ろ姿も、ぼやけすぎて全然見えない。


ひとりにしないで。

泣いても叫んでも、あなたは振り向かない。


ずっと一緒だよって言ってくれたあなたの言葉までもがぼやけてしまった。


きれいだった世界は、私にはもう美しくは見えない。

まぶしいくらいだった青空はよどんだグレイにしか見えない。

色とりどりの花たちは真っ白に変わった。

あたたかかった風は今はもう冷たくて、ただ私を冷やす。

世界中の何もかもが私には微笑んでくれない。


目も耳も心も、もう何の役にも立たない。

大好きなあなたを見つめていた目は、もういらない。

大好きなあなたの優しい声を聞く耳は、もういらない。

あなただけを愛していた心も、もういらない。


あなたがいないこの世界に生きる意味なんてない。


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