責任を曖昧にするには

責任を取ったこと、ありますか?「あるよ」と即答できる人って実はなかなか少ないんじゃないでしょうか。そもそも責任を取るって何をすればいいんでしょうか。誰かに謝りに行けばいいんでしょうか?私は社内政治で破れて左遷されたり、責任人事異動という形のものは見たことがありますが、「責任を取ったなあ」と思うような場面をみたことがありません。

昔の日本において武士が責任を取るというのはすなわち切腹の事で、死をもって詫びるという文化があったのではないでしょうか。それが美談なのか、それとも恐怖人事なのかはさておき、死にはせずとも今の日本にも同じような考えがあることは確かだと思います。

さて、責任を誰かに取らせないためにはどのようにしたらよいでしょうか。まず3つ基本的なルールがあると思います。
1.責任分界点をあいまいにする
2.リスクをとらない
3.何もしない

具体的な方法を3つ考えてみました。

1.たくさんの文書を作り、みんなに回す
誰か一人で決定すると責任分界点がはっきりしてしまいます。あらゆる事で文書を作成し、関わりのある人全員から印鑑を貰いましょう。人数は多ければ多いほどいいです。できあがった文書を見て、誰に責任があるのかわからない文書が一番効果的です。
また、間違えようのないことでも、担当している部署に確認しましょう。「俺は聞いてないよ」と言われたらその時点で責任分界点がはっきりしてしまいます。

2.断定しない
「~です。」という言い方は禁物です。「~では無いかと思われます。」「~である可能性が高いのではないでしょうか。」と言った、英語に翻訳しづらい表現でないと、揚げ足を取られる可能性があります。責任分解点がはっきりしますし、断定はあまりにもリスキーです。

3.前例を踏襲しましょう
新しい方法を選ぶことは、リスクを取ることになります。失敗したとき「何故そんなことをしたんだ!」と言われないためにも前例を踏襲し、「前例の通りやりました」という言い分を確保しましょう。

さて、こういう状況ではどういう人物が高く評価されるかというと
1.どんな些細な事でも一々確認し
2.聞かれたことにはすぐに回答せず「確認します」と回答を回避し
3.新しいことには否定的で前例で採用されている方法を好む
人物になるかと思います。こんなことしていて日々進歩していく科学技術やITテクノロジーの中にある世界を本当に生き残れるんでしょうか。

何が言いたいかというと、よくある会社の稟議書、打ち合わせに参加しても「上司に確認します」としか言えない方、新しい方法に否定的な上司というのは、全て「責任を取りたくない」という視点の元に行動しているのではないかという事でした。働き方改革というのが一時大流行しましたが、小手先のルール変更では基底にある問題の解決は難しいのではないでしょうか。


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