Amazonから始められるマイルス・デイヴィス・ブートレグ入門

Stairs

どこの誰が言い出したのやら、「まずはオフィシャル、次いでブートレグ」という風潮があった。公式盤を集めたのちに、それでも満足できない場合はブートレグを集めようというのである。これは確かに間違いないと思う。大手のレコード業者がリリースし、販路などもきちんと整備されているオフィシャルと、西新宿のせせこましいレコード屋で目を見張ってお目当ての品を探し、そうした苦労の末にやっと手に入れた品物が音質劣悪のガッカリものだったりするブートレグとでは、あまりに易しさの点で差がある。
あるいは倫理的な面で、「公式にまず金を落とそう」という配慮で同様にいう事もあるだろう。勝手にライブを録音した上に勝手に売り物にする業界としては真っ黒も真っ黒なブートレグに、当たり前だがアーティスト本人が微笑みを投げかけることはまず無いといっていい。
しかし(後者の言はさても置いておくとして)、前者の「ブート漁りは修羅道」であるとする事情も、私が見るに近年では幾分か異にしているようである。大手のネット通販サイト、また月額聴き放題の音楽サービスなどにおいて、これまで小さなレコ屋に押し込められていたブート音源が名を変えて姿を変えて、実に氾濫しているのである。
具体的にどんな理由があってこのような事になっているか、事情通でもないので全く知らないけれども、やはりこの現状、アーティスト側としては唯々好ましくなく、いちリスナーとしては表向き憂い憤りつつも格好の状況と言わざるを得ない。
さて、我らがマイルス・デイヴィスの場合はどうであろうか。ジャズというジャンル内であれば間違いなくブート音源最多を誇る彼の場合も、殆ど同じであると筆者は見る。
“Hi-Hat”や“Domino”など、アウトなんだかセーフなんだか実態のよくわからないレーベルから、小川隆夫氏といった著名な評論家がライナーに名を連ねている、一応“半”公式と言ってもよい代物まで、この界隈を取り巻く現状は意外に様々である。
しかしそれにしてもこの現状を上手く取りまとめている記事はあまり見受けられない。始めに言った「ブートはオフィシャルのあと」の言は、昨今の実態と乖離しているのではないかと思うのである。
繰り返すようにかつてブートレグ収集は難しいとまでは言わないものの、費用もかさむし、少々ややこしいものであった。しかしそうした少々の煩雑さを容易に乗り越えさせるほど、ブート収集はマニアからすれば魅力に満ちていたのである。
そんな先人たちが虜になった音源の数々が、手軽に、しかも比較的安価に手に入るとなれば「欲しい!」とならない人の方が珍しいであろう。
なに?「だけど非公式だし…」?
うーん、正論も正論。しかし私は「自分の声に素直になれ!」と言いたい。
アガパン体制の演奏をもっと聴きたい」、
コルトレーンのライブをもっと聴きたい」、
こんなファンの欲望は押さえつけようがない。事実そんな音源がある、しかもそれが気軽に手に入るのならば誰が聴かずにいられようか。
①「公式には明かされない無数の音源がある」、
②「それらに触れてみたい」、
③「しかしそれらはいずれも高額だし気軽に手に入らない」、
このファンとしては至極まっとうな欲求三段階の唯一の障壁、③がついに取っ払われようとしているのだ。
YouTubeの台頭でブート文化は最早かつてのような煌びやかさを見せることは無いとされる。しかし、こんな今、今だからこそブートに触れるべきだと思うのである。

※【本題に入る前の補足】

・[オーディエンス
その名の通り、由来が聴衆のレコーダーであるライブ音源を指す。一般にサウンドボードに劣るとされる。しかし録音環境、マスターテープの保存状態、これらが良好であると下手なサウンドボードよりも上出来になることが稀にある。
・[サウンドボード
上記に対して、コンサート会場において正規のマイクを通し、ミキシングされた物のことを指す。公式な録音と言っても差し支えないかもしれないが、こちらもマスターの保存状態によってピンからキリ。
後に見るFM音源やバンドレコーディングと定義上同じであるが、ここでは便宜上これら二つに当てはまらない音源の事を指すものとする。
・[放送音源
サウンドボードのうち、ブロードキャストやTVなど、文字通り放送されることを目的とした録音。
予め不特定多数に聴かれることを想定した録音のため、音質も比較的良好であることが多い。ブート初心者が安心して購入してもよいポイント①。
・[バンドレコーディング
サウンドボードのうち、バンドメンバーなどがパフォーマンスのチェックといった目的の為に個人的に録音したもの。基本的には発表を想定して録音されたものではないが、やはり演奏チェックを目的としていただけあって、比較的高音質であることが多い。ブート初心者が安心して購入してもよいポイント②。

【活動初期 1940~59】

At The Royal Roost 1948/At Birdland 1950-1953

レーベル:Snapper/Charly
ソース:放送音源

Link ,サブスク(上記とは別のリリース元。《10》から《13》が該当)
マイルスは1948年9月4日から1月にかけてロイヤル・ルーストにてライブ録音を残している。それらは何れも放送音源にて日の目を見ているが、マイルス史においてただでさえ地味なこの時代、注目されてほしいというのも無理な話しであろう。初日4日と18日の音源は一応『The Complete Birth Of The Cool』にて公式発表されているのでここでは紹介しないものとする。上記音源の1-4は9月25日で、発掘済みのロイヤル・ルーストとしては三日目の公演に当たる。初日と二日目が『Birth Of The Cool』の音楽性を引き継ぎ、アンサンブル主体だったのに対して、こちらは真っ当なビバップ演奏であることも特徴か。
サブスク限定と思われる『Miles Davis Live At the Royal Roots 1948 - Early Miles, Vol. 2 (The First Recordings of Miles Davis As a Leader.)』は一日目と二日目の音源も揃っているので、買いそろえる必要を感じなければストリーミングサービスだけでも十分だろう。色んな意味で。

The Complete Royal Roost Live Recordings On Savoy Years

レーベル:日本コロムビア
ソース:放送音源

Link,サブスク
9月4日、12月11、12、18日のチャーリー・パーカーのロイヤル・ルースト公演。パーカーのファンには十分勧められるビバップ演奏だが、マイルス当人はこの時点では決して自己の流儀を完成させていないように思える。パーカーのいつも通りの羽ばたきぶりに対して、マイルスはディジーにもマイルスにもなり切れていないようだ。
と、おやおや《Salt Peanut》ではないか。ディジー以来の伝統に則れば、テーマ中の「ソッピナ♪ソッピナ♪」はトランぺッターが歌うはず。となればこの微妙にしゃがれた高い声は、貴重な1956年に声をヤッてしまう前のマイルスの肉声か。アルフレッド・ライオンと歌手デビューするかと冗談で語らっていたマイルス、この時点では自分の肉声すら「マイ・サウンド」を確立させていなかったものか。
ストレスのあまり嘔吐すら催していた、マイルス葛藤の日々をこの音源からは感じ取る事が出来る。

Miles Davis: Hi-Hat All Stars 1955

レーベル: Fresh Sound Records
ソース:オーディエンス

Link,サブスク
1955年、ボストンのハイハット・クラブにおけるライブ。しかし中山康樹氏の著作では当初1955年と紹介していたものの、その後は1953年と二転三転している。有数のマイルスコレクター、Peter Losin氏のサイトでは1955年とされているが、実際どうなのかは分かりかねる。中山氏がいつもの癖で言い切った説も無きにしも非ずだろう。音質の方は私家録音と見えて、若干聴きづらくはあるものの、この当時の録音としては間違いなく最上品質に当たる。演奏については公式盤の『Dig』にも近い、若干クールなビバップ。公式盤においてはマイルスがビバップを克服せんとする努力の跡を辿ることは難しいので、こうしたブート音源の価値が上がるというものである。

The Complete Live Recordings 1956 – 1957

レーベル: United Archives
ソース:サウンドボード(Disc 1)M1~M5,放送音源(Disc 1)M6~(Disc 4)M13

Link,
1956年から1957年までのライブ録音がCD4枚組にまとめられたボックスセット。録音会場はCD1のM1からM5までが56年カリフォルニア、M6からM9はセントルイス(1956年と表記されているが1957年説濃厚)、M10からCD2のM3までは別日のセントルイス(同じく1957年説濃厚)、M4からM7まではレスター・ヤングも参加したフライブルクの56年オールスターライブ、M8からM10は56年チューリッヒ、M11とM12は57年フィラデルフィア、M13からM16は57年7月13日カフェ・ボヘミア、CD3のM1とM2は57年7月20日のカフェ・ボヘミア、M3とM4は7月27日の同じくカフェ・ボヘミア、M5とM6は57年バードランド、M7からM11は57年パリ、CD4のM1からM10までは57年コンセルトヘボウ、最後にM11からM13までが57年シュトゥットガルトとなっている。何れも良好な音質で、内容ともに十分素晴らしい出来栄えではあるが、どうやら現在は廃盤になってしまったようで、比較的高値で取引されているようだ。『Unissued 1956/57 Paris Broadcasts』では本品収録の57年パリと、未収録の57年パリのスタジオ録音、フルバージョンの57年カフェ・ボヘミアを比較的安価で購入できる。また『Live In Europe 1956』も上の57年パリ(スタジオ)と被ってはいるが、安価なのでこれまた代わりに入手しておきたい。その他、56年セントルイスも『LIVE IN ST.LOUIS 1956』で入手できる。
以下の様に、本品4枚組の音源のほとんどは今となってはそう大して貴重でもないが、安価盤でも収録曲に若干の違いがあってややこしい。気になった方はPeter Losin氏のセッショングラフィーと比較しながら検討して欲しい。筆者は如何せんこの時期のマイルスについて専門外であるがゆえに。

Unissued 1952-59 Birdland Broadcasts

レーベル: Rare Live Recordings
ソース:放送音源

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これは中々に面白い趣向。『Kind of Blue』リリース直後の59年8月25日と52年、57年のバードランド、ボーナストラックに59年のシカゴまで付いた、すべて放送音源の優れものである。さらに59年のバードランドは曰く付きのライブ音源であることはまずまず知られているだろう。この日の休み時間に外でぶらついていたマイルスを、ごろつきと勘違いした警官が警棒で彼をぶん殴る事件が発生したのである。途中、災害が発生したセイロン島に救援に向かったアメリカ兵が母国を誇るような発言をしていたのが、MCのニュースで紹介されている。この輝かしい発言の裏で、マイルスはアメリカという国の全き闇の側面を身をもって味わっていたのだ!
演奏について触れるとスタジオ録音からまだ間もない《So What》も貴重である。第二期クインテットの頃には凄まじいことになるこの曲が、いまだ堅苦しい感じがするのも面白い。

【黄金クインテット 1960~68】

Legendary 1960 European Tour

レーベル: Jazz Plot
ソース:放送音源

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1960年、名付けて「バイバイ・コルトレーン・ツアー」の欧州公演群は一応『Final Tour: The Bootleg Series Vol.6』にてストックホルムとパリ公演のみ日の目を見ている。しかし当然音源はまだまだある。同一ソースのブートも種々出ているけども、音質を比べたい変態気質のマイルス者でもなければこの一枚を持っていれば十分だろう。
CD1枚目のM1-M3は3月24日のコペンハーゲン、M4とM5は3月30日のフランクフルト、M6とCD2枚目のM1-3は4月3日のミュンヘン、M4からCD3枚目のM1は4月8日チューリッヒ、M2からM6は4月9日のスヘフェニンゲンとなっている。音質の面でいうと、フランクフルト公演が唯一こもり気味のブート音質ではあるが、いずれもFMソースで優秀といえる。
近年ではEternal Grooves / Howlin'なるレーベルからスヘフェニンゲン、チューリッヒ、アムステルダムのバラ売りも出ているが、ほぼ既発版と変わりなし・値段も高しで買う価値は殆どなし。唯一の取り柄は小川隆夫氏のライナーか。これに限らずブートの世界では、同じライブ、同じ音源でもリリース元次第ではかなり仕様が違っていたりするので、念には念を入れる必要がある。

Complete Amsterdam Concert 1960

レーベル:55 Records
ソース:放送音源

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マイルスは1960年、2回欧州ツアーを行なっている。3月から4月までのコルトレーン時代は『Final Tour: The Bootleg Series Vol.6』と『Legendary 1960 European Tour』、そしてこのアルバムのアムステルダム公演を加えれば一先ずコンプリートとなる。それに加えて本品にはソニー・スティットも同行した10月のアムステルダムまで収められている。“コンプリート"の名は伊達じゃない!
しかし本作のトレーンはイマイチ燃え切らない。スティットも、この編成に溶け込むにはあまりに古流すぎる。どちらもイージーな雰囲気が否めないアムステルダム二枚組、マイルス者であれば持っておいて間違いはないだろう。

Manchester Concert - Complete 1960 Live at the Free Trade Hall

レーベル: IN CROWD
ソース:オーディエンス

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9月27日、ソニー・スティット入りのマンチェスター公演。オーディエンスソースとのことでAmazonカスタマーレビューでの音質の評価は低い。しかし、この程度で「音質が悪い」と言っているようではブートなんて大半が聴けたもんじゃない。ブラスセクションの音はよく録れているし、むしろこの音質でオーディエンスとは、ブート全体を眺めても驚異的な部類と言える。さて、肝心の演奏。マイルスリーダー、「卵の殻」は何処へやら、いつも以上に吹きまくる!他メンバーが燃えている時はステージ袖に引っ込むマイルスだが、役者不足な時は非常に燃える。まぁスティットも中山康樹氏がいうほど悪いわけではない。たまにはこんなマイルスバンドもいいもんだ。

Live in Paris 1960

レーベル: Fremeaux Associes
ソース:放送音源

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  コルトレーン時代とスティット時代のパリでのライブがカップリングされた4枚組。コルトレーン時代の音源は『Final Tour: The Bootleg Series Vol.6』にて補完されているので、ここでは9月11日のスティット入りのライブをメインに扱うこととする。
ちなみにこの音源、ブート音源にキビシーことで知られるApple Musicには何故かある。というわけで公式化に恵まれていないスティット時代であれば、この音源が一番馴染みやすいことだろう。演奏と音質ともに問題なく、大手サブスクで聴けるという手軽さもあり、まず聴いてもらいたい一枚。

Stockholm, 1960

レーベル: (unknown)
ソース:放送音源

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1960年のストックホルムはいくつかの形式で売られている。まず公式で発表されているのが3月22日のトレーン入りのライブ(『Final Tour: The Bootleg Series Vol.6』)。ここで取り上げるスティット入りの9月13日は、BSMF RECORDS なるレーベルから3月とカップリングの『Stockholm 1960 Complete』(サブスクのリンクはこれに準ずる)とスティット単品は『Stockholm, 1960』(レーベル不明)でAmazonにて購入できる。ここでは公式盤のトレーン入りを既に所持しているようであれば、『Stockholm, 1960』の購入を勧める。
本作然り、50、60年代の音源は希少性が薄く、ダブルバッティング(それどころかトリプルバッティングすら珍しくない)は多々あるので、新譜だからといってすぐに手を伸ばさず、手ごろな旧譜を探したいところ。

Live at the 1963 Monterey Jazz Festival

レーベル: Monterey Jazz Festival Records
ソース:公式録音

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1963年、ドラムがトニー・ウィリアムスとなり、あとはサックスのジョージ・コールマンがウェイン・ショーターになるだけの第二期クインテット前哨段階によるモントレーでのライブ。
リリース元はモントレー・ジャズ・フェスティバル50周年を記念して創設されたレーベル、Monterey Jazz Festival Records。音質のクオリティ的にも公式録音であることは間違いなく、いうなれば蔵出し音源的な代物だろう。恐らくコロムビアに承諾を得たうえで発表されているであろう公式盤的扱いだが、参考までに本稿においても記載する。
さて、『Four & More』ではブチ切れた演奏を見せてくれたこのバンドだが、本作は前者と『My Funny Valentine』の中間点、つまり「激」と「穏」の境目といったところ。ウェイン・ショーター加入後のサウンドを知っていると、やはりこのバンド、良くも悪くもジョージ・コールマンがストッパーになっていると思う。しかしそれが一概に悪いとも言い切れないのが、実力者揃いである所以か。むしろこの保守的な部分を愛聴するリスナーも当然多いことだろう。
総括すると、『Four & More』と『My Funny Valentine』が同一ライブのハイテンポ・パートとバラード・パートを切り抜いて制作されたのに対し、こちらはよりネイキッドなサウンドが味わえる、まさにジョージ・コールマン時代のファンには打ってつけな一枚といえる。

The Unissued Japanese Concerts - Tokyo, July 12, 1964 / Kyoto, July 15, 1964

レーベル:Domino
ソース:サウンドボード(CD1)/オーディエンス(CD 2)

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サックスにトニー・ウィリアムスお墨付きのサム・リヴァースを擁して臨んだ64年初来日ライブは、『Live in Tokyo』という形で公式に出ている(7月14日)。まともなブートカタギからすれば「出してくれるだけ有難い」てなもんだが、欲張りな中山康樹氏は公式盤を「この日のマイルスはお仕事してる感」と切り捨てる。またしても「ブートの方が凄い」というのである。
(前置きが長い。興味の範疇が丸わかりで恥ずかしいことこの上ない)それがこのアルバム、公式未発表の7月12日と15日を納めた模様を楽しめる。音質面に触れておこう。1枚目がサウンドボード、2枚目はオーディエンスとのことだが大した差はない。良い意味で?いえいえ悪い意味で。全体的にドラムとベースの音像が全体的にこもり気味で、お世辞にもオフィシャルレベルとは言い難い。しかしメインの管楽器の方は比較的クリアであるので、十分に演奏は楽しめると思う。
演奏の方はなるほど、中山氏の言う通り、燃えている。この時期最大の見所といっても過言ではないトニーのドラムも、何やらモコモコで聴きづらいが、いつもに増して張り切っているように聴こえる。そして何につけてもサム・リヴァース。このバンドをあと一歩前進させるには及ばなかったが、彼のプレイも素晴らしい。頭のネジを二、三本外さないと吹けないようなフレーズも不思議とマッチする。こんな音源が1000円少しで手に入るのである!誰が聴かずにいられようか!
因みにこちらもEternal Grooves / Howlin'からバラ売りで出ている様だが、同じく小川隆夫氏のライナー以外、無駄に高いだけで殆ど価値はない。

Live in Germany 1964

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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上記より4日後の西ドイツ・ジンデルフィンゲンでのライブ。この時期のマイルスらしく演奏のテンションは問題なく高く、さらに音質も鑑賞に堪えうる準オフィシャル・レベル。
一曲目《枯れ葉》、ライブ・ヴァージョンはマイルスがミュートで切り込むことで知られるこの曲、ここではロングトーンで何時にもましてユーモラスな展開。それに乗っかる様に周りも珍しいスタイルで魅せる。マイルスのライブは日によって違うとよく言われるが、この日の演奏も教えられなければ原曲が全く分からない。この傾向は65年、66年、67年、さらには電化時代とますます強まっていく。
外れのない第二期クインテットのライブ、オマケにこのHi Hat盤には2日前のヘルシンキ公演まで収められていると聞いたら、マイルス者であれば誰も彼も買わずにはいられないだろう。

MILANO, ITALIA October 11, 1964

レーベル:Eternal Grooves / Howlin'
ソース:放送音源

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かつてはメガディスクから『Autumn In Milano』、その後RLRから『LIVE IN MILAN 1964』にてAmazonなどでも廉価版が登場するも、放送音源にしては音質のクセがあったこのライブ。手元に無いので何とも言えないが、ネットでの反応を見る限り、どうやらこの盤はソースが別の様子。演奏も十分水準に達している。マイルスが吹くだけ吹いて去り、美味しい所をちゃっかり頂いていくこの構図は前も後も変わりないが、しかしショーターが吹いた途端、バンドの雰囲気は一変する。マイルス以外全員が水を得た魚の様に暴れ出すのだ。63年から主要な人事に変化は無かったものの、これだけはジョージ時代にもサム時代にも無かった響きである。やはりウェイン・ショーター、マイルスを前進させた男に間違いない。

Live at the Oriental Theatre 1966

レーベル:Sunburn
ソース:サウンドボード

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欧州ツアーで門出を飾った第二期クインテット。しかし『E.S.P.』録音後はマイルスの体調不良といった、止むに止まれぬ事情により活動が収縮してしまう。66年も未だそうした事情が尾を引いている時期であり、録音は過度に少ない。実際、音源に残っているこの時期のライブ録音は、ニューポート(『Miles Davis at Newport 1955–1975: The Bootleg Series Vol. 4』に収録済み)と本作ポートランドの2公演のみである。
そんな貴重なライブであるが、パーソネルの方もなかなか面白い。ベースのロン・カーターはマイルス自叙伝にも書かれている様に、マイルスバンドでの仕事の予定が決まらないと、他ミュージシャンとのスタジオ仕事を優先させていた(ギャラが良ければ尚更)ことで知られる。この夜もそんな曰く付きの夜で、彼の代役はリチャード・デイヴィスが勤めている。
もともと一眼でそれと分かるような特徴を備えているわけではないロンの演奏のことである。別人が勤めているからといってバンドの演奏には大した違いは見られない。しかしそれにしても、あのマイルス親分は子分のこうした生意気な行為をよくもまぁ赦したものである。ここらへんは素人目には何とも解せぬが、やはりロンにはロンの魅力があったということなのだろう。

Live 1967 University of California

レーベル:Equinox Jazz / AGATE
ソース:放送音源

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えー上に続きまして、またまた「ロン・カーター不在もの」です。ここではリチャード・デイヴィスではなく、アルバート・スティンソンが担当。例によってバンドの音楽性に違いはない...が、上も然り、なんだかんだ言って物足りない気がする。常々思うのだが、第二期クインテットにおけるロン・カーターはきっと、「のり弁における漬物ときんぴら」、あるいは「牛丼における紅しょうが」と同じ理屈なのだ。普段はあっても無くてもいいぐらいに思っていても、いざ無くなると物寂しい。こう考えると「漬物があるから白身フライが際立つ」くらいに思えてくるものだ。どうせあっても無くてもいいなら、付けちゃいましょうよ...と言いたい所だが、ここでは生憎漬物も紅しょうがも切らしている。うーん今日のところはこれで満足するしかないのか。
で、肝心なところにいまだ触れていないこのライブ、中身はどうなのか。Peter Losin氏の資料には一曲目が《Agitation》と記されている。しかしセミオフィシャルにも、ブートレグにも同じセットリストは見受けられない。《Agitation》は何処に行った(ピート・シーガー風)。どうやらこのライブは二つのソースがあり、放送音源のバージョンと、例の曲もしっかり収められたサウンドボードバージョンがあるようだ。
ブートレグ業者ですら前者を採用している現状、それに対して右に倣えしかできないセミオフィシャル業者の発掘力に期待する方が端から間違っている。というわけでAmazonレビューでご立腹の方々、どうか怒りの矛を収めてください。

ROTTERDAM, HOLLAND Oct 30, 1967

レーベル:Eternal Grooves / Howlin'
ソース:放送音源

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1967年、『Nefertiti』にて、スタジオにおけるジャズの可能性を汲み尽くしたマイルスたち。勢い乗りまくり、サウンドは脂乗りまくりの第二期クインテットは10月28日より久方ぶりの欧州ツアーに臨む。このライブはツアー3日目、ロッテルダムにおけるライブ。演奏の方はまず素晴らしい仕上がりなだけに、一曲目《Footprints》の冒頭が欠けているというのが何とも惜しい。
もっともこの欠点はマスターテープに起因するらしく、この業者に咎はない。何度も繰り返すが、セミオフィシャルの業者に発掘力を期待してはいけない。元来セミオフィ業者は、法の抜け目を掻い潜ってやっと儲けを出すブート業者から、美味しいところだけを掻っ攫っていく面の皮の厚い仕事なのだ。泥棒から泥棒をする、さながら鼠小僧次郎吉的心根には心からの拍手を贈りたい。

Winter in Europe 1967

レーベル:Domino
ソース:放送音源

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冬の欧州、きっと寒かったことだろう。しかしこのメンバーの熱演ときたら、春を通り越して夏をもたらしている。はじけ散る汗に氷点下4℃から気温30℃へ、北海の氷も溶ける有様。
このライブは1967年欧州ツアーより、スウェーデン(10月31日)と西ドイツ(11月7日)の模様を収めている。西ドイツの方は公式盤『Live in Europe 1967: The Bootleg Series Vol. 1』にてすでに日の目を見ていたが、こちらはDVDという形式であった。演奏家の、その時その時の表情を見られるのは嬉しいが、やはりコレクターとあってはDVDはDVD、CDはCDと切り良く揃えたいところ。「同じ音源をDVDで持っているからCDはいらない」というような人間は、私と同じ人種であるとは到底思えない。しかしこのアルバム、西ドイツの方が未完全収録なのだ。この日の実際の演奏曲数はエンディングテーマ含めて12曲ほど。未収録なのは《'Round Midnight》、《No Blues》、《Masqualero》、《Riot》、《On Green Dolphin Street》の5曲。
というのもこのアルバムの構成は公式から出ていた『The Complete Columbia Album Collection』というボックスセットの特典CD、『LIVE IN EUROPE ’67』に準じているそうなのである。ただ、《Walkin'》の方はそちらにも未収録であったため、お得といえばお得かもしれない。総じて、ブートで完全版が手に入る現状、演奏内容はともかくとして本盤の買う価値はそこまで高くないといえる。

HELSINKI, FINLAND Nov 1, 1967

レーベル:Eternal Grooves / Howlin'
ソース:放送音源

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結局高価なだけでほとんど付加価値のなかったEternal Grooves / Howlin'レーベル。この11月1日、ヘルシンキ公演もブートでは古くから知られていたが、Amazonなど大手通販サイトなどにおいて類似商品がないという意味である程度価値はあると思われる。それにしても1967年のマイルスは凄かった。もっとも、マイルスに凄くなかった時期など無いのだが。『Miles in Berlin』から『Plugged Nickel』、さらには1967年のライブへと、個人個人のプレイもさることながらバンド全体の練度が凄まじいことになっている。曲間を一切挟まず、頭のてっぺんから足の爪先まで疾風怒濤の勢いで駆け抜けるいわゆる「セグエ」演奏は1966年頃からの流れ。もはやジャズという枠に抑えきれない、電化もあと一歩という演奏である。
3曲目、《Footprints》でショーターがさりげなく《Nefertiti》のフレーズを吹いているのも面白い。マイルスバンド随一のコンポーザーである彼、実のところ決まったフレーズをいくつか持っていたらしく、即興がそのまま楽曲へ、あるいは逆に転用されることが結構あったらしい。『1969 Miles 』の中では《Super Nova》、ブートの古典『Swedish Devil』では《Pinocchio》など、少しでも演奏が熱気を増すとお馴染みのフレーズが飛び出す。
マイルスの場合も同じであったらしく、第二期クインテットでのライブでは、カムバック期に20年近く先駆けてなんと《Jean Pierre》のフレーズが登場する場面が多々見られる。ここらへんを楽しめるのもブートを集めている人間の特権といったところか。

【エレクトリック期 1969~75】

Complete Live at the Blue Coronet 1969

レーベル:Domino
ソース:オーディエンス

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遂に来た。ウェイン・ショーター(Ss,Ts)、チック・コリア(El-p)、デイヴ・ホランド(Bs)、ジャック・ディジョネット(Ds)の「ロスト・クインテット」のお通りである。このライブは恐らく公式盤『1969 Miles 』より前、ニューヨークのブルー・コロネット・クラブでのライブである。“恐らく”というのは、この音源の日付が不確かだからだ。多くの場合“1969年4月”の表記で出回っているようだが、 可能性が高いのは6月21日から29日、或いは10月6日から12日のいずれかであるという。因みに10月の出演では、マイルスの出演費を狙ったギャングによる発砲事件が起きたことで知られる。
セットリストの違いから、収録されている2枚はそれぞれ別日であると推測される。また、これは憶測に過ぎないが、Disc 2の演奏の方が《Gingerbread Boy》や《Walkin'》などセットリスト的に古い曲が並ぶことから、本来こちらの方が先の演奏であると見ることができるかもしれない。
音質はオーディエンスとあって、ややクセがある。ドラムの音は何やら雷鳴のようで、ベースに至っては殆ど聞こえない。しかし総じてバランスは安定しているので、オーディエンスとしては並みレベルといったところだろう。演奏についてはやはり凄まじいの一言。第二期クインテットがすんでのところで止まっていたフリー化という一線を軽々と乗り越えさせるぐらいはエネルギーに満ち溢れている。あのマイルスですらディジョネットの機関銃乱射に乗せられ、サディスティックに吹く、吹く、吹きまくる!クラブという環境もあってか、従来のジャジーな部分を大いに残しているのも堪らない。そんな調子で《Walkin'》もジャズを聴きたいファンへのサービスだったのだろう。54年に始まり、長きにわたって演奏し続けたこの曲の行く末は、マニアでなくともぜひ聴き遂げたいところ。

Live At The Antibes Jazz Festival 1969

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

『1969 Miles』の翌日のライブでありながら、それよりももっと激しく、もっと過激なライブ……ロスト・クインテット最高傑作の音源がこれだ!
何がすごいのかは最早冒頭二行で言い尽くしてしまっているので何度も繰り返さないが、それにしたってテンションがダンチなのだ。最大の違いは「セトリのテンションの差」。『1969 Miles』においては《Milestones》や《Round Midnight》といった古い曲が、枯れ木も山の賑わいという言葉はあるものの、やはりテンションの面では足を引っ張っている観が否めなかった。しかしこちらはどうか。まだスタジオで吹き込まれてすらいない《Spanish Key》のサディスティックなまでの過激さといい、数少ない《Nefertiti》のライブテイクといい、「なぜ26日のほうではなく、25日の方を公式発表したのか!いや、そもそもなぜ二枚組で出さなかったのか!」とCBSへの憤りを覚えるレベル。
もっとも、この音源自体は9年前(2022年当時)、『Live in Europe 1969: The Bootleg Series Vol. 2』というボックスセット形式で公式化発表は一応なされていた。しかしこの箱物、『1969 Miles』にて既に発表済みであった7月25日をモノラル仕様で収録したり、ブートでは名盤として名高い11月15日ストックホルムでのライブが未完全収録であったりと、例によって散々な出来栄えであった。このような中途半端な仕事は、「公式以外に絶対金を落とさない!」というような固い決心を抱いている人であるならまだしも、「マイルスがこの世に出した音楽すべてを網羅したい!」熱心なマイルス者であれば到底満足しえない仕上がりであったと思う。
そこでHi Hatから出た本盤の出番である。このようにすべてのパフォーマンスが完璧な一夜、1969年製マイルス、これを聴かずして何が聴けようか。

Live In Rome & Copenhagen 1969

レーベル:Domino
ソース:放送音源(TV音源?)

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「ロスト・クインテット」という語の謂れは、いまやマイルスファンであればある程度知られている事であろう。ショーター、ホランド、チック、ディジョネット、マイルスによるこのバンドはそのパフォーマンスの素晴らしさにもかかわらず、スタジオ録音はおろか、マイルスの生前ライブ録音は一切発表されなかった。名実ともに“失われた”クインテットというわけである。本盤に収録されている10月27日ローマでのライブ(Disc 1 M1-Disc 2 M3)はかつて『Double Image』の名で知られる古典的ブートレグであった。LP時代より、ロスト・クインテットの音源といえばもっぱらこのライブの事を指していた。
本盤はさすがに『Double Image』より20年以上経過しているということもあり、音質面での不満は大いに改善されている。さらにDisc 2には同じくヨーロッパツアーより11月4日コペンハーゲン公演も収録されているなど、一見非常に充実しているように思える。
しかし不満がないわけではない。まずDisc 1のローマにおけるライブであるが、全く理解しがたいことにM1の《Directions》がDisc 2のM3に収録されているのである。これでは一曲目から順繰りに聴くためには、まずDisc 2のM3を聴き、そのあとわざわざDisc 1を取り出して聴かなくてはいけない。本盤が手に入りやすいとはいえ、何度もCDを取り出しては戻す作業はなんとも煩わしいし、さも「貧乏人はこれで満足しとけ!」とでも言われているようでいたたまれなくなる。
さらに冒涜的な事に本盤収録のバージョンは本来より1分程度短く、つまりはカット編集が施されているのだ。最もマスターの時点でこの曲は6分と尻切れトンボに終わってはいるが、後半のショーターのソロをざっくりカットしているのはマイルス者として頂けない。オマケにコペンハーゲンのライブもカット編集で未完全版である。おそらく近年リリースのDVDがソースである為、ブートでは現行のメガディスク盤よりは音質も良いが、この有様ではフォローのしようがない。
海賊版を安価で、さらには色々とボーナスを付けてくれるのは有り難いが、そのどちらもが中途半端であるというのは困る。中途半端であるくらいなら、いっそどちらかに舵を切ってほしかったところ。これでは演奏したマイルスが浮かばれない。

Live At Ronnie Scott's 1969

レーベル:EQUINOX
ソース:放送音源

公式化にいまだ恵まれぬ、69年から75年の電化マイルス。出し渋っているのか、それとも本当に倉庫にテープがないのか、どちらにせよそんな時こそはブートレグの出番というものである。
こちらは1969年11月2日、ロンドンの名門クラブ「ロニー・スコッツ」でのライブである。古くは『Spanish Key』(LFYE盤)として、新しくはMegadisk・So Whatなど大手レーベルから上記を補完したバージョンアップ盤として発表されてきた。さらに、ここにきて半公式盤レーベル「EQUINOX」から手に入りやすく、お求めやすく、めでたく、三点揃って再登場となったわけである。
この音源の最大の特徴は何といっても、その「短さ」にある。オープニングの《Bitches Brew》が未完全収録で、なんと36分という短さ!半公式盤化に際してオマケの一つや二つぐらい付けてくれてもよかったかと思うが、まぁまぁ半公式レーベルにそんなサービス精神を求めてはいけない。中途半端な仕事をされるよりは、無難にまとめてくれているほうがよっぽどいい。
というわけで、《It's About That Time》以外のセットリストは全て10分以内にまとまっており、《I Fall in Love Too Easily》や《Sanctuary》など小品揃いな印象が強い。寿司屋で例えるならマグロ、エビ、ハマチ、タイを欠いて、卵焼きといなり寿司だけが延々と出てくるようなものだ。
ですがコレ、悪くないと思います。音質もそれなりによく、サクッと聴きたい分にはコレに越したことはない。

Live in Berlin 1969

レーベル:Domino
ソース:TV放送,放送音源

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1969年欧州ツアー10日目、11月7日のベルリンにおけるライブ。オフィシャルでは『Miles Davis Quintet: Live in Europe 1969』にてDVDが収録されている。この時期のロスト・クインテットの特徴だが、『1969 Miles 』やその翌日『Another Night』と比べ、圧倒的な爆発力に欠けるというのが正直な感想。これはきっとディジョネットの存在が大きい。マイルス自叙伝の「ジャックは嫁が観客席にいると良いところを見せようとしてダメになる」との通りであれば、このライブは親分に説教されて以降の音源なのかもしれない。
とはいえ一概にそれが悪いとは言えないのも事実。いやむしろ、いたって知的な面持ちでジックリコトコトと魔女が鍋を煮るかのように熱気を増していく妖しいこのサウンドこそ、ロスト・クインテットの魅力と言えないだろうか。“ソーサラー(魔術師)”、“ダーク・メイガス(黒の魔術師)”マイルス・デイヴィス、この男が居さえすればそんなアトモスフィアも非日常ではなくなる。
しかしこのCD、音質も余計な編集も入っていない優良なセミオフィだが、またも余分なボーナスが加わっている。それがM7からM9までの三曲である。この音源、クレジットだと会場が“Montreux”となっているが、ご存じの通りマイルスのモントルー・ジャズ・フェスティバル初出演は4年後の1973年。参加すらしていないのに、あまつさえどうやって録音などされようか。果たしてこの大嘘、どんな奸智をもって誤魔化したものか気になるところだが、事実がこれまたつまらない。『1969 Miles』を切って貼っただけなのである。翌26日の抜粋であるならまだ救いようもあったが、演奏からミックスダウンまで、何から何まで「そのまんま」なのだ。
一応申し訳程度に擁護しておくと恐らく“Montreux”との表記は、かつてJazz Doorなるレーベルから出ていた『Live In Montreux 1969』に準じている(内容は言うまでもなく同一)。これでめでたくDomino Record(もといGambit)は無罪放免...ってなるか!セミオフィ業者とあろうものがこのような間違いを過失で犯すわけがない。よって確信犯であると断言する[エビデンスなし]。
色々喚き散らしたが、このアルバム、後半部分にさえ目を瞑れば、中々良い仕様なので是非。もっともAmazonでの16万2000円の値段は、どう贔屓目に見ても悪質業者のボッタクリ。オークションサイト等、手頃な値段で探すことを勧める。

Lost Quintet

レーベル:Sleepy Night
ソース:放送音源

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1969年11月9日、欧州ツアー最終日のロッテルダムにおけるライブ。ロスト・クインテット編成はこれにてめでたく幕を閉じるわけだが、70年4月にショーターが脱退するまで、この人事に大した変動はない。
そんな意義深いんだかそうでないんだか分からないこのライブ、演奏そのものもプレミア感があるかと言われればそうでもない。ただクオリティの方はいつもと変わらぬ出来栄え。展開は代わり映えしないけれども、安定した完成度の高さで魅せてくれる、それがロスト・クインテット。
あぁ、しかしここでまた商品にケチをつけなければいけない。このCD、控えめに言って欠陥商品だ。あろうことかカット編集が施されているのである。Amazonカスタマーレビュー曰く、具体的にはM1の終盤2分38秒、M2の冒頭21秒、M3の終盤0:07秒など、その他イントロダクションも含めると総時間4分にも及ぶ。
時間で見ると大したことがないようにも思えるが、これが大問題である。まずお分かりの通り、この時期のマイルスはオープニングからエンディングテーマまで、ノンストップで演奏していた。これが何を意味するのか、もうお分かりであろう。つまりはマイルスに導かれながら至って自然に進行する、このバンドの個性が全くといっていいほど抹消されてしまっているからだ。ところでこのSleepy Nightなるレーベル、71年バンドの『Lost Septet』でも同種のことをやらかしている。CDの収録時間にはてんで問題がないはずなのに、全くもって理解しかねる。というわけで言語道断の本盤、この日の本来のパフォーマンスを聴きたければ、ブートを買うことにしよう。嬉しいことにブートの方(メガディスク)も同一ソースで高音質ときている。
ロスト・クインテットの恵まれなさを象徴するトホホな一枚であった。

Fillmore West, San Francisco, 1970

レーベル: Equinox Jazz / AGATE
ソース:サウンドボード

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ロスト・クインテットというトンネルを抜けると、そこには70年代電化マイルスという寥廓たる峠がそびえていた。マイルスが最も過激であったこの時代、ブートの方もアコースティック時代の倍近く存在し、凡俗な音楽に飽き飽きした不感症のマイルス者とあっては当然ワクワクが抑えきれない。
さて、マイルスがロックの殿堂、東西フィルモアに出演したのは1970年3月から翌71年の計5回。この音源は70年4月9日のフィルモア・ウェスト、つまりは二度目の出演である。4月の出演では、9日から12日まで計4日分のセットが設定されていた。オフィシャルにおいては10日の模様が『Black Beauty』にて日の目を見ているが、しかしこれが何とも評判が芳しくない。ネタ元は例によって中山康樹氏、『マイルスを聴け!』において「音量バランスが悪い」、「マイルスのテンションがよりにもよって一番低い」とコテンパンにとっちめている。氏の「ブートを上げてオフィシャルを下げる」の構図は最早お馴染み、とはいえ教祖をここまで言わしめるブートの素晴らしさとは実際如何程なのであろうか。
まず個人的な見解を言っておくとすると、この4月のフィルモア・ウェスト、ブートも言われているほど良くはないし、オフィシャルも言われているほど悪くはない。まず音質の面、これは間違いなくオフィシャルの圧勝である。確かに『Black Beauty』もマイルスのペットが右に行ったり左に行ったり、何とも燃えないバランスであったが、なに、勝負の相手は元来発表を想定されていなかったブートである。以って音質は比較にならない。
肝心の演奏も大した差があるとは思えない。『Black Beauty』の方も集中力を維持して聴けば十分楽しめる出来栄えであることから、ほとんど同じテンションのこれらブート群もたいがい捨てたものではない。
比較はここまでにしておくとして、パフォーマンスの内容の方にも申し訳程度触れておこう。M3、チック作曲の《This》が珍しい。ロスト・クインテット時代より演奏されているフリージャズナンバーだが、曲としての魅力は正直さしてもない。フリーから正当なエレクトリック・バンドへ脱皮していく中、この曲も1970年4月9日をもってセトリの墓場へと埋葬される運びとなった。

April 11, 1970 Fillmore West

レーベル:Brr
ソース:サウンドボード

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上に引き続き、4月11日のフィルモア・ウェスト。この日の模様は公式『Miles at the Fillmore – Miles Davis 1970: The Bootleg Series Vol. 3』においてもボーナストラックとしてチラ見せ収録されている。
それにしてもこのバンド、新たにアイアート・モレイラ(Perc)が加入し、サックスのショーターがスティーヴ・グロスマンに代わっただけの、実質ノット・ロスト・セクステットにも関わらず、サウンドはぜんぜん違ってきている。これには大きく二つの焦点があると思う。
第一にホランドがアコースティックからエレクトリック・ベースに持ち替えたこと。これによって従来のジャジーな雰囲気は消え失せ、ロックの殿堂に相応しい激しさを持つに至った。しかしその反面、繊細かつ技巧的な、ホランドらしいジャズプレイの強みは失われてしまったと言える。後任のマイケル・ヘンダーソンもエレべを弾くが、やはり"スウィング"とモータウン出身の"ファンキー"では大違い。愚直さでは同じでも、ホランドのそれはややもすると単調で退屈である。
それを全力で補っているのが第二の焦点、つまりはチックのリングモジュレーターの導入である。「ギャーッ!ギュギュギュグュユワワ〜ン!」のエレピ攻撃はロックバンドのギターと比してもそう劣っていない。いや、むしろ時によってはそれ以上に過激な瞬間すらある。
4月のフィルモア・ウェスト公演は9日から12日まで、オフィシャル・ブートともに何かしらの形ですべて発表されている。その中でもぶっちぎりのベスト・テイクである12日の模様だけが未だセミオフィシャルで入手できないのは些か残念だが...まっ、いつかどこかの誰かが出してくれるでしょう。
この4日間はブートにしても音質は良し、入手に関しても比較的楽であるので、ブート初心者は手始めに買い揃えたい。

San Francisco 1970

レーベル:‎Left Field Media
ソース:放送音源

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1970年のマイルス、ひょっとしたら最も人事変動が忙しかった時期ではないか。この時期のバンドの人事を今一度おさらいしておこう。まず上記、4月のフィルモア公演を終えると、新たにオルガン奏者としてキース・ジャレットを迎え、6月の二度目のフィルモア・イースト公演に臨む(『Miles at the Fillmore – Miles Davis 1970: The Bootleg Series Vol. 3』にて全日発表済み)。その後はサックス奏者がゲイリー・バーツへとチェンジ、同年8月29日にはワイト島のロック・フェスに出演している(『Bitches Brew Live』)。
そして10月にはチックとホランドが退団し、マイケル・ヘンダーソン(Bs)&キース・ジャレット時代が訪れるという訳である。10月のフィルモア・ウェスト出演は15日から18日までの計4回、本作は初日の模様がFM音源にて収められている。
音質は流石のFM音源...と言いたい所だが、若干の問題がある。M2の2:39辺り、何やら気持ちよさそーに歌う女性の声が混じっているのだ。何も知らずに聴いていると戦慄必至だが、ご心配なく、恐らくこれは宜保愛子案件ではない。おおよそラジオの混信といった所だろうが、これがまた長いのなんの。少々煩わしいものの、まぁこれもご愛嬌か。
演奏内容にも触れておこう。セットリストは《Bitches Brew》、《Sanctuary》など旧曲も目立つ一方、初っ端から同年5月に録音したてホヤホヤの《Honky Tonk》が登場。その後も《Yesternow》や《Funky Tonk》など新曲が並ぶ。チック時代にありがちだったフリー化展開も無く、サウンドの変化は明白といった感じである。
そして貴重なのがM2の《Untitled Original 701004》。ここでは『Live Evil』におけるヘンダーソンとキースの応酬合戦、《What I Say》と表記されているが、成程、ベースラインは極めて似通っている。事実、中山氏の著作ではその様に記載されていた。
しかしドラムのパターンや曲のテンポのそれは明らかに別曲。そして更に同年ニュージャージー(日付不明)でのライブでは、《What I Say》とこの曲は分けて演奏されている。これをもってマニア界では、この曲の初演である1970年10月4日から上記の風に呼ぶことが多い。
スタジオ録音はなし、タイトルも不明、一体全体この曲、《Untitled Original 701004》の正体は何なのだろうか。答えはマイルスのみぞ知る...といった所だろう。うーん、だからマイルス研究はやめられない。

What I Say? Volume 2

レーベル: Jazz Music Yesterday
ソース:サウンドボード

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このJazz Music Yesterdayなるレーベル、いまや古典的なブート業者であるが割と仕事は丁寧。Vol 1、Vol 2ともにメインで収録されているのは1971年11月5日のウィーンでのライブ。しかしこちらの方は現在『Lost Septet』の名で音質共にバージョンアップ済み(が、こちらの方にも問題がある。詳細は後述)、あくまでも目玉なのはVol 2のボーナストラックであろう。
本盤収録の音源は上記の二日後、1970年10月17日のフィルモア・ウェスト。10月のフィルモアは全日何らかの形で発表されているが、その中でも15、17日はそこまでレアというわけではない。さらに本盤、全7曲中前半3曲しか収められていないというのが何とも痛い。
メガディスク盤はまだ廃盤になっていないので、完全盤を求めるのであればそちらの方が圧倒的に得である。結果、古典的ブート業者は古典的ブート業者であった。

Live In Europe 1971 - Volume 1

レーベル: Audio Vaults
ソース:放送音源
Belgrade 1971

これまでマトモに出揃っていなかった1971年並びにレオン・ンドゥグ・チャンクラー時代のキース&マイルス物。いや、存在していたのは存在していたのだが、何を隠そう今やお馴染みのCBSの怠慢と、さらには何故か半公式レーベルも71年物のリリースには足踏みしていたとあって、「ブートレグでしか聴けない」状態が長らく顕在化していたのである。
風向きが変わり始めたのは21年に入ってからだろうか、6月には"Hi Hat"レーベルからノルウェー・オスロでのライブが登場し、そして22年9月に入るとまたもや同レーベルからユーゴスラビア・ベオグラードが登場した。
とはいえ、半公式盤ではまだまだ出揃ったとはいえない71年物。より完璧な仕事を企つために"Audio Vaults"なる新進気鋭のレーベルから登場したのが、本作、イタリア・ミラノ&スイス・ディエティコンでの豪華カップリング盤である。
どちらのライブも完全初登場という訳ではないものの、音質良好な音源として古くからブートマイルス者には知られていた。
まず1枚目と2枚目1曲目に収録されているのがスイス・ディエティコン公演(午後)。こちらは午前・午後2部編成のライブであり、午前のパフォーマンスの方はBootleg Series Vol.4にて登場済み。今回半公式として初登場した午後のパフォーマンスは、午前のそれと比べても、よりテンションが高く、完成度も高い。
対して2枚目2曲目以降に収録されているのはイタリア・ミラノ公演(10月21日)。ディエティコン(10月22日)の前日に当たるライブにも関わらず、順序が逆になっているのは収録時間の関係だろう。こちらも安心安定なFMソースで、翌日の音源ほどではないが音質良好である。
ただしソースの問題で、5曲目《It's About That Time》がカットされており未完全収録。
"So What"、""Megadisk"レーベルから登場しているブートはその点安心。5曲目以降もオーディエンス音源から補完して最後の《Funky Tonk》と《Sanctuary》までキッチリ完全収録している。
ですが、それはそれ、これはこれだけでも良かったと思います。音質良好なFM音源だけ取り揃えられているので、71年物のエッセンスは十分に感じ取れる。

Belgrade 1971

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

マイルスの半公式盤リリースもそろそろ落ち着いたかという2022年2月28日、Hi Hatより怒涛の新譜が発表された。60年代からは『Live At The Antibes Jazz Festival 1969』、復帰後からは『Jazz Jamboree Festival Warsaw 1988』が登場。そして皆が待ち望んだ70年代からは本盤が登場した。
本盤に収録されている1971年11月3日ベオグラードでのライブは必ずしも珍しくはない。そう、嘗てJazz Doorなる半公式レーベルから『Another Bitches Brew』の一枚目に収録されていたからである。しかしながら馴染み深いJazz Door盤は6曲目の《Yesternow》以降は未完全収録なのに対して、此盤はCD二枚組構成、つまりは完全盤というわけである。
元来、質の良い音源に恵まれているのに公式化に恵まれていなかった1971年製マイルス、今回半公式という形であれ、手に入り易くなったのは嬉しい。
しかもこれ以前にSleepy Nightから出ていた11月5日ウィーン公演は冒涜レベルのカット編集が施されているなど、公式・半公式共にマトモな71年物が出ていなかっただけに『Oslo 1971』然り、Hi Hatの仕事の丁寧さが際立つ結果となっている。いや、別にHi Hatの仕事が特別丁寧というわけではない。それよりも他レーベルの仕事が酷すぎるのだ。CBSよ、有象無象の半公式レーベルよ、ブートレグに負けて恥ずかしくはないのか。
内容についても軽く触れておこう。トータルで80分以上の異常空間、《Directions》や《What I Say》など走る時はそれはもう強烈に走り、走りたくない時はそれはもう猛烈に休む71年製マイルスとしては、まぁいつも通りの展開が楽しめる。二枚目に差し掛かる頃には飽きが来ているのもお馴染みといった感じだが、それも醍醐味であろう。

Lost Septet

レーベル: Sleepy Night
ソース:放送音源

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“Lost 〇〇”シリーズでおなじみ、Sleepy Nightレーベル待望のマイルス第二弾は1971年欧州ツアーより11月5日ウィーンでのライブ。
1971年のバンドはキース、マイケル・ヘンダーソン、ゲイリー・バーツといった主要な人事に変化はなかったものの、ドラムがレオン・チャンクラーへ、パーカッションがアイアートからエムトゥーメとドン・アライアスへ、全体的にリズムセクションが強化されている。具体的にはレオン・チャンクラー、前任者のディジョネットはテクニカルな重量級であったが、彼の場合“軽”重量級という感じ。決して技術に優るわけではないが、圧倒的疾走感でバンドのサウンドはよりファンキーになっている。
この傾向は彼の存在だけに限らない。マイケル・ヘンダーソンもジャズ的なプレイスキルがあるわけではないし、ゲイリー・バーツも何とも締まらないソロでキースをいつもいら立たせている。
対してバンドを常に引っ張っているのはキース。マイルスバンド時代での音楽性について、常に苦々し気な表情で振り返っていた彼だが、それもそうか、この時期のバンドは殆どマイルスとキースを軸に回転しているのである。当然そんなことはリーダー当人が想定済み。さながら鬼人のような才能を迸らせるキースを敢えてそのままに、個々のプレイよりも全体のチームプレイを重視するまでの移行期にあったのだろう。
さて、このアルバム、音質も良好で大手サブスクなどにも追加されてはいるが、そこはやはりSleepy Nightクオリティ。案の定というべきか理解しがたいカット編集が施されている。はぁ……(溜息)。

Oslo 1971

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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近年のブート界隈は新音源の発掘、というよりも地元放送局の(実に数十年ぶりの)再放送による高音質化の流れに、俄かに沸き立っている。「幻の音源が発掘!」…というような朗報が耳にできなくなったのは何とも物寂しいが、やはり古典的なブートが見違える音質で再登場するのはめでたいことである。そんな風であるからブート業者も稼ぎようがあるというものだ。
ところで近年活発なこの“Hi Hat”レーベルも、その流れに乗っかっているように思える。本盤は1971年11月9日・オスロでのライブだが、例の再放送音源ということもあって音質も良し、メンバー各々の細かな働きもキッチリ確認できるような代物となっている。
意外と知られていないかもしれないが、71年の欧州ツアーは放送音源に恵まれており、さらには基本1セットでCD 2枚分になるということで数も音質も申し分ない。ただしマイルスのライブには珍しく、どれもある程度判を押したかのような展開が続く。マイルスがまず指示し、リズム隊が愚直に爆進している傍らで、キースが猛烈に暴れる、これがお馴染みの流れである。しかしロスト・クインテットの項でも言ったように、安定したパフォーマンスが悪いというわけでは決してない。むしろこの場合、「ハズレがない」ともいうべきだろう。
今一度、この“ロスト・セプテット”の音源が通販サイトなどで手に入りやすくなることを祈るのみである。

Rated X - Boston And Michigan - The 72 Broadcasts

レーベル:Fat Alberts Bag
ソース:放送音源

2022年10月、1972年製マイルスをドキュメントした音源としてユニークな二枚組が登場した。一枚目は1972年9月14日のポールズ・モール。こちらのパフォーマンスは72年物としては最上級の出来栄えを誇ることで知られており、半公式盤においてもHi Hatから発売済みである(次項記載)。本盤のメインはあくまでも二枚目、9月10日アン・アーバー公演にある。
元来、このような強引な音源詰め合わせ集は『Transmission Impossible』然り、『On The Crest Of The Air Wave』然り、半公式盤の世界では珍しいものではない。むしろこういう強引な仕事にこそ半公式レーベルの本領が発揮されてくるものである。
しかしやはりまぁ強引なもので、半公式では未発表であるアン・アーバー公演の方は未完全収録であるらしいのが残念だ。現在世に出回っているアン・アーバーの音源は基本的に、《Rated X》から《Black Satin》のFMソースのパートに加え、《Right Off》と《Sanctuary》のオーディエンスソースで補完されているのが一般的。いわゆる別ソースが継ぎはぎにされた、「マトリックス音源」といわれる代物である。
つまりこの盤は音響的に優れた前半部分、FMソースのみをパッケージングして発売したようだ。よって完璧を求めるマイルス者にはそれぞれバラで買うことを勧める。「未完全でもいいから聴きたい!」という人であれば本盤も良いドキュメントになることと思う。

Paul's Mall, Boston, Sept 1972

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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1972年、世紀の怪奇音楽『On The Corner』にてバッハとスライ・ストーンとオーネット・コールマンとシュトックハウゼンを邂逅させたマイルス。そのままの勢いでバンドメンバーを一新、カルロス・ガーネット(Ss)、レジー・ルーカス(Gt)、アル・フォスター(Ds)、カリル・バラクリシュナ(Sitar)、セドリック・ローソン(El-p)、バダル・ロイ(Tabla)と、旧バンドから引き続き採用されたのはマイケルとエムトゥーメのみになった。
何やらギターにサックスにインド楽器に、妖しい雰囲気が立ち込めているが、彼の意図したところは至ってシンプルである。マイルスはスタジオでの『On The Corner』の仕事にある一定の満足感を覚えたのか、ライブでもそれを再現しようと試みていたのだ。しかしここで問題になるのは、重度のソロイスト不足。始めから終わりまで熱病の夢のような勢いで猪突猛進するこのバンド、愚直すぎて全く融通が利かない。カルロス・ガーネットもフニャフニャなソロしか吹かないし、セドリック・ローソンも“弾く”というよりは“鳴らす”といったような、オーディエンスに限らず演奏者当人が何より困惑している様子が見られる。
このどう考えても狂っていたとしか思えない演奏の断片は、公式盤でも1972年9月29日のライブ盤『In Concert』にて聴く事が出来る。だが『Black Beauty』などの例に違わず、これだけでは72年九重奏の本領を汲み尽くせたとは言えない。ここで出番となるのがやはりブート、9月14日ボストンのライブ盤が必須となるのである。
音質はAMラジオ級、期待をしていたら「なーんだこんなものか」と思うに違いない。だがこの音質、何度も聴いていく内に不思議と癖になってくるのだ。レジーやカリルのギター・シタールがグワッグワッ、セドリックのシンセがキュワワーンと、オフィシャルの美麗な音質よりも100倍、いやいや1000倍迫ってくるものがある。
そうだ、72年以降のマイルスバンドは綺麗な音で録られる必要なんて何処にもないのだ。確かにロスト・クインテットであればチックのエレピが目玉、彼の雪解け水のようなフェザーのようなフェンダーローズが綺麗に聴こえないとなるとガッカリものだったが、対してこれはどうか。アル・フォスターの力任せなドラム、絡み合いぶつかり合うギターセクション、小汚くてグチャグチャ音質ぐらいが寧ろちょうどよいに決まっている。
というわけでこのセミオフィ、是非とも入手すべきである。特に『In Concert』にガッカリした人、今一度これで72年九重奏を見直してあげてほしい。

Live in Tokyo 1973

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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72年九重奏の試験ツアーを終えたマイルスであったが、不幸にもそれは10月9日の交通事故により結果的に中途半端なものにならざるを得なかった。その後73年に活動を再開させた頃にはセドリック・ローソンがロニー・リストン・スミス(El-p)へ、カルロス・ガーネットがデイブ・リーブマンへ、さらにはピート・コージー(Gt)が新たに加入する運びとなった。これによりマイルス史上類を見ない10人編成時代を迎えるわけだが、これもまたインド楽器隊とリストン・スミスの脱退により短命に終わった。
そして迎えた1973年6月19日、マイルス二度目の来日である。パンフレットに未だ誤表記されていたリストン・スミスの姿はそこにはない。しかし、意図してか意図せずか、この相次ぐ脱退劇が非常に功を制している。まずソロイストの存在感である。これまで愚直にリズムをキープすることが取柄だった72年、73年初期バンドだが、ここにきてデイブ・リーブマンやピート・コージーという大きな存在が加わり、「即興で魅せる」というジャズ本来の魅力を再び取り戻している。さらにリズム隊とソロイストの違いが明白になったことにより、「全体で即興する」という大義は維持しつつも、バンド全体のサウンドは非常にシャープなものになった。
しかし斯様な可能性を秘めつつも、未だこのライブの段階においては個々のプレイヤーの技量が未発達な段階と言える。特にその傾向が顕著なのはレジー・ルーカス、ピート・コージーらのセクションである。後にあのマイルスをして「バンドのサウンドの要は彼だ」と言わしめたレジー・ルーカスも、ここではまだあのバンド全体のサウンドから自由に飛び出しながら、逆にバンド全体のグルーヴ感を御せるような技量を手に入れるまでには至っていない。ピートの方もまだ脳震盪を起こさしめるような強烈なソロは弾かないし、弾けてもいない。アガパンバンドに特徴的なスローな中盤パートも、この段階では単純に互いの顔を見合うような、退屈な演奏になっている感も否めない。
ともあれ、このライブ二枚組、1973年から75年までの進化の流れを掴むうえでは欠かせないアルバムであることに違いはない。かつてはIconoというレーベルから『Tokyo 1973』の名で出ていたが、こちらは一枚組の未完全編集盤である。まず手に入れるのであればこのHi Hat盤で決まり!

Olympia 11 Juillet 1973

レーベル:Trema
ソース:放送音源

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実に初のお披露目となった来日公演後、立て続けにマイルスはプレ・アガパン体制で欧州ツアーに臨む。73年、マイルスは7月と10月で二度にわたって欧州ツアーを実施しており、前者の方ではいまだ未発達段階の演奏が楽しめる。こちらのアルバムはタイトル通り、7月11日オランピア劇場でのライブである。
音源そのものはEurope-1による公式録音と見えて、中古で数百円にしては、「おぉこれは得した買い物ではないか」と思わされるのも束の間、定位が明らかに定まらぬ箇所が悪目立ちする。恐らくこれは録音時に起因する支障、マイルスのトランペットは何やら遠くなったり近くなったり、時折電子ノイズを出しながら消えていく。一番残念なのがレジー・ルーカスである。よりにもよって、このバンドにとって最大の生命線といっても良い彼の演奏がバランスの問題でしっかり聴き取れないときている。繰り返すが、73年のみならず、74年、75年通して一番の聴き所は何といっても彼のカッティングの成長様である。「ギャッギャッギャッ!」といった調子で愚直に叩きつけていた時代から「ギュワッギュワッギュワッ!」の実質バンドの核と化した時代まで、これが一番耳元で鳴っていないと如何せん物寂しい。
そんなガッカリした思いの裏でマイルスたちは気持ち良さそーにいつもの通りで演奏を続ける。マイルスもレジーもここではしっかり聴き取れないが、このスピーカー、あるいはヘッドホン、あるいはイヤホンの向こう側ではそれそれは素晴らしい演奏が繰り広げられているのである。決して蘇らぬ元の演奏、まるで桃源郷に想いを馳せているようだ。あぁ、たったの録音の問題でここまで残念な気分になるとは思わなんだ。
とはいえこのブート、現在のレートでいうと数百円程度。ついでに付言しておくと聴くに堪えない程バランスが不安定なのは序盤十数分間のみ。音質それ自体はマイルスブートの中でもかなり上質な部類に当たる。というわけで「たかが数百円」と思われる方は上記のリンクへと一歩足を進み、「されど数百円」と思われる方は一歩足を引いてもらいたい。経験上、どちらにせよ損はしないだろうとだけ言っておく。

Zimbabwe- The Boston 73 Broadcast

レーベル:Fat Alberts Bag
ソース:放送音源

マイルスが72年から75年にかけて3年連続出演することとなった、ボストンに在するジャズ・ワークショップ、またの名をポールズ・モール。その内、1973年の放送音源が遂に半公式でも登場することとなった。
大人しめな選曲で固められているのは、セカンドセットのためか?この日のマイルスは《Ife》、《Agharta Prelude》、《Zimbabwe》とスローな展開が目立つ。そして三曲のみの演奏で63分という展開もクラブならでは、といったところだろう。ホールのライブであればすぐに次の曲へ移るような場面でも、この日のマイルスたちは必要以上に伸ばし、焦らす。爆発したかと思えばすぐにスローになり、もう爆発しないかと思った爆発し、もうスローにならないかと思ったら……のエンドレス展開。
クラブならではの「で、どうする?」な展開が拝めるのはこれはこれで役得というもの。さらに普段であれば轟音でかき消されていた小さな音まで、静寂が占める割合多めなバンドのムードによって確認することができる。間違いなく『Agharta』『Pangaea』では望めない、「生のアガパン」がここに顕在しているだろう。

Vienna Stadthalle 1973

レーベル: Hobo
ソース:放送音源

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普通バンドの成長というのは、個々のプレイヤーのスキルの向上もそうだが、一人一人がバンド全体のサウンドを形成しうる、いわゆる「馴染んだ」状態へと至るにはそれこそ相当な時間を費やすものだと思う。しかしこのアガパンバンドの場合、“三歩進んで二歩下がる”ような真似はしない。一歩進んだら更に二歩、二歩進んだら更に三、四歩とジャイアント・ステップも良い所だ。このライブは上記の東京公演から5か月後――5か月、そう、たったの5か月なのである!――、11月3日ウィーンでの模様である。この成長ぶりたるや、ただただ物凄い。1973年のマイルスで一番すごいライブは間違いなく2日前のベルリン(『Miles Davis at Newport: 1955-1975: The Bootleg Series Vol. 4』に収録済み)。しかし、同じドイツ語圏ということでマイルスの何かを駆り立てたのか、こちらも負けず劣らず素晴らしい。
やはり一番大きな成長を感じさせるのがレジー・ルーカスとピート・コージーらのギターセクション。レジーはグワグワッと愚直に「弾く」だけではなく、「刻む」ことによってバンドの流れを既にコントロールするに至っている。ピートもこれ以前は退屈な部分になりがちであったスローパートにおいて、強烈なリードギターにより積極的にバンドを牽引しているだろう。73年バンド、『Agharta』『Pangaea』より2年前、いまだ未発達な部分も残してはいたものの、その分軽やかなファンクネスの精神をこれ以上ないほどに表していた。
商品そのものについても触れておこう。元々このライブは『Get The Funk』(Megadisc)の名で高音質と非常に評判なタイトルであった。しかしこちらのHoboなるレーベルから出ているセミオフィは別ソース、或いは上記のコピー、或いは同ライブのDVDがソースであると推測される。いずれも低音質というわけではないが、モノラル音質でブートのステレオ音質に幾分か劣る。現在ではDominoの『LIVE IN VIENNA 1973』が手に入りやすいが、こちらは音質的に明らかにブートコピー。低音がフワフワグチャグチャで何とも聴くに堪えない代物である。代替になる音源がこれしかないならともかく、値段以外ほとんど買う価値はないといっていい。

Another Bitches Brew

レーベル: Jazz Door
ソース:放送音源

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「もう一つのビッチズ・ブリュー」?何とも不自然なタイトルである。第一『BitchesBrew』が録音されたのは1969年。そもそもスタジオとライブ、さらには前進を続けたマイルスの頭の中に『Bitches Brew』の存在がいまだ残っていたとは到底思えない。まっ、そこは初期ブート、いちいち目くじらを立てる程ではないだろう。
さて、ここに収められているのは1971年11月3日と1973年11月7日のライブ。オマケにどちらもベオグラード公演と来ている。このレーベルが旧バルカン諸国とどんな縁があるのか知らないが、音源そのものは中々の高音質。しかし71年の方は後半二曲がカットされた未完全盤というのが些か残念である。なお現在ではMegadiscやSo Whatなどで未収録の部分も保管された完全盤ブートが出ている。
よってここで取り扱うのは73年11月7日、プレ・アガパン時代の音源となる。さて、この音源、数ある73年モノの中でも極めて異色な音源である。何が異色なのかと言えば、まずはテンポが特徴的だ。普段であればアルのドラムから爆進するM1《Turnaroundphrase》だが、ここでは明らかにパーカッション優位。そのままマイルスとレジーが登板するものの、ここでのレジーのカッティングは何時もに増して鈍く、重い。そのまま従来のテンションに戻ることもないまま、ドラッギーな薫りを芬々とさせたヘヴィーな演奏がひたすらに続く。瞠目すべきはピートの演奏である。元来マディ・ウォーターズとの共演経験もあるピート、ここでのブルージーなギターソロは彼の本分といったところか。
この電化マイルスの良いとこ取りな二枚組であるが、従来輸入盤を取り扱っているレコ屋であればかなり入手容易であった。現在でもオークションサイトに限らず、大手通販サイトにて中古で出回っているのを頻繁に見受ける。71年が未完全であることを除けば、ブート初心者には打ってつけの一枚であることに間違いない。
(2022/11/1 追記)2022年2月28日、完全盤である『Belgrade 1971』(Hi Hat)が半公式にも登場したことにより、本盤収録の一枚目、1971年11月3日の音源は殆ど不要となった。以降は二枚目収録の、1973年11月7日のライブが本盤の目玉となることであろう。

Live in Tokyo 1975

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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原始、ブートは低音質であった。オマケに定価4、5000円は当たり前で、さらにはそれらの努力に見合う音質であることも極めて少なかった。想像してもみよ。純情な若人が必死に金を捻出し、期待と若干の不安の中いざ聴かんとしたその瞬間、諸々の期待が打ち砕かれようとは、現代児の私とて想像するだに堪えがたいものがある。だがそんなことも太古の御伽噺、進化の著しい昨今のマイルスブート界隈にあっては、新生代第四期の話ですらない。
このセミオフィのソースとなったアルバム『Another Unity』(Megadisc)はマイルスブート史に残る傑作である。何がどう傑作であるか。まずは音質、これはもう言わずもがなである。ブートの傑作には必須の条件であるからだ。
この音源の出処は恐らくFM放送であろうが、これ自体はあまり珍しいとは言えない。しかし何にも増して素晴らしいのがそのバランスと音圧全てである。マイケルのベースはゴリゴリと耳に響き、このバンド最大の目玉と言っていいレジーのカッティングはこれ以上ないほど美麗に捉えられている。このブートとは思えない音質と比すれば、同時期の公式盤『Agharta』、『Pangaea』といえどもここまで聴きやすくはなかった。
パフォーマンスそのものも非常に高い完成度を誇る。マイルスのライブが日によって違うのは周知の事実であるが、『Agharta』、『Pangaea』、そしてこの『Live in Tokyo 1975』(元『Another Unity』)とでそれぞれ違う性格の魅力があるだろう。ジトジトとマントル下のマグマが煮えたぎるかの如く、妖しい『Agharta』の魅力。瞬間的な爆発力では最高度を誇る『Pangaea』の魅力。この『Live in Tokyo 1975』におけるパフォーマンスの熱度は『Pangaea』には劣るけれども、全体通してのテンションの高さが素晴らしい。マイルスのライブには必ずと言っていいほど「で、どうする?」の時間がある。それはアガパン両作においても共通してみられる、人によっては欠点でもあった。
しかしこのアルバム、そうした見ようによっては「ダル」な展開が一切と言っていいほどない。M3《Ife》などは「ンドゴドゴ」のフレーズでお馴染みの、本来であれば単調極まりない楽曲。事実2年前の東京ではメンバーの技量不足がこの曲において顕著に表れていた。ところがどうでしょう。このライブ・テイク、あの退屈な曲の可能性を大いに引き出しているのである。何にしてもピートの成長っぷりがよく分かる。セカンドセットの始まりで沸き立つ観衆、そこにこの「ガガガガッ!!」をぶちかますのである!CM明け、静まり返ったシアター、ポップコーンの手を止めた観客、そこに「デー――ン!!」とオーケストラをぶちかます、まるでスターウォーズを見ている気分ではないか!
というわけで聴こう、絶対聴こうの二枚組。途中パンがブレる箇所もあるが、それはマスターテープに起因。Hi Hat盤では冒頭のチューニングの時間はばっさりカットされているが、なに、ここに価値を見出す人はそうたいしていない事だろう。ブート最高傑作を聴け!

【カムバック期  1981~91】

※1981年以降のマイルスについて、筆者はまだしっかりと聴けていない部分があるので記述が簡易になります。申し訳ありませんm(__)m

LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL 1981

レーベル:Domino
ソース:オーディエンス

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全国のマイルス者が「聖典」と崇め奉るのが『マイルスを聴け!』である。主語の大きい決めつけ癖はいただけないが、それでもなおマイルスの音源を調べる上では必須の書物であることに違いはない。しかし『version8』から10年以上経つ現在、情報が追いついていない部分も当然多い(それでもまぁバージョンアップなどを除いて主要なブート情報に変化はないのだが…)。
ここで取り扱う1981年9月25日ハリウッド・ボウルでのライブ盤もそうした音源の一つである。このライブ、そう珍しいことでもないかもしれないがPeter Losin氏のセッショングラフィーにも記載されていない。となると日時会場を誤っている可能性も想像されるが、同時期にマイルスは米国ツアーを実施していたので違和感はない。やはりこの時代、未だ手付かずな観が否めない。
余談だがハリウッド・ボウルの名に聞き馴染みのある方も多いのではないか。そう、ビートルズ初の公式ライブ盤である『The Beatles at the Hollywood Bowl』と同じ会場である。あちらの方ではティーンエイジャーの黄色い声援が個人的には印象深く、人気の凄まじさをよく表していたが、このライブ盤の方もオーディエンスソースということもあって観衆の声がよく混じる。
マイルスリーダーは病み上がりということもあってあまり吹かない。周囲のメンバーだけで間を持たせているような場面が割とよく見られる。しかしそれにしても全米、いや全世界が待望した帝王の復活である。マイルスがひとたび舞台上に上がれば、如何にヘボなフレーズを吹こうが皆が喜ぶ、私も喜ぶ。81年のマイルスはどこか介護現場を見ているような気分になる。だがそこに一流のドキュメンタリーがあるのもまた事実である。

Sun Palace, Fukuoka, Japan October '81

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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遂に復活したマイルス!このまま来日公演で逆らうやつら全員ブッ倒していこうぜ!
……という風になり得なかったのは、マイルス当人の体調不良以外に理由はない。実に6年ぶり、あの帝王のサウンドが聴けると思っていたら、出てきたのは「大丈夫か?」と言いたくなるようなヨボヨボおじいちゃん。それもそうか、フェードアウトしてからの5年間、酒と女と持病の悪化にコカイン三昧であったのだ。当時55歳でも歳以上に老けて見えるのは当然といったところか。
とはいえ『Miles! Miles! Miles! Live in Japan '81』で聴けるこの一連のライブ、日本のオーディエンスには強い印象を与えた事だろう。オフィシャル、ブート含めて81年来日公演で最も評判が良いライブがこの福岡での模様である。発信元は何時ものごとく(多分)中山御大。
この時期の演奏はリーダーが弱弱しい分、マーカス・ミラー(Bs)を始め、マイク・スターン(Gt)、ビル・エヴァンス(Ts)ら、若手の引っ張りようが見もの。しかしここではマイルスも
中々にガンバってはいる。そうした努力は決して空回りには終わらない。サイドメンたちも「親分をもう一度輝かせてやれ!」といわんばかりに決死にサポート。アル・フォスターといった人事の引継ぎもあり、アガパン時代を上手く発展解消したかのような軽やかなファンキーサウンドに仕上がっている。

May 29, 1983 Yomuri Land Open Theatre, Tokyo

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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このライブの会場、正しくは"よみうりランド。間違っても"よむりランド"なんかではない。ワードの添削機能が喧しくて仕様がないが、表題としては一応正しいらしい。参考までにHi Hatから出ている85年のライブは、きちんと"Yomiuri"表記。何だ、一瞬"よむり"という日本語を知らないだけで存在すると思ってしまったじゃないか!
ともあれ"i"が無いだけでマイルスの日本人への"愛"を感じるパフォーマンスとなっていることは間違いない(上手いこと言った風)。81年来日時のヘロヘロっぷりとは何もかも違った新鮮な演奏を魅せてくれる。初っ端から《Come Get It》でマイルス、高らかに吠える。パーソネルもこの2年でかなり入れ替わった。ギターセクションはマイク・スターンにジョン・スコフィールドと増員。アガパン以来のツインギター編成となるが、パフォーマンスの性格は当然全く異なる。ベーシストもトム・バーニーにチェンジ。しかしこれが前任者のマーカス・ミラーと比べ、実力の差が表れている。確かに軽快なプレイではあるのだが、この時期ならではの「ッンベッンベ」なチョッパーベースが堪能できないのは些か残念。まぁそれもこれも、ダリル・ジョーンズが加入するまでの我慢である。

Live in Poland 1983

レーベル:Domino
ソース:放送音源

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『Decoy』の一部の楽曲を録音した後、マイ   ルスは欧州ツアーへと向かう。人事的にはマイク・スターンと別れを告げ、ギターセクションはジョン・スコフィールド単独に。また実力不足が顕著に表れていたトム・バーニーから、ベーシストはダリル・ジョーンズへと代わっている。それに加えてこれまでマイルスが兼任していたキーボードセクションには、ロバート・アーヴィングが新たに据えられた。キーボード奏者が最後に加入していたのは73年、引退期間中も含めると実に10年ぶりとなる。
総じてバンドの演奏は非常にスリムなものとなった。特に《What I Say》を彷彿とさせる《What It Is》などといったファンキーな新曲が輝かしい。しかし中山氏が指摘している通り、確かに過渡期的な雰囲気が否めなくもない。アル・フォスターのドラムは変わらずパワフルなものであるが、彼の魅力はその"アシッドさ"にあったといえる。サウンドは段々と軽く、それでいて音に厚みを求めていたこの時期に、彼のプレイが段々と伴わなくなっていったのがライブ盤を聴いてみるとよく分かる。
とはいえマイルスにバッドだった時期など殆ど存在しない。このアルバムも中々の高音質とあって聴くものを魅了することであろう。

Wiesen, At 7th July 1984

レーベル:Alive The Live
ソース:放送音源

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引退期間中の5年間がマイルスの心理にどんな作用をもたらしたのか知らないが、復
帰後彼は明らかに"サービス"を覚え始める。特にライブなどでの場面ではその傾向が
強い。"Fuck"、"So What?"が口癖のマイルスおじさん、やはりこれが"歳を重ねて丸く
なる"ということだろうか。いやはや、過激なマイルス信者としては嬉しいかな悲しい
かな、複雑な心境である。
さて、この音源もそうした一連の"サービス"の模様である。序盤はいつも通りのマイルスバンド、人事の変更はミノ・シネル(Perc)がスティーヴ・ソーントンへ、サックスがボブ・バーグに代わっているぐらいである。そしてM7に差し掛かった時、唐突に観客から拍手と歓声が上がる。そう、チック・コリアである。たまたま同日、同じジャズフェスで居合わせたのだ。これは恐らく予期されていたこと、しかしこの日は単なるサービスに留まらない。昔懐かしのロスト・クインテット時代のそれとも近しい、チックのフリーキーなキーボード攻撃にバンドも大いにノリまくる。特にここでのジョン・スコフィールドの張り切りようときたら半端じゃない。
チックが加わったのは実に一曲のみだが、「ちょっと参加してみました」的な仕上が
りではない。この二人は互いの音楽を理解し合い、また嘗て同じ時を過ごした信頼感
もある。その点がマイルスを怒らせたウィントン・マルサリスと違っていたのであろう。
最後に商品そのものについて触れておこう。音質はFM音源とあってなかなか良好であるといえる。かつてCool Jazzというレーベルから音質が悪いものも出ていたが、そちらは本盤より三曲ほど多く収録されている。つまりこちらは未完全収録ということになってしまう。音質を取るか、完全収録を取るか、あるいは出費は嵩むが"どちらも"という選択肢もある。お好きな方を選んで是非とも楽しんで欲しい。

Live Yomiuri-Land Open Theatre East, Tokyo

レーベル:‎Hi Hat
ソース:放送音源

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"よむり"ではない(いつまで引っ張るんだその話)、マイルス二度目となる"よみうりランド"でのライブ。マイルスの来日は何度目か、もはや数えるのも面倒になってきた。音質はTV放送と同じと見えてかなり良好である。
パーソネル面では長年連れ添ってきた、アル・フォスターとも遂にお別れ。代わりにやって来たのが甥のヴィンセント・ウィルバーン。実の親族、当然あらぬやっかみも受けたことであろうが、そこはマイルス、忖度はしない。とにかく実力を要求するバンドにあって、みっちり扱かれたことであろう。
それに応じてセットリストも大幅に変化している。具体的にはマイケル・ジャクソンの《Human Nature》など、ポップ化に一層拍車がかかっている。加えてこのライブ、ダリル・ジョーンズやジョン・スコフィールドといった面々によるインプロもいまだ魅力的。時が経つごとに「マイルス+伴奏部隊」的な傾向を強める復帰後にあってこれは貴重といえる。しかしそんな二人とも別れが近づいている。次にやってくるのは色めかしいボンキュッボンなマイルス叶姉妹時代。段々書きたいことも少なくなってきたが、あと少し。

Live at North Sea Jazz Festival 1985

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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1985年7月13日、オランダのノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルにおけるライブ。翌14日のライブは『Complete Montreux』にも収められている。オランダからスイスへ、距離的にはさほど離れていないとはいえ大忙しである。
意外なことに復帰後のマイルスのブートは、人気が高いであろう70年代のそれと比してもかなり多い。いや、間違いなくそれ以上に多い。第一、たかだか70年代の5年間と81年からの10年間を比べるのが過ちというものであろうが、それにしたって多いのである。それはマイルスがここにきて"吹く"喜びを切に感じ始めたからに他ならない。演奏家としても、プロデューサーとしても、ピークは間違いなく過ぎ去ってしまっている。それでもなお彼が吹く喜びを感じたのは、一度ならず何度も仮想的に死を経験したからである。薬物依存にて48年、父親の死にて62年、体調悪化にて75年、吹けない日々とそれを乗り越える日々が彼を羽ばたかせる秘訣であった。
ここでのマイルス、実に生き生きとしているというか頑張っている。復帰後の彼を「ポップ路線へ舵を切った」という人がいる。確かに音楽性だけを聴いていれば、斯様な感想も出ることであろう。だがしかし、実際変わったところがあるとすれば、それは意識の問題である。この時期のマイルスは客と向き合うことを意識し始めた。強烈な自己愛の裏返しであったステージ上の無礼な態度も、決して改めるわけではない。それでも場を"共に作っていく"という感覚を得たことは何より大きな違いであった。
ところで、この日の模様はTV撮影も行われており、その点も是非チェックしておきたい。前述のようなステージ上での振る舞い、メンバーへの指示、映像を見なければ分からないことが沢山ある。

Estival Jazz Lugano 1987

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

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遂に完成した観もある85年以降のマイルス・デイヴィス・バンド。今日も繰り出す  は《Time After Time》に《Perfect Way》でスイスの空を黒く染め上げる。「完成」というのは人事面での変化が何より大きい。サックスはケニー・ギャレット、キーボードにはアダム・ホルツマンが加わり、70年以来のツイン・キーボード編成となる。また、これまで変動が忙しなかったギターセクションには、ピッコロベースという枠組みにてフォーリー・マクレアリーが加入し、安定を見ることとなる。また新加入のドラマー、リッキー・ウェルマンの存在感も大きい。彼自身、ファンクの一支流、ゴー・ゴーの創始者の一人ということもあり、躍動的なリズムキープでバンドはこれまでにない現代的な響きを掌握するに至った。
総時間は当時のマイルスとしては珍しくない2時間超。一曲一曲の長さは大したことがないものの、どれも音の厚みが物凄い。復帰後のマイルスについては滅法疎い筆者も、この時期のパフォーマンスの完成度に関しては認めざるを得ない部分がある。キーボードの音色は少々時代を感じさせるが、そこもまぁ味といえば味。それより何よりフォーリーやリッキーといった個々のプレイヤーが何れも見ものである。マイルス親分のトランペットに従いつつ、決して伴奏に甘んじないプライドを感じさせる。
ここまで来たらこの際ジャズがどうとかはどうでも良い。このマイルス最初にして最期の「シーツオブ・サウンド」をしかと受け止めよ。

LIVE UNDER THE SKY 1987

レーベル: Hi Hat
ソース:放送音源

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77年から92年まで毎年開催されていたライブ・アンダー・ザ・スカイ、今にして思うと日本経済の栄枯盛衰を象徴していたかに思う。1981年の来日時でマイルスのギャランティは70万ドル。「日本、どんだけ金持ってたんだよ」と言いたくなるが、皆さん知っていることでしょう、事実持て余していたんです。
さて、そんなことはどうでも良いとしてライブ・アンダー・ザ・スカイ、マイルスにとっては(恐らく)3度目の出演である。前年は来日公演がなかったので、日本の観客も帝王の帰還を待ち望んでいたことだろう。曰く7月25日当日、ショーの開演前、会場は雷雨に見舞われていたのだという。夏の雨上がりの空、マイルスのトランペットも強くこだました事であろう。そんな情報を聴いてか聴かずしてか、確かにこの日の演奏はいつもと違ったところがあるように思える。アメリカのそれとは違うはずである日本の夏のジメジメとした暑さにマイルスも絆されたのか、リスナーと共に作っている雰囲気が味わえるのだ。
そうか、野外ライブとはこんな所が良いのか。繰り返すが、それも舞台は日本である。“暑い夏”はこのアルバムで、今から20年以上前の“懐つい暑”の思い出に浸るのも悪くなかろう。あの日のあの場所を追体験できるはずだ。

Munich Concert

レーベル:Deluxe
ソース:放送音源

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マイルスのドイツものにはハズレがない。1969年、71年、73年と、ジャーマニーの何が彼を駆り立てるのか知らないが、いずれにせよ素晴らしい演奏で魅せてくれる。一方、上記はベルリンでのライブであるが、こちらはミュンヘンである。ミュンヘン・ベルリン間は500キロ、ここでもマイルス特有の奇病・ドイツ症候群は発症しているのか、否応もなしに期待は高まる。そんなところでこのライブ、88年モノの中では音質・パフォーマンス共に会心の一枚と言ってよい代物であった。
パーソネルはダリル・ジョーンズがベニー・リートベルトへ、パーカッションのミノ・シネルが、唯一の女性メンバー、マリリン・マズールに変わったぐらいでサウンドにはさほど変化はない。いやむしろ、リッキー=フォーリー体制の成立から一年が経過し、まず盤石といっていいぐらいバンド全体は安定している。筆者が演奏内容を詳らかに対比できるほど聴いていないのが何とも惜しまれるが、この演奏と音質が今現在100円台で手に入るというのだから驚く。このセミオフィは恐らくDVDのコピー、So Whatレーベルからより高音質なブートが出ているものの、演奏数に不備など無いため、これだけでもある程度は満足出来るだろう。
唯一不満点を挙げるとすれば、ボーナストラックのワイト島は少々余分。当時は貴重だったかもしれないが、『Bitches Brew Live』など公式でカヴァーされている現状、ほとんど価値はないといっていい。とはいえこれが100円で手に入るのである。あまり文句はいえないどころか、文句をいってすんません位のものである。より素晴らしい音質で臨みたい方はSo What盤を手に入れよう。

Jazz Jamboree Festival Warsaw 1988

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

2022年10月、Hi Hatから新譜が次々と発表された。内容としては1969年からは『Live At The Antibes Jazz Festival 1969』、1971年からは『Belgrade 1971』と質も量もそれなりの発表が相次いだが、復帰後時代からは1988年10月30日ワルシャワでのライブがチョイスされたようである。
パーソネル的には前年まで在籍したロバート・アーヴィングが脱退し、キーボードはアダム・ホルツマン一人に。ベースのダリル・ジョーンズも脱退したのでベニー・リートヴェルトにチェンジされている。メンバーチェンジにより、総じてスタイルが定まっていない印象も受けるが、まぁ演奏に対しては文句のつけようがない。
因みにこの日のライブは午前・午後の二部編成だったのだが、本盤は午後のテイクからのみ抜粋されている。午前・午後余す事なく収録したCDもブートには存在するので、完璧を求める方は是非そちらの方を手に入れてほしい。

Chicago Jazz Festival 1990

レーベル: Go Faster Records
ソース:放送音源

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1990年8月30日、シカゴでのライブである。パーソネル的にはマイルスバンド唯一の日本人、ケイ・赤城が単独でシンセを担当する様になり、リチャード・パターソンがベースに、パーカッションがジョン・ビガムへとチェンジされているが、根本的なサウンドに違いはない。この当時揃ったケニー、リッキー、フォーリー、リチャードの四人はマイルス最期のコンサートまで連れ添うこととなった。
さて、この当時のマイルスのツアーは相も変わらず過酷なものであった。7月にはヨーロッパツアー、それから立て続けに8月中旬以降はアメリカツアーへと出る。9月には最期の来日、10月と11月には長期のヨーロッパツアーに出るという多忙ぶりである。リッキーが後年振り返っているように、開催地に滞在するのは一日や二日、それも入念なリハーサルに追われ、観光する余裕など微塵もなかった。このような過酷な条件であるから、睡眠をとることすら一苦労であったろう。全ては音楽のため、そんな思いが彼の寿命を間違いなく蝕んでいた。
このライブについては演奏時間70分、CDにすると一枚組である。一度のコンサートで2、3時間が当たり前の当時のマイルスとしては、これは極めて希少な事である。確かに如何に演奏が素晴らしかろうが、リスナーの集中力が維持できなければ何の意味もない。どれだけ《Wrinkle》で盛り上がっても、リスナーとしてはダルな気分のまま、全く気がつかないのである。そんなところでこの一枚組、音質もマスター級、お手軽に90年マイルスを聴きたくば是非ともお勧めしたい。

Live Paris in 1991

レーベル:Hi Hat
ソース:放送音源

Link,サブスク
決して振り返らなかった男が振り返った瞬間がある。それが公式盤『Miles & Quincy Live at Montreux』と、このパリにおける再会ライブである。
アルトサックスにはジャッキー・マクリーン、ソプラノにはビル・エヴァンスとウェイン・ショーター、テナーにはスティーヴ・グロスマン、ベースにはダリル・ジョーンズとデイヴ・ホランド、ドラムにはアル・フォスター、ギターにはジョン・マクラフリンとジョン・スコフィールドの二人、エレピとキーボードにはチック・コリアとジョー・ザヴィヌルとハービー・ハンコックという面子。おお、なんと眩暈すら覚える!この記念すべき会合、いつものマイルスメンバーだって居る。ケニー・ギャレット、リッキー・ウェルマン、リチャード・パターソン、デローン・ジョンソン、フォーリーの五人だ。
演奏曲目も錚々たるものがある。《All Blues》、《It's About That Time》、《Dig》、《Watermelon Man》、《Footprints》と時代ごとのメンバーで入れ代わり立ち代わり演奏が続く。知っての通り、媚びない男マイルスは過去の曲の演奏を求められようが、当人が満足せぬ限り、常に厳しくはねつけてきた。それが全く、こんなことがあってよいものだろうか!とはいえ《Perfect Way》や《Hannibal》といった「今」のセットリストも忘れてはいない。神輿に乗せられようとマイルスの視点は常に未来を見据えていたのである。
想えば彼の音楽家としてのヒストリーは常に、未来を見据える本人と、過去で縛り付ける世間とのぶつかり合いの歴史であった。常に走り続けるという意志は、同時に呪縛でもある。そうした軋轢に耐え兼ね、ついには音を上げてしまうこともあるにはあった。マイルス・デイヴィス65歳、ここでようやく「和解」できたのかもしれない。
彼は決して停滞していたわけではない。その事実はこの時期の単独ライブを、世間に溢れた偏見を毒出しさえすれば見えてくる。しかし彼は言った、「死ななければならないな」と。そう、振り向いてしまったからには死ななければならないのである。もっと言えば、避けられない事実が迫っていたために彼をそうさせたのかもしれない。避けがたい事実――そう、死である――と知らず知らずに向き合う時、人はどうあるのか、ここでのマイルスは我々に教えてくれているのかもしれない。  
グッバイ、マイルス!

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