見出し画像

二十歳で終止符を打ったあなたへ―高野悦子『二十歳の原点』

 高野悦子さま

 あなたは、55年前の今日、二十歳で自ら命を絶ちました。

 1949年1月2日、栃木県の西那須野町に生まれ、中学校時代は、『アンネの日記』の真似をして、「小百合さん」と、日記に呼びかけていました。

 あなたは宇都宮女子高校に進み、勉強もスポーツも一生懸命に取り組む、優等生でした。そして、立命館大学に惹かれて進学し、京都で一人暮らしを始めます。

 時は折しも学園紛争の真っ只中でした。どのように学生運動に関わるのか、を常に問われる毎日。仲の良かった友人とも距離が生まれ、男性に孤独を埋めてもらいたいと願いますが、その願いが叶うことはありませんでした。

 1969年1月2日、二十歳の誕生日に「一人であること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である。」と記します。自らの孤独と未熟を引き受け、生きていこうとしますが、それからわずか5ヶ月後、貨物列車に飛び込み、二十歳の生涯を閉じました。

 大学時代、私はあなたの日記を、孤独な叫びを、痛みを持って読みました。あなたに生きて欲しかった。そうして話してみたかった。心からそう思いました。

 あなたは覚えていらっしゃいますか? 私があなたの足跡をたどるように、京都を旅したことを。花を携えて、那須にある、あなたのお墓を訪ねて行ったことを。

 あなたには、大学で学んだ日本史を生かして、教師になる、そんな道もあったのではないかと思います。人間が根本的には孤独であることを理解していたからこそ、生徒の喜びにも苦しみにも寄り添うことができる、そんな教師になり得たのではないか、と思います。

 死の2日前に記された、あなたの絶唱は、忘れられません。

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のように霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという原始林の中にゆこう
ゆっくりと焦ることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう
近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう
煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう

原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗闇の中に漂いながら
笛をふこう

小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら
静かに眠ろう
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

高野悦子(1949〜1969)

①1969年1月2日(大学2年)から1969年6月22日(大学3年)までの日記。

②1963年(中学2年)から1966年11月22日(高校3年)までの日記。

③1966年11月23日(高校3年)から1968年12月31日(大学2年)までの日記。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?