相手の嫌がることをしよう~J2第1節 栃木SC VS ファジアーノ岡山~

スタメン

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岡山が蹴り合いを申し込んだ理由

   全てのJリーグサポーターが待ちに待った2021シーズンのオープニングゲームの日。田坂監督になってからの栃木は、2019シーズンの終盤から昨季にかけて「ロングボール&ハイプレス」、「走力を全面に出して混沌を制す」、いわゆるストーミング路線でJ2リーグで確かなインパクトを残しているチーム。一方で昨季17位と思った成績を残せなかった我が軍ファジアーノ岡山。有馬監督体制の3シーズン目の開幕戦の出方は、誰が見ても分かりやすいロングボールであった。個人的には岡山がもう少し濱田や井上といったCBを中心に自陣でボールを持つ時間を作る⇒栃木の第一ライン(畑と松岡)から始まるプレッシャーとの攻防を予想していただけに、この展開は予想を裏切る展開だった。

   岡山としては、アウェイでの開幕戦ということもあって、中途半端なプレー(⇒繋ぐのか蹴るのか曖昧になって相手にボールを渡してしまう)で相手に流れを渡すことだけはしたくなかったのかもしれない。岡山は自陣でボールを持っても基本的に近くの選手に渡すのではなく、とにかく前に、敵陣に、加えて対角ではなく縦にボールを大きく蹴ることを意識していた。また栃木も、岡山から上田が加入したとは言え基本的にダイレクト志向のチームなので、お互いにボールを縦に蹴り合う流れで試合は推移していくことになった。

    岡山がここまで縦にボールを蹴っていく、ある種の割り切ったような形を選択したのは、開幕戦という独特なテンションや緊張感への対処もあったのだろうが、大きな理由としては「栃木のストロングポイントを出させないようにするため」という戦術的な理由が挙げられると思う。前者の理由だけならば、前半の半ば辺りから自分たちでボールを持って運ぼうとする挙動が見られてもおかしくないはずだが、そういった素振りは前半の立ち上がりを過ぎてもほとんど見られなかったので。

    ではここで言うところの栃木のストロングポイントとは何なのか。もちろん最終ラインを高く設定しての縦横のコンパクトさを維持して仕掛けられる、高い位置でのプレッシャー、そこからのトランジション攻撃である。ではそのストロングポイントを出させないようにするにはどうするか。一つは後方からのボール保持で栃木のプレスに直接的に対峙、栃木のプレスを剥がしてしまう形。そしてもう一つ、そして今回の岡山が選択した形でもあるのが、後方でボールを保持するのではなくシンプルに蹴ってしまうことで、栃木のプレスを空転させようとする形である。そんな岡山の思惑は一定以上奏功していたと言って良く、栃木はある程度低い位置から(⇒ミドルゾーン自陣~センターサークル付近)の守備を余儀なくされていた。

    後方からのボール保持ではなくボールの蹴り合いを申し込んだ岡山。速く送ったボールはその分速く帰ってくるという言葉があるように、ボールの蹴り合いとなった以上はなかなか展開が落ち着かず、特にミドルゾーンでのセカンドボールの奪い合いが優位に進めるかどうかのポイントになってくる。セカンドボールの確保自体は、そこまで岡山が高いというわけではなく、栃木がセカンドボールを確保してそこからサイドに運んでからの森や山本の仕掛け、そうして得た面矢のロングスローや上田のCKといったセットプレーから高杉がシュートに持ち込むというシーンも見られていた。では栃木が優位だったかと言われれば、決してそうではなかった。セカンドボールの攻防戦で岡山が強く意識していたと思われるのが「最初のプレーで栃木に前に進ませない」ことであった。

    岡山にとって非常に効いていたのが、CHで起用された喜山。セカンドボールの奪い合いによるピンボール気味のボールから栃木が前に進めようとするなかで、喜山はしっかりとボールの頭を押さえることで中盤のフィルターとして機能。そこにCHの相方の白井が加わることで、岡山はミドルゾーンの攻防を互角以上に進めることができていた。セカンドボールの奪い合いからの最初のプレーで栃木をスピードアップさせないことで、岡山は前の選手のプレスバックも十分に間に合い、濱田と井上を中心にした最終ラインも栃木の前線の選手たちの動き出しにも落ち着いて対応できていた。

ワントップの齊藤が導くサイド攻略の流れ

    シンプルなボールの蹴り合いというのはもう一つ側面があって、岡山も栃木も、ともになかなか確実性のある攻撃を行うことは難しくなるということである。そうなると攻撃を成立させるのに必要になってくるのが、ターゲットとなる前線が、相手最終ラインに対してどれだけ自陣からのボールを収めることができるか、ということである。この点で優位に立っていたのは岡山であった。栃木の前線のターゲットになることが多かった畑は、なかなか濱田に対してボールを収めることができていなかったのに対して、岡山の前線でワントップ起用された齊藤は、サイドに流れたり列を下りたり、動きを入れてからの得意の体術を使って上手く柳や高杉とのタイマンを外すような形でボールを収めようとしていた。

     齊藤の体術で一度ボールを敵陣で落ち着けることができると、岡山はサイドを起点に攻撃を進めていくようにしていた。右サイドは河野と木村、左サイドは徳元と上門のSB-SHのユニットに関わる形で前線の齊藤がサイドに流れたり、列を下りたりする動きを行う(⇒これはトップ下の宮崎も同様にしていることもあった)と、それに合わせてトップ下の宮崎やCHの白井が齊藤の開けたスペースに飛び出す動きを入れる。さらにその動きにSHやSBが走り込む形を加えることで、ペナ角の深い位置を突いて攻める形を見せていた。

    岡山の先制点は宮崎のPKだったのだが、そのPK獲得に至る流れはまさに前述した攻撃の流れそのものだったと言って良い。22分、斎藤が右サイドに流れてロングボールを収めた流れから、河野の斜めに入れたパスに齊藤が引いて受けてポスト→飛び出した白井がスクリーンのような形となり、同じく抜け出した木村がペナ角深くへ仕掛ける→木村の折り返しが面矢のハンドを誘ってPK、という展開であった。

   前述したようにどうしても確実性の高くないロングボール主体であったため、岡山の攻撃の回数自体は多くはなかった。しかし敵陣でボールを落ち着けることができたときの展開では、かなり高い頻度で相手のペナ内までボールを進める形を取ることができていた前半であったといえる。特に引いた動きを入れた前線の齊藤とそれに合わせて前線に飛び出すトップ下の宮崎の相互関係は、開幕戦にしてはなかなか良好で、上門だったり木村だったり、またはSBの徳元や河野だったり、岡山の他の選手の動き出しの良い見本になっていたと思う。

決まり手は岡山の5バックシフト

    前半はミドルゾーンからのスピードアップに苦慮していた栃木は、後半になってSHの森と山本を内側にポジショニングさせる4-2-2-2に変更。こうすることで栃木は中央の人口密度を高めて、セカンドボールの攻防戦で先手を取ろうとする狙いがうかがえた。また前半はサイドから面矢だったり菊池だったりがシンプルに放り込んでいたものを、一度上田や佐藤が受けて中央に繋ぐ形を見せるようになっていた。森にしろ山本にしろ松岡にしろ、栃木のアタッカーは中央の混戦を抜け出す巧みさがあるので、岡山にとっては前半ほどセカンドボールの奪い合いからの最初のプレーで栃木をスピードアップさせないことができなくなっていたのは間違いない。

    60分あたりで栃木が前線を矢野とジュニーニョに入れ替えてからは、さらに栃木は前にパワーをかけて攻めに出るようになっていた。それでも岡山はこういう展開になることは織り込み済みという感じで、低い位置での守備をパニックになることなく行っていた。右から攻めることの多かった栃木に対して上門がしっかり戻って、徳元とともに深い位置を取らせない。そして中央は濱田がまずターゲットとなる矢野に自由を与えず、井上と喜山が中央のスペースをカバー。ペナ内に送り込まれるボールは金山がしっかりと抑えていた。

   70分あたりの飲水タイムが明けたところで岡山は山本と阿部を投入(宮崎と木村が交代)、それと同時に濱田-井上-阿部の3CBにシフト。山本が前線、齊藤と上門のシャドーという3-4-2-1(5-4-1)にシステムチェンジを行った。

    このシステムチェンジはこの日の栃木にとって非常に効果的であった。中央の人員を増やした栃木に対して、特に後ろ重心の局面において人数をかけやすい5-4-1(⇒誰かが前に行ってもカバーする人数は十分にいるため)によって再び栃木のスピードアップを抑え込むことに成功。さらにこのシステムチェンジによって岡山は栃木の陣内にオープンなスペースを作ることにも成功させていた。栃木が右から攻め混もうとする分、岡山は前線の山本を左サイドに走らせるボールを入れることでカウンターを発動させる形を作っていた。

    75分に喜山が挙げた岡山の追加点、その直前の齊藤の決定機は、前半から見せていたサイド起点に選手の飛び出しを加えることでペナ角深くを攻略する形と、システムチェンジによるオープンスペースの発生が上手く組み合ったことによって生まれた形であった。左サイドに流れた山本が上手くボールを収めることで、左サイドの上門-徳元のSH-SBのライン、そこに運動量を生かして白井が関わることで左サイドから厚みのある攻撃を見せてペナ角深くから折り返し、逆サイドの齊藤や中央から喜山が詰めるという形をしっかり作ることができていた。

    2-0になってからは栃木が柳を前線に置いてのパワープレーを敢行するも、岡山はパウリーニョ、関戸とミドルゾーンの守備強化を図りつつ時間を進めていく。こうして岡山は最後まで守備の集中が切れることなく、クリーンシートでの逃げ切りに成功。岡山にとっては昨季どちらも逆転負けでのシーズンダブルを喫していた栃木相手にリベンジ成功となった開幕戦であった。

総括

・本文で書いたように「ハイプレスからのショートカウンターという栃木のストロングポイントを出させないための敢えて栃木の土俵に上がる形でのロングボール多用」という有馬監督の選択は、「今シーズンはこうやって戦います」的な新年の所信表明となりやすい開幕戦にしてはかなり対栃木を意識した、栃木仕様の戦い方に感じられた。勢いを付けるためにも開幕戦は絶対に勝ちたいという思いだったからか、昨季逆転負けでのシーズンダブルを喫したことがよほど腹に据えかねたのかどうかは定かではないが、岡山の選択は間違いなく栃木の狙いを外すことに成功したと言える。勝ったからの結果論と言われれば否定はできないのだが。

・そんな中でも攻撃面に関しては、今季の岡山の攻撃方針がいくつか垣間見ることができたとも言える。そもそもスタートフォーメーションとしての4-2-3-1が、しっかりと宮崎をトップ下にしたアタッカー3枚(宮崎、上門、木村)にワントップに齊藤が入る形になっていたのが驚きで、前の4枚のコンビネーションで前後のポジションチェンジ(⇒齊藤が流れたり列を下りたりする動きにアタッカーが飛び出す)を行って相手のマークを撹乱、そこにボールサイドのSBやCHも加わることでサイド~内側に切り込んでいってペナ角深くを攻略、深い位置からの折り返しに後方の選手や逆サイドの選手が詰めることでフィニッシュ、という形を作りたいのかなというのは数自体は少ないながらも、敵陣でボールを持ったときに複数再現されたその展開からうかがうことができたように思う。

・自陣からの展開は9割以上がロングボールだったこの試合。そのため自陣からどうやってボールを運んでいくのかということ、自分たちがボールを持って落ち着かせる展開になったときにそこから前線のコンビネーションでどう攻めていくのかということはまだまだ不透明。また第一ラインから高い位置でプレッシャーに行く守備の形がほとんどなかった試合(⇒ロングボールを入れての迎撃ベース)だったので、ボール保持と高い位置からの守備という要素が入ったときに攻守のバランスがどうなるのかは次節以降のチェックポイントになるのではないだろうか。本当の所信表明はホーム開幕戦に持ち越しなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

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