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余はいかにしてメルカリで『奇跡』のDVDを買ひしか


はじめに


 余がメルカリで見つけしものは、デンマルク国の映画作家カール・Th・ドライヤーの『奇跡』のDVDなり。
 と内村鑑三の『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』に倣って、文語調で始めたものの、最後までその調子で行くのは、私も読者の方も厳しいと思うので、口語に戻そう。

 これから書くのは、メルカリで『奇跡』のDVDを買うに至った経緯と、買った後のできごとである。少し長いかもしれないけれど、最後までお付き合いいただけると幸いである。

Ⅰ ビクトル・エリセ『瞳をとじて』を観て 

 スペインのビクトル・エリセという映画作家が好きだ。1973年に『ミツバチのささやき』で長編映画デビューするが、それから10年経って『エル・スール』(1983)、さらに10年近く経って『マルメロの陽光』(1992)という寡作ぶりだ。

ビクトル・エリセ(1940〜)

 そんなエリセの31年ぶりの新作『瞳をとじて』が、今年の2月に日本で公開された。長年、恋心を募らせていた片思いの恋人にやっと再会できる、と期待に胸が躍った。気合を入れて、公開初日の2月9日に映画館で観た。

 映画のあらすじはこうだ。かつて映画監督をしていたミゲルという男が、映画撮影中に失踪した主演俳優フリオを見つけ出す。けれど、フリオは記憶喪失に陥っていて、ミゲルのことを思い出すことができない。ミゲルは彼の記憶を取り戻させるために、あらゆる手を尽くす。最後の手段として、かつて一部だけ撮影した彼の主演映画を映画館で上映し、一緒に観る。スクリーンを見つめるフリオの顔と、スクリーンの中の、記憶を蘇らせる少女の顔を交互に映し出すことで、映画がフリオの記憶を蘇らせるという奇跡が起ころうとする。

Ⅱ カール・Th・ドライヤー『奇跡』に倣いて

 廃業した映画館で、映画を上映する際、映画技師マックスはこういう。「ドライヤー以後、映画に奇跡はない。」と。これは、デンマークの映画作家カール・Th・ドライヤーの『奇跡』(1955)を指している。『奇跡』は、福音書におけるイエス・キリストの死と復活に倣って、出産で亡くなった女性が復活するという奇跡を描いた映画だ。エリセは、マックスに「映画に奇跡はない」といわせながら、映画が奇跡を生む瞬間を描き出そうとするのだ。

棺に横たわる女性インガー

 レンブラントのような、光と影を強調した映像を撮るエリセだが、彼の映画全体を貫くテーマというべきものが、私にはよくわからないでいた。しかし今回の新作で、エリセはこれまでドライヤーの『奇跡』に倣って映画を作って来たというマニフェストをした。私には映像の魔術師のように思われたエリセが、手品の種明かしをしたのだ。

Ⅲ エリセの『ライフライン』のレビューを読んでもらう

1 ビクトル・エリセ『ライフライン』

 これまでの彼の作品も、ドライヤーの『奇跡』を踏まえることで、新たな光を当てることができるのではないか、そう思った。

 まずは、オムニバス映画『10ミニッツ・オールダー』(2002)に収められているエリセのわずか10分の作品『ライフライン』を取り上げることにした。
 
 『ライフライン』は、1940年6月、スペインの山あいの村が舞台である。村一番のお金持ちの家の赤ちゃんが、へその緒から出血し、死にそうになるが、お手伝いの女性の働きで助かるというのが話の枠組みだ。時は折しも、ナチスが国境検問所をおさえたところであり、ユダヤ人が国境越えをすることができなくなったことがわかる。赤ちゃんが胎内にいるときのライフラインであったへその緒が完全に断ち切られることと、ユダヤ人のライフラインが断ち切られることが重ね合わせられている。
 
 オムニバス映画『10ミニッツ・オールダー』で、15人の監督の作品を見比べてみたいという方は、ぜひ。2500円で出品中!

 『奇跡』で死から復活する女性インガーは、イエス・キリストのごとき存在として描かれており、イエス・キリストの死と復活の物語を差異をもって模倣していることがわかる。
 一方、『ライフライン』では、ベッドで眠る母と、ゆりかごで眠る赤ん坊、それぞれのショットの後に、幼子イエスを抱いたマリア像が映しだされ、二人を聖母子になぞらえていることがわかる。イエスのごとき赤ん坊が死にかけるが、復活するので、物語の枠組みは、やはり『奇跡』と同じだといえる。

2 『ライフライン』のレビューを読んでもらう

 とまあ、上記のようなことを書いたレビューを2月23日にnoteにあげた。

 『ライフライン』はたった10分で、画質は悪いもののネット上に動画が出回っていた。そこで、旧約聖書研究がご専門の、親子ほど年の離れた知人の方に、メールでnoteの記事のURLを送り、映画を観た後に、レビューを読んでほしい旨を告げた。
 すると、30分もしないうちに、「見ました。映画に慣れていないために、わからないことも多くありましたが、時計の3時はイエスが息を引き取る時間ですね。」と返信してくださった。『ライフライン』では、少年が納屋のような場所で、ペンで手首に腕時計を描き、針は3時を指している。知人が指摘してくださったおかげで、赤ん坊の死は、イエスの臨終のときと重ねられているのだ、ということに初めて気づき、すぐにnoteの記事にも反映させた。

 知人の方は聖書を読み込んでおられるだけあって、映画を一回ご覧になっただけで、聖書とのつながりに気づかれた。今後も、エリセ作品についてレビューを書いたら読んでもらって、聖書とのつながりで見落としがあれば指摘していただけたら、そう思った。そのためにはまずは、エリセが模範としている、カール・ドライヤーの『奇跡』をご覧になっていただいた方がいいと考えた。

Ⅳ メルカリで、カール・ドライヤー『奇跡』のDVDを見つけて

 そこで、『奇跡』のDVDを購入して知人の方にお送りしようとするものの、新品はもう売っていないようである。あるサイトで中古品を売っているのを見つけて、パンフレットが付属しているかどうか問い合わせたが、わからないという。
 かつて購入した『奇跡』のDVDには、映画研究者の小松弘が解説を手がけた、非常に充実したパンフレットがついていた。パンフレットがついているDVDが欲しい、そう思ってメルカリを探したところ、あるではないか、パンフレットがついていることを明言した『奇跡』のDVDの出品が。

『奇跡』のDVD(メルカリで購入したものの画像ではありません)

 そこで、すぐにメルカリで『奇跡』のDVDを購入し、知人の方あてに発送してもらう手はずを整えた。2月27日、知人の方にこんなメールをお送りした。

カール・ドライヤーの『奇跡』のDVDをメルカリで購入し、先生宛てに発送してもらうことにしました。数日中に届くと思いますので、見知らぬ方からの荷物になりますが、お受け取りください。

 私の見立てでは、ビクトル・エリセという映画作家は、デビューから50年間、ずっとイエスの死と復活という奇跡を描き続けています。ドライヤーの『奇跡』もいつも底流に流れているように思います。

 『奇跡』、ぜひ観てくださいませ。126分です。きっと、気に入られると思います。

 すると、知人の方が3月5日に、こんなメールをくださった。

 昨日、ドライヤー「奇跡」を見ました。最後のところが予想と異なり、意外でしたが、不自然に感じられないところが、また不思議でした。ヨハンネス、インガー、そして死産の子供が三様にイエス・キリストと重ねられているのだと思いました。
感謝、

 インガーが復活すると信じ、インガーの娘とともに神に祈ったヨハンネスがイエスと重なることはわかっていた。けれど、死産した子供もイエスと重ねられていることには気づかなかったので、DVDをご覧になっていただいて、本当によかったと思った。感謝のメールをお送りすると、同じ日に返信があり、こうあった。

ご存じと思いますが、「神与え、神奪う」という言葉が繰り返されますが、ヨブ記ですね。

 何度か『奇跡』は観ているのに、これにも私は気づかないでいた。

 3月9日、noteに『割れたガラス』(2012年のオムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区』所収)について書いた記事をあげた。

 知人の方には、記事のURLと、英語の字幕付きの映画のリンクを貼り、映画をご覧になって、聖書とのつながりで不備やおかしなところがあったら、指摘してほしいというメールをお送りした。けれど、お忙しくて忘れられてしまったのか、その後、『割れたガラス』についての感想は伺えていないままである。

 私は私で、3月中に『ミツバチのささやき』、『エル・スール』について書き終えるつもりでいたのに、3月終わりからタイ旅行に出かけたら、その旅行記をまとめるのに手間どり、肝心の映画のレビューは下書き状態のままで、未だに完成させられずにいる。3月中に2作品のレビューを完成させる、と知人の方宛てのメールにも書いたたくせに、である。

おわりに―欲しいものがあれば、まずはメルカリで検索を

 自分を追い込んで映画レビューを完成させるためにも、メルカリでエリセの『ミツバチのささやき』と『エル・スール』のDVDを探して、知人の方にお送りしようかしら、と考えている。




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