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松下工房と映画「カーマイン・ストリート・ギター」

 自分のギターを初めて改造したのは、3本目のギターだった。
内蔵ピックアップの取り付けとネックヒールのストラップピンの打ち込みを渋谷ヤマハ本店に持ち込み、施工してもらった。40年前、確か中学3年生の頃だ。
当時、アコースティックギターのマイクについては、一般的に脆弱で使い勝手が悪く、プロでもバーカスベリーの「ボディ貼り付けタイプ」を使っていたし、アマチュアはグヤトーンのサウンドホールに簡易装着するボリュームノブまでついた重たそうな器具を付けていた。そしていつもピーピーとハウリングを起こしていた。
 私は学園祭に出るために、買ったばかりのアコギにマイクを取りつけたかったのだが、あのピーピー音をどうにかしたいと思いヤマハ本店に相談に行った。
 私は予約もなしにいきなりギターを持ち込み(キャッツアイの4万円のギター)、ステージに上がる際にハウリングを起こさないためにはどうすればいい?などという突拍子もない質問をし、ヤマハの店員を困惑させた。
そして、ほどなくして奥のメンテナンスルームに連れていかれ、エプロン姿の男性を紹介された。
 ヤマハ・メンテナンス担当の松下さんは私のいい加減な説明を聞きながら、渋谷ヤマハ店で買ったギターではないキャッツアイを手にし、数分間弾きこみながらなにか考えていた。
 素人の私はさっさと何かマイクでも着ければいいじゃないかと思っていたし、予算のこともあるのであまりたいそうなマイクを提示されても困るなぁなどと考えていた。
すると、細いコードの付いた円形の金具を持ってきて、「これが良いんじゃないかな」なんて言う。
 私はてっきりバーカスベリーみたいに、ボディに貼り付けるタイプのピックアップを想像していたから、拍子抜けしてしまい、
「それは何ですか?コードの先にはホーンジャックのメスが付いているし、なんだかわかんないんですけど」なんて答えてしまった。
 松下さんは丁寧に説明してくれて、ボリュームもトーンも付いていないけど、ボディ鳴りの音を出すのは内蔵型のピックアップの方が良いということを教えてくれた。
サウンドホールに付けるタイプのマイクは、弦の鳴りを拾うだけなのでこのギターの特性には合わないし、バーカスベリーを付けても金額面から比較して、この内蔵型と大して変わらない結果になるようなことを説明してくれた。
施工にはギターのエンドピンを広げる加工をするので、中学生相手に丁寧にその了解を行い、作業開始となった。作業は30分もかからず、直ぐに完了した。   
 施工した内蔵型ピックアップはパワーがいまいちなので、BOSSの「FETアンプ」というコンパクトプリアンプを紹介してくれた。後日、このプリアンプを購入したが、なるほど手元でボリュームもトーンも変える事ができるので、非常に重宝した。
 ネックヒールのストラップピンの取り付けは、少し呆れられながら「自分でやったら」なんて言われたが、不器用さを理由にお願いした。

 エレアコなどが市民権を得ている今の時代からすれば、これが改造なのかどうかは甚だ疑問だが、当時は立派な改造だった。
 時を経て松下さんはヤマハから独立し、原宿に松下工房を開いた。その工房にはその後もことあるごとにお世話になっている。
エレキギターの塗装や配線のメンテナンス。アコースティックギターに至ってはフレット交換からブリッジ調整など。安心してお願いできる主治医のような店舗である。
 大村憲司や土屋公平など数多くのプロミュージシャンが松下さんのギター(Seen)やメンテナンスを受けていることからも、その腕は証明されている。
とにかくギターをメンテナンスに出すと、音が本当に良くなって帰ってくるのだ。これは文章では表せない事実である。

 「カーマイン・ストリート・ギター」(2018)という映画を観た。ニューヨークにある実存するその店舗は、ニューヨークの街で取り壊しになった古い建物の木を使いギター製作を行っている。街と共に生きるギターショップであり、著名人の顧客も多い。
映画ではチャーリー・セクストンやレニー・ケイ、ビル・フリゼール、マーク・リーボウなどのギタリストがその店の主人であるリック・ケリーと店舗内でギター談義に花を咲かせる。彼らにとってのコージーコーナーなのである。
映画紹介にも
「チェルシー・ホテルやニューヨーク最古のバー、マクソリーズなどの廃材をリックが持ち帰り、ギターとして復活させることで、長年愛されてきた街の歴史がギターの中に生き続ける。・・・彼はギターに、ニューヨークの記憶を刻む。」とある。
21世紀の最先端を走るニューヨークという街でいまだに携帯電話も持たず、インターネットは弟子(若い女性)に任せ、黙々とギター製作に没頭する。不動産屋がビルの取り壊し情報を持ってくれば、弟子と一緒に駆け足で廃材(木)を探しに行く。そんなストイックな職人の作るギターにミュージシャンは惚れ込んでいく。

 松下さんもリック・ケリーも楽器をメンテナンスし、製作することはイコールその楽器に命を吹き込むこと、つまり、彼らは現代の魔法使いのような人なのではないだろうか。
 職人特有のオーラがあって、妥協を許さない・・・。
彼らにとってみれば楽器に真摯に向き合う人は、すべての前で平等だ。それだからこそ、松下さんやリック・ケリーの人柄が多くのミュージシャンを呼んでいるのだろう。
 生意気な中学生にもきちんと対応してくれた松下さんも、街の風景を音に変えることができるリック・ケリーも常に楽器に真摯に向き合っているということ。そして楽器を大切にしていると、そんな職人に触れることができる幸せがあると楽器の神様は教えてくれる。

松下工房
http://www.matsushita-kobo.com/

2020年5月13日
花形

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