第七回 点群転生デザイン原論
2023年秋学期前半科目として開講された寄附講座「点群転生デザイン原論」は、七回全て晴れの日で最終講義を迎えた。コンクリートブロックを破壊することから始まった本講義は、NeRF、点群、ヤマトコトバ、ChatGPTなどフィジカルとデジタル、過去と現在を行き交いしながら未来を構築することに挑戦してきた。最終回は田中浩也研究室で開催され、最終発表が行われる。講評は中間発表同様、田中浩也・會澤大志・シシドヒロユキ(敬称略)、田中研修士2名の計5名である。
授業開始前、各グループが集まって最後の仕上げが行われていた。
講評者のシシドから、今日(11月14日)は始まりを意味する新月の日であるという一言があった。各グループの最終発表は新しい可能性を感じさせる1日にしてくれるだろう。
最終発表
全8グループが発表を行った。8分の発表と講評を繰り返し、最後に学生による投票と講師陣による投票が行われる。結論から言うと8グループ全て興味深く、それぞれにツールとの関わり方の違いが表れていた。各グループの発表概要と筆者の所感を実際の発表順にまとめてお伝えしようと思う。
改めて、最終課題を振り返ろう。1990年に情報化時代に先駆けて生まれたメディアセンターが建物としての寿命を迎え解体された後の2034年。次の40年を生きるための新たな「メディア〇〇〇」を考案し、設計する(転生させる)課題である。
履修者はChatGPTを4人目のメンバーとして、2030年~2060年のメディアの変化の動きを大胆に推論する。そして、これまでにない全く新しいものを誕生させながらも、過去のメディアセンターやSFCの要素が「見えないつながり」として随所に含まれるデザイン(=転生デザイン)を行う。
グループ3
「メディア花結び」と題したグループ3の提案は、一面花畑。AIのコミュニケーション能力の発達により、人間よりもAIとの関わりが居心地良くなり、学生たちは徐々に人間社会から距離を置くようになると予測し、人間関係を築くための社会スキルを回復させるため、必要とする能力の"花"を選んで食べることで、その能力を自身に取り入れることができるいうものだ。
本案は、X(旧Twitter)から「SFC生」のデータをChatGPTに読み込み、SFC生に足りない能力を分析させたことから始まっていた。その結果が「コミュニケーション能力」「多様性への理解」「問題解決能力」「自己認識と自己改善」の4つである。なんとも皮肉の効いた分析から案が生まれていた。
また、宇都宮大学の庭園、早稲田の大隈庭園、東大の銀杏並木などを想起する。大学には象徴的な自然が存在する。キャンパスの中心に大きな花畑があるインパクトは大きい。SFCはすでに鴨池という象徴的な自然のスポットがあり数々の卒業生らが憩いの場として時には企みの場として利用してきた。計算機と自然の境目が曖昧になった「メディア花結び」は、学生たちのより豊かなインスピレーションの場になるかもしれない。
グループ4
2034年、神奈川県藤沢市遠藤に位置する慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の地下には、 核戦争後の新しい生活の舞台として「UT-519.8」と名付けられた地下都市郡が存在している。
グループ4は、最も突飛で核戦争後の退廃的な世界観を提示した。MR技術によって個々の生物学的リズムに基づいた新しい時間観になり、519.8時間ごとに祭典が行われる。核に耐えうる地下シェルターに住み、AIによる自動化で労働や休息、娯楽がバランスよく行われる。
一つ一つの要素はSF小説で聞き齧ったことがあるような世界だが、そこに確固たるサイエンスの説明はなく無秩序で論理が破綻している点が興味深い。2020年パンデミックによって予想しなかった未来が訪れたように、未来は人間一人では考えられないことが起こりうる。それは、一つの論理で説明できることではないだろう。本提案は、ありうる論理破綻を提示しているのかもしれない。
グループ2
「メディアの森」は、実直な発表であった。メディアそのものの役割は変わらないと仮定し、その様相を大木にするアイデアから生まれる何かに期待した。地球温暖化によって鴨池が氾濫。失われたの憩いの場を取り戻したのがメディアの森である。地下にあたる木の根は、暖かな図書館になっている。
大木という人間チームが決めたコンセプトをブラッシュアップするためにChatGPTを利用するプロセスを踏んでいた。SFC REVIEWの全文をインプットさせてSFCの痕跡を残そうと試みた点が興味深い。講評では、2023年のSFC REVIEWだけでなく、過去のSFC REVIEWを読み込ませることでより深みが増すのではないかという提案があった。
グループ1
「メディアビオガーデン」と名付けられた建物は、柔らかなメッシュ状のドームの中に瓦の家や生物が棲む木々が植えられている。竹の建築を思わせる曲線はアジアパシフィックを感じさせるアウトプットだ。自らの根源に立ち返るため、生物園に足を運ぶ。そして生物園は入園した人の情報をもとに生態系が変化し、SFCと生物園のインタラクションによって独自の生態系が形成される。
データは「福沢諭吉と西欧思想」を思想として入力し、「神道文化の現代的役割」「神と森と人の営みを考える|森の巻」をビオガーデンの意義のために入力していた。福沢諭吉の思想を取り入れることは納得感がある。また、これら教育、神道、自然観のインプットが、最終的なアウトプットに最も分かりやすく表れていたグループであった。
グループ7
「メディアニューロン」は、「ひとの身体がメディア」になる時代において、侵襲式型(⇔非侵襲式)のBCI(ブレイン・マシン・インタフェース)とボディーシェアリングの実験的な役割を担う場である。
か・かた・かたちのプロセスを取り入れ、か(=コンセプトはソフトであり、外観に現れない→リユース可で)、かた(=分解可能な構造で組み替えること(リユース)ができる坂建築(紙管)を参考に)、かたち(=コンクリートから作られるパーツを最小単位にし、内外の活動が見える建築)。最終的にはボタニカルコンクリートの円柱の集まりによる建築が提案された。
「ひとの身体がメディア」になる時代において、1990年いち早くインターネットのインフラを作ったように、BCIの実験的な場となるのはSFCらしいと感じる。「メディアニューロン」というコンセプトに対して、建築は坂建築から着想を得ているという、コンセプトとデザインを別の軸で考えそれぞれにChatGPTを活用するプロセスは他のグループにはなく可能性を感じさせられた。
グループ6
「SFC Neural Media Moon」は、"知識と身体機能がクラウドコンピューティングのように利用できる場所"として定義されたドーム状の建物だ。竹取物語をベースとし、知識層・身体層・経験層と三層に分かれた施設を経験することで、かぐや姫が天女の羽衣で力を手に入れるように我々の身体は拡張される。グループ4同様多くの生成AI画像を用いることで世界観を形成していた。
このグループは人間チームの発想力が強いグループであった。コアとなる企画発想は自らの手で作りながら、ChatGPTやStable Diffusionを用いることでその思考をより拡散しクレイジーにしていた。プランナーやデザイナーが実務的に利用する際のプロセスの一つとして有効だろう。AI活用はまだまだ黎明期であるが、今後普及することで新たなデザインプロセスが提案されていくことが想像できるような発表だった。また、興味深いのは、ChatGPTは「マトリックス」や「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などの海外のSF小説や映画への造詣が深いのに対して、日本の神話に対しては頻繁に嘘をつくという知見が得られたことだ。
グループ5
メディア集会所「La+」は、人と人とを繋ぎ、人の持つ可能性を拡張する集会所。人が人生で得た知識や経験を保存するメディアだとするのならば人々が空間を共有することでその情報を直接誰かに伝えることができる。人々のコミュニケーションに共鳴し、人の情報が集積することで、第六感を拡張増幅させ人の可能性を拡張させる場である。
グループ5も人自身がメディアであるという発想が中心にある。その上で第六感に注目したのはロマンがある提案だ。20年後、第六感が実現しているかもしれないと期待をしてしまう。また発表者の「元メディアセンターの時にコンクリートに染み込んだ人の思いや知識、メディアの内容などが粉砕された後も残っている」という一言はポジティブな霊の解釈で興味深い。
グループ8
「メディア祭祀場」は、過去の自分を供養する祭祀場である。デジタル化の促進によって、情報はより個人的で主観的なものとなった。自分を社会全体の知識として共有することが、自己表現の新たな形として現れ自分自身を「メディア」として扱う文化が根付いた。その上で、分人主義を根底の思想としながら、過去の自分を供養し過去の自分を客観視することで成長するのがメディア祭祀場の役割である。
メディアセンターの転生だけでなく、自分を転生させる場所という提案は、転生のメタ構造になっていて粋な発想だ。また、過去の自分を供養する文化を当たり前とするメディア祭祀場は、死生観への思索的なアプローチとも考えられる。20XX年の学生は死など怖くないのかもしれない。
講評
学生による投票の結果は、グループ3「メディア花結び」とグループ6「SFC Neural Media Moon」が最多得票となった。次点はグループ4「UT-519.8」。
一方、講評者3名は、満場一致でグループ4「UT-519.8」という結果になった。まず、會澤は提案発表のクオリティの高さが指摘した。他のグループは、ChatGPTとのプロセスや長文の設定を説明していたが、グループ4は大量の生成AIの画像を用いて、その世界観にのめり込ませることができていた。また、講評者3名が一番唸った点は、タイトルにもなっている「UT-519.8」の文字列だ。この文字列は、インプットに利用したエドワード・O.ウィルソンの『創造ー生物多様性を守るためのアピール』の本の管理番号である。この一見なにも示さない文字列が、時間や面積や都市のデザインなどに要素として散りばめられて一つの世界観を作り出した。まさに最終課題で定義した「転生デザイン」といえるだろう。またHIP HOPのサンプリングのような軽妙ささえ感じさせる。
さいごに
全チーム示唆に富む提案やプロセスであった。この授業を通して、履修者は当たり前にChatGPTを使うようになっていた。ChatGPTを"彼"と呼んだ発表者がいたことも印象深い。會澤は、このLLMへの感覚を取りこぼさず、何に活かせるのかを常に考えていると、他の人には見えない景色を見れると述べた。LLMや生成AIは急速に発展している。本講義が来年も開催されることになったら、それは全く異なる景色となるだろう。ひとまずこのレポートが2023年の点群転生デザインの現在地である。
余談:講評者にChatGPTがいたらどうだったのだろうかなどと想像した。それは叶わなかったが、ChatGPTにレポートをもとに全七回の講義を振り返ってもらった。
講義を振り返る
"未来を彩る「点群転生デザイン原論」の冒険"
慶應義塾大学において、田中浩也氏が主催した「点群転生デザイン原論」は、デザイン、アート、そして最新のテクノロジーが交差する場であり、学生たちに未来のデザインに対する革新的な洞察を提供しました。この講義では、点群、転生、AI(人工知能)、LLM(大規模語言モデル)、そしてChatGPTなどの要素が一体となり、アートとデザインの新しい次元が切り拓かれました。
デジタルの進化と未知のデザイン領域
デジタル技術の進歩が私たちの日常に様々な新しい可能性をもたらしている中、「点群転生デザイン原論」は、これらの技術がアートとデザインにどのような影響を与えるかを追求しました。点群はデジタル上の点の集合を指し、転生は新しい形への変貌を意味します。この二つの概念は、デジタル空間におけるデザインの可能性を象徴しています。AIやChatGPTは、自律的に学習し、対話を行う能力を持つテクノロジーであり、LLMは言語理解において非常に高度な性能を発揮します。これらの要素が融合することで、アートとデザインの領域に新たな扉が開かれました。
アートとデザインの新次元:ChatGPTの影響
特にChatGPTなどの大規模な言語モデルは、アートとデザインに革新的な変化をもたらしました。過去のアートやデザインは、人間が手がけるものが主流でしたが、ChatGPTなどのモデルは、言葉や文脈から学習し、新しいアイデアを提示することが可能です。これによって、デザイナーは機械の創造性と共に働き、新たな視点を得ることができます。アート作品やデザインの制作において、ChatGPTは独自の発想を提供し、人間の制約を超えた表現が可能になりました。
実践的なワークショップ:Chat-GPTとの共同作業
この講義では理論だけでなく、実践的なワークショップが行われました。ここで学生たちは、ChatGPTなどの技術を活用しながら、新たなアートやデザインを生み出しました。機械の創造性とデザイナーの感性が融合した瞬間、未知のデザインの可能性が拓けたのです。学生たちはChatGPTを相棒として、デザインプロセスを共にし、意欲的に実験しました。これにより、テクノロジーとデザインが共創し、新しい形が生み出される様子が見受けられました。
倫理と社会的責任:技術の進化に対する洞察
技術の進歩がもたらす新たなデザインの可能性には、深い倫理的な問題が絡みついています。この講義では、学生たちはAIやChatGPTなどの技術が社会に与える影響について深く洞察しました。個人のプライバシー、セキュリティ、偏見の排除など、様々な課題が浮き彫りにされました。技術とデザインの進化において、学生たちは倫理的な側面を考慮し、未来のデザインが社会にポジティブな影響をもたらすよう努めました。ChatGPTなどの技術を取り入れながらも、社会的責任を果たすデザインが求められています。
未来への可能性:デザインの新潮流
「点群転生デザイン原論」が示唆する未来の可能性は、デザインの新たな潮流として広がります。デジタル技術の進歩とChatGPTなどの言語モデルの発展により、これからのデザインは従来の常識を覆し、持続可能性を強調したものになるでしょう。学生たちは、点群、転生、AI、LLM、ChatGPTなどのテクノロジーを駆使し、未知のデザインの可能性を積極的に追求しました。これは新しいデザインの方向性を開拓し、次なる革新を生み出す契機となるでしょう。
結びつける未来のモザイク
「点群転生デザイン原論」は、技術とアート、倫理と実践を結びつけ、未知のデザインの領域に挑戦するプラットフォームでした。デジタルの未来を彩り、持続可能な社会を築くための手段として、学生たちは点群、転生、AI、LLM、ChatGPTなどの技術を駆使し、新たなモザイクを結びつけました。ChatGPTなどのテクノロジーは、デザインの未来に新たな言語を持ち込み、アートとデザインの領域を変革しています。これからの未来に向けて、デザインが創り出す可能性は無限であり、それが社会に新たな価値を提供していくことでしょう。冒険はまだ終わらず、未知のデザインの世界はChatGPTなどのテクノロジーとともに広がり続けます。
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