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蜘蛛

蜘蛛は生まれた時から蜘蛛でした。
蜘蛛はその長い八本の足を使って、
けんちく中の、それはそれは大きな神社の梁に巣をつくっていました。

その神社と言いますのも、あまりにも複雑なつくりをしていて、
宮大工たちも、
「こんなものできっこない」
「わしらが生きているうちにできればいいがな」
「よっぽどな奴がかんがえついたんだろう」
などと口走っているほどでした。

そして、蜘蛛にとっても、それは生まれて初めての巣のけんちくでした。
糸を風に流しては明後日の方向になびいてしまったり、
雨にさらされてやぶれてしまったり、
どうにもうまくできません。

幾日過ぎたでしょうか。
蜘蛛は初めから自分が何のために巣を作るのか、
自分でもわかっていませんでした。

「僕は何のためにこんなことをしているのかなぁ」
「また壊れてしまったよ」

蜘蛛は時々悲しくてぽろぽろ涙をこぼしましたが、
しばらくすると向き直って糸をはっていきました。

蜘蛛はずっと一人でした、時々下に作業をしている
宮大工の人たちが見え、
「みんなもおんなじ気持ちなのかなぁ」
と考えていました。

それから何日経ったでしょうか、
ようやく蜘蛛は初めて巣をはり終えました。

形もいびつで、網の目もまばらです。
でも蜘蛛は大喜びでした。

「僕の巣だ、僕の巣だ」

蜘蛛はしばらくそうぽつぽつとつぶやいてました。

そうしているうちに、一匹の蝶が蜘蛛の巣を訪れました。
蜘蛛はずっと一人でしたから、とっても嬉しそうに、

「どうお出迎えしよう」
「なんのお菓子もお茶もないや」
「緊張するなぁ」

とどきどきしていました。

しかしふと見ていますと、蝶は巣にあと少しというところでも、
まるで速度をゆるめません。

「おかしいなぁ」
「僕の巣がみえていないのかしらん」
「あれではいきおいよくぶつかってしまうよ」
蜘蛛がそう思っていると、
蝶は巣に飛び込んだかと思うと、
バタバタと苦しみ始め、次第に動かなくなってしまいました。

蜘蛛は何が何だかわからずに、
「僕の巣のせいなのか」
「僕が巣を作ったから悪かったんだなぁ」
「ぼくは人殺しのために巣を作ってしまったんだ」
「なんて最低な奴なんだろう」
とおいおい泣き続けました。

それから蜘蛛は巣を一切作るのをやめて、神社の梁から
宮大工たちを見守っていたのです。
しかし蜘蛛は何も食べておりませんでしたから、
細く美しかった足はますますやせ細り、
ビー玉の様に輝いていた眼は曇っていきました。

そしてある時、
蜘蛛は宮大工の方たちがせっせと働いているところに、
ぽろっと落ちていきました。

その時、宮大工の棟梁が蜘蛛を見て、仲間に話しかけ、
「おい、この蜘蛛はこれの梁に巣を作っていやがったやつだなぁ」
「こいつはさぁ、こんなに小せぇ体のくせに、何度巣が壊れても作り直してよ、ついにあんなでっけぇ巣を完成させやがったんだぜ」

「それをみてよ、俺はこいつが何だか仲間みてぇに思えてきてよ、
それが今落ちてきちまったもんだからさ、つい」
「まあ俺たちも張り切ってこれ完成させるからよ、むこうから見ててくれよ」
「お前がいなかったら、おれはあきらめてたかもな」

蜘蛛はなんなかあたたかいような、
陽だまりの中にいるような気持ちになりました。

そして、霞んでいく景色の中で、自分が作った巣のある方を見て、
「蝶さん、ごめんよ、ごめんよ」
「僕はそんなつもりじゃなかったんだ」
と言いました。

季節がながれ、
神社はまだ完成していません。

しかし大雨の日には、蝶やいろいろな虫たちが、
神社の下で雨宿りをしています。





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