見出し画像

チェンマイのイエス


Ⅰ 出会い

 2024年3月下旬、タイにひとり旅に出た。まずスコータイに行き、3日かけて遺跡を見た後、30日にチェンマイにバスで移動することにしていた。
 30日、スコータイのバスターミナルに着くと、ヨーロッパ系の男女が2人、私と同じバスを待っている。遅れては大変、と急いで来たのに、待てど暮らせどバスは来ない。

 予定の時間を過ぎたあたりで、同じくチェンマイ行きを待っているヨーロッパ系の女性に話しかけられる。キリスト教の三大巡礼地の一つである、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ出身(因みに、サンティアゴは、聖ヤコブの意味で、彼の遺骸があるところからの命名)で、2月からチェンマイで秘書として働いており、休みを利用してスコータイに来たという。日本には、相模原市に2週間滞在して、小学生相手に英語を教えたことがあり、そのときに高尾山や陣馬山にも登ったそう。私がホームグラウンドのようにしている山に登ったことがあると聞いて、親しみがわく。

 彼女は何度か日本に来たことがあるようで、奈良でシカにエサをあげている動画や、熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステーラの両方を歩いたことを示す、デュアル・ピルグリムの証明書の写真などを見せてくれる。「サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの道は歩いてみたいけれど、日本からだと日数が必要だから、実現していない。」と話す。でも、彼女も全行程を踏破した訳ではなく、ラストの100キロのみらしい。

 30分以上遅れて、やっとバスが到着。それぞれ指定された座席に座り、出発。5時間半のバスの旅。バスの中は暗いので、寝るしかない。揺られているうちにいい具合に眠くなり、うとうとするが、目覚めるとタイ人がベラベラ喋っている。車内のタイ人は、チェンマイ到着まで、ラジオみたいにずっと喋っていた。

Ⅱ 無償の愛

 バスがチェンマイのバスターミナルに到着したのは、夜の11時近くだった。バスターミナルで話したスペイン人の彼女が話しかけてくれ、一緒に行動したい旨を伝える。以前、バスターミナルに着いたときは中心部へのバスがあったそうだが、時間が遅いため、見当たらない。彼女がBoltという配車アプリでタクシーを呼び、私が宿泊するホテルまで同乗してくれる。車内でスマホでググって、写真を見せながら、スペインのビクトル・エリセという映画監督が好きだと伝えるが、彼女は知らないという。残念! 「今度、観てみるね。」と言われた。

 タクシーから下りるとき、お金を支払おうとすると、彼女から、もう払ったから大丈夫だといわれる。ホテルにチェックインし、従業員に彼女と一緒の写真を撮ってもらう。ラインを交換し、チェンマイ滞在中に何か困ったことがあれば、いつでも連絡して、といってくれる。彼女に、どうやって家に帰るの、と聞くと、またタクシーを呼ぶという。私のせいで、二度手間になり、お金も余分にかかっている。けれど、迷惑そうな素振りひとつ見せない。

 彼女は、初対面にも関わらず、深夜に知らない町に着いて心細かった私に無償の愛を示してくれた。私よりもずっと若いだろう彼女が、神から遣わされた天使に見えた。ヴィ厶・ヴェンダース『ベルリン・天使の詩』で、天使は苦しみを抱えた人々に寄り添い、そっと励ますけれど、天使はベルリンだけでなく、タイにもいたのである。Beaさん、本当にありがとう。

ヴィ厶・ヴェンダース『ベルリン・天使の詩』


Ⅲ 気づき

 翌日31日、観光を終えてホテルに戻って、ベッドの上でゴロゴロしていたら、ふと今日が復活祭当日だったことに気づく。昨日、サンティアゴ・デ・コンポステーラ出身のBeaさんと出会って、親切にしてもらった。Beaさんは、神様が不信心な私のもとに遣わした復活したイエスだったんじゃないか、そう思い直した。


 最後まで、ひとりごとに付き合ってくださり、ありがとうございました。みなさんにとって忘れられない出会いは、どんなものですか?

 タイ旅行の詳しい模様は、以下の記事で書いています。よろしければ、どうぞ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?