【超短編小説】 透明人間
「もしも透明人間になったら、何をしますか?」という質問に思春期の頃の俺なら、邪な考えがいくつも浮かんでいたはずだ。
男子同士で盛り上がり、周りの女子からは《変態》と白い目で見られていたことだろう。
それがどうだろう。
30代半ばになった俺はそういうものにほとんど興味を示さなくなり、
「透明人間になったら豪華客船に乗って、世界中を旅してみたい」というフリーライダーに成り下がった。
そもそも語れるほどの恋愛経験などない。
合コンやマッチングアプリなどで話せるほどの武勇伝すらない俺にそんな質問をする方が間違っていた。
「何か薄っぺらいよな、お前」
そう言った同期の顔が今でも頭にこびりついている。
まさに、俺こそが透明人間そのものだった。
「ただ乗りって良いよね。自由って感じがする」
たった一人、そう言ってくれた人がいた。
それが彼女だった。
透明だった俺を赤く染めてくれた。
もし、あの質問を聞かれることがあったら、俺はこう答えるだろう。
「もしも透明人間になったら、俺を好きになってくれた人を愛します」と (fin.)