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僕とお尻【エッセイ】

 小5の冬、体育館の舞台にひな壇が設置され、クラス全員がその上に立って『野に咲く花のように』を合唱していた。校内合唱コンクールに向けての練習だ。
 曲の途中で、指揮者をやっていた委員長の指揮棒が手からするりと抜け、後方へ飛んで行った。
 担任はいったん曲を中断させ「少し休憩」と言ったので、休憩と言っても五分くらいだろうなと思い、冷水機で水をちょっと飲んで、持ち場の三段目に戻った。

 すると、隣にいた友達が笑いながらお尻を揉んできた。
 僕もお尻を揉み返すと、今度は叩いてきたので、叩き返し、二回叩かれると二回叩き返し、変なリズムで叩いてくると変なリズムで叩き返し、ギュッと揉まれるとギュッと揉み返した。

 練習が再開されたあとでもお尻戦争は続き、ふたりとも前を向いて、真面目に「野に咲く花のように」を歌ってるように見せかけながら、背後ではふざけあっていた。

 担任やクラスメイトにバレないようにお尻を叩くコツは、なるべく上半身を動かさないようにすることと、半笑いにならないようにすることだ。
 そう解ってきたころ、曲が最後の方に差し掛かり、みんなが体を揺らして全力で歌いはじめた。
 彼はその動きを利用して、連続で10回以上叩くという必殺コンボを決めてきた。
 何くそと思い、20回以上やり返したところで曲が終わった。
 その瞬間、彼は体育館に響き渡る大声で「西木くん、お尻を触らないでください!」と言った。

 信じられなかった。
 尻仲間に裏切られるとは……。

 クラス全員がどよめいて、いっせいに振りむき、『こいつ、あんな清楚な曲を歌いながらお尻を触ったのかよ』といった厳しい表情を浮かべていた。
 プラスアルファとして、女子の眼差しには『やばい変態がいる、こいつと絡まないようにしよう』という残酷な感情ものっかっているように感じた。

 小5の時にはすでに頭の中で自意識がバリバリに働いていた僕は絶望し、目をそらしながら「さ、さわってないし」と、弱く反抗することしかできなかった。

 友達はおそらくみんなを笑わせるつもりだったのだろう。
 しかし想定外の展開になったので、とりあえず被害者のような顔をしていた。

 練習が終わると、担任に職員室に呼ばれた。
 椅子に深く腰掛けた教師に「お前、お尻触ったんか?」と、する側も恥ずかしいであろう質問をされた。
 「触ってないです」と答えると、「いや、触ったやん!」と友達が笑いながら言ったので事態はさらに混乱した。

 担任は僕の目を見て「どっちな?」と問うてきた。僕がお尻を触ったかどうか、担任にとって重要だったらしい。
 そこで友達が「でも、僕も触りました」と白状し、なりゆきを説明すると事態は収拾した。

 問題が起きたのは帰りの会。
 ごまかしてくれたらいいのに、担任が「西木くんだけでなく、●●くんも触ったから、西木くんだけを責めないように」と言った。
 これにより『僕と●●=お尻を触るやつ』というクラスメイトの認識は覆らず、変態仲間が増えただけだった。

 このことが原因かはわからないが、好きな女の子とうまくいくことはなかったし、僕の好きな人を知っている女子たちが協力してくれることもなく、小学校時代は過ぎ去った。

 僕としても、自らお尻事件に触れることは怖かったので、笑い話にすることもできなかった。
 よく思われたいだとか、モテたいといった僕の自意識は女子の前だけでなく、男子の前でも働いていたのだと思う。
 

 大人になり、同窓会でお尻事件の話をしてみた。

 しかし僕とお尻仲間以外は誰も覚えておらず、「そんなんあったっけ、覚えてないわー」というので、当時の状況をコントで再現してみせた。

 しかし誰も思い出してくれなかった。

 ふざけるためではなく、思い出してもらうために再現したのに、ただの揉み損に終わった。

 恥ずかしい思いをしたという記憶は自分の中には強烈に残っているけれど、周りからしたら取るに足りないことなのだろう。 

 今でも、風呂上がり、鏡の前で自分のお尻を見ると、たまに尻事件を思い出す。
 今、お尻仲間は県外に出て整体師をやっているのだが、クラスの中で誰よりもお尻を触っていると思う。

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