#キリスト教
VERITAS Seminarii[ヴェリタス・セミナリー]第五楽章「Eucharist〈3〉」
批判的精神の形成
プロテスタントの将来について、私たちは悲観的になるしかないのだろうか。
ローマ・カトリック教会に対する批判的精神の形成がプロテスタントの存在意義だとしたら、その役割は終わったのだろうか。信仰義認、聖書の母国語による翻訳、典礼における母国語の使用云々。
北イスラエル王国が人工的な祭壇をサマリアに設置し、王が職制を定めてしまい、南ユダ王国より先に滅びてしまった。
プロテスタン
VERITAS Seminarii [ヴェリタス・セミナリー]第一楽章 「キリスト神秘主義」
序文
竪琴音色キリスト教会において、VERITAS Seminarii はキリスト教神学と聖書の予備的な共同研究をする〈対話〉の場である。カール・バルトは『ローマ書講解』の中で次のように述べている。
神学に限らず、私たちの仕事は予備的であるからこそ、相互に共同体的次元の協力を不可欠としている。純粋無垢な個人的次元の主義主張へと転落するならば、神学的な予備的作業としての〈対話〉を既に諦めたことに