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教員に戻りたいと思った日

その日は突然訪れた。

私が教員人生にピリオドを打ったのは、一年以上前のことだ。当時は休みなくひっきりなしに働き続ける自分の人生に、身も心も疲れ果てていた。もちろんやりがいはあるし、誰かのお役に立てる。個人的に仕事をする意義というのは、社会貢献もそうだが、それ以上に目の前にいる誰かのお役に立つ、それが大きい。教員というのは、自分のその仕事観には合っていた。

だが、色んな人に言われる。
教員をしていたという話をすると、言われるのはたいがいこれだ。「本当にすごい。教員をしている人をとても尊敬している。」とても有難いお言葉。でもこの言葉に続きがあって、「周りにも教員している人いるけど、本当に大変そうだよね。」その通り。だから私も自分の身と心の健康を保つために、一度離れたいと思った。

そんな風に思っていたのに、ある出来事でまた教員に戻りたいと思った。

一時帰国中に、お世話になった先輩教員と会う機会をもらった。その先生とは毎日、放課後、休日を共にして、部活動の指導にあたった。だから私の短い教員人生において、その先生との思い出はたくさんあるし、彼女の生徒との向き合い方から私は多くを学んだ。彼女のような指導ができるようになりたい。ずっとそうやって彼女の姿を見ていた。

彼女は私が退職する数ヶ月前に産休に入り、その後は私一人で残りの数ヶ月を全力で部員たちと向き合った、その先生の分まで。彼女が長年に渡って作り上げてきた部活動を、私が守り抜くという気持ちを持って、生徒と真剣に向き合うことや、生徒の学習以外の学びをしっかり確保すること、そんな場所をなくさないようにと。

それはどうやら、部員たちにも伝わっていたようだった。年度最後の大会が終業式の前日だったため、部員たちに余計な感情を試合前に入れたくなかったこともあり、終業式に突然部員たちに放送で伝わるような形になってしまった。終業式後に緊急のミーティングを開き、年度いっぱいで退職すること、全員の成長を見届けることができずに申し訳ないと思っていること、全て心の底からの気持ちを伝えた。

数ヶ月後に引退を迎える新3年の部員たちは、ショックを受けて泣き始めた。入部当初から彼女たちの成長は見ていたから、私も心苦しかった。新2年になる部員たちは、まだ実感が湧かないようだった。しかし、その新2年部員の中で特に目をかけていたギャル予備軍がいた。彼女はずっと俯き、私の方を見ようとしなかった。

「彼女はきっと部活動に熱中させておかないと、問題行動を起こしそうな気がするよね。」先輩教員ともそんなことを話していた。しかし、彼女は運動のセンスはあった。私はその子のそのセンスを何となく磨いてあげたいなぁ、と期待を込めて新3年の中に1人混ぜて練習をさせたり、自ら一緒にダブルスを組んで、1ラリー終わるごとに、細かく動きや狙うコースを確認したりしていた。もちろん、こっぴどく叱る時もあった。

そんなこともあり、上につながる大会などには、彼女を先輩の中に混ぜて出場させたりしていた。しかし、やはりプレッシャーに耐えきれず試合に集中できずに負けてしまった時もあった。その試合後に、彼女が私のところへアドバイスをもらいに来た時は、そのプレッシャーの糸が弾き切れたのか、突然私の目の前でワンワン泣いた。「プレッシャーの中、よく頑張った。」彼女の成長のためとは言え、余計なものまで背負わせてしまった。そんな思いから、こんな陳腐な言葉をかけてやることぐらいしか、してあげられなかった。

先輩教員と私が去った後、部活動はまとまりがなくなり、生徒たちは練習に身が入らなくなり、雰囲気もガラッと変わってしまったらしいと、産休中の先輩教員から連絡をもらった。

そして、どうやら私が目をかけていたあのギャル予備軍は、とうとう本物のギャルになってしまったという報告を受けた。私たちの予想は的中していた。詳しい内容はよくわからないが、何かをやらかして停学処分をくらい、首の皮一枚繋がっている状態だと言う。それを聞いた時に、心が痛んだ。あのまま教員を続ける選択をしていたら、彼女はまた違った道を進んでいたのかなと。

そして先日久しぶりに再会した先輩教員が、産休明けに行った部活動の様子を教えてくれた。
どうやら部活動は大変なことになっていたらしい。今年度入部してきた新1年には、「私が主顧問としてやる部活は、今の雰囲気からガラッと変わる。その覚悟を持って入部するか決めてほしい。」という話をして、お灸を据えたと言っていた。

あのギャルは3年になり、最後の大会を目前にしていた頃だった。彼女の変わり果てた姿を見た先輩教員は、練習中に彼女を呼び出した。

「〇〇(私)先生が今のお前の姿を見たら、どう思うか想像できるか?胸張って〇〇先生に今会えるのか?」

その言葉を放った瞬間、あのギャルはいつかの大会の時のように突然声をあげて泣いたらしい。

その話を聞いて、
「ああ、救えた生徒を私は見捨ててしまったんだなぁ。」と、後悔の念と、罪深さが自分を襲った。

例え教員に戻っても、あのギャルはいないし、彼女を今更救うことなんてできない。でも同じような子たちの心の拠り所にはなれるのかもしれない。たくさん色んな経験をへて、また教員に戻るというのもありなのではないか。

あんなにもう教員はいいかなと言っていた自分が嘘のようだ。自分の指導に自信を持てずにいたが、この出来事を経て、自分の生徒に対する思いがちゃんと彼らに伝わっていたことに気づき、教員という職業の尊さを改めて感じたのだった。誰かの拠り所になれるような存在であれたことに誇りを。そしてこれからもそんな人でありたい。

またいつか教員に戻りたい。
心の底から今思う。


写真はチリのパイネ国立公園での朝焼け☀️
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