第5回 フルーガルイノベーション拠点としての「新しい寺子屋」:株式会社博報堂 岩嵜博論さんへのインタビュー(前編)


慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第5回目では株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局にて企業活動を推進している岩嵜博論さんにお話を伺いました。


「ものをつくる」から「働き方をつくる」へ拡張するFAB社会

水野:本日は過去3年間ご参加いただいたFAB社会についての検討会である、FAB地球社会コンソーシアムのデザインインクルージョンでの活動をふまえて、お話をうかがいたいと思います。
まず最初に、総務省のFAB社会の展望に関する検討会を含め約6年間活動を行った所感として、現在のFAB社会は一体どのようなものだとお考えか、お聞かせください。

岩嵜:社会に大きなインパクトを与えたのは、CtoC市場の拡大でしょう。ライドシェアやネットフリマのように、個人間でやり取りをする市場経済の形が顕在化してきているのは大きな変化だと思います。次に、こうしたマーケットプレイス領域の中で新たなビジネスが生まれています。たとえば、民泊プラットフォームビジネスとして自宅を貸し出して収益を得ることもできるようになっていますよね。またこの結果として、個人はもちろん企業や社会が副業を推進する機運が高まってきています。企業は社員に社外で様々なインプットを得てもらい、それを最終的に社内に還元してもらう、という位置づけで副業を推奨しています。社会としては、1億総活躍や人生100年時代の文脈から、60代での退職を前提とせず活躍し続ける人生のあり方を打ち出しています。このようにここ数年の明らかな傾向として、フォーマルなワークとは別のインフォーマルなワークが明示化されてきています。
FAB社会における議論の焦点は、最初「ものをつくる」ところにあり、そこからどのように市場経済と接続するかが問われました。そしていよいよサービスのように、ものだけではなく価値をどのようにつくるかが考えられています。その具体的な市場経済との接続が、副業の活発化などに現れているのだと思います。つまりFAB社会を「もののつくり方」の領域だけではなく、個人が価値をどのようにつくり、市場経済にどのように流通させ、次の活動にサステナブルにつなげていくのか、という「モデルのつくり方」まで広げて捉える必要があると考えています。
つまり3Dプリンターで簡単にものをつくれるというわかりやすい入口から始まり、マーケットプレイス領域で自分で自分の身の回りのものを売り買いするような1to1の取引が一般化してきた流れだったかと思いますが、今後はコミュニティの文脈から、ものを小集団で一緒につくってマーケットプレイスと接続していくようになるのではないかと思っています。ものづくりが人と人をつなげることが今後出てくるのではないでしょうか。

フロー化する消費と学習機会の増加

水野:ものづくりによるコミュニティは目に見える形だけでなく、思想としても進化していると思います。たとえばシェアエコノミーのように、共有を前提とした社会の考え方が広がっていますよね。
「共有」は象徴的なキーワードで、もはや商品や所有権のシェアだけでなく、ソーシャルメディアを介した情報の共有自体が価値を持つことまで含んでいます。その結果、情報の即時伝達による瞬発力のある商品が注目され始めました。たとえばソーシャルメディア上で影響力を持つモデルやディレクターが監修した商品が、専門家としてのデザイナーがつくったものよりも売れる、すなわち共有前提社会においては非専門家も強い影響力を持てる現状があると思います。
このような状況をふまえて、岩嵜さんは「所有と共有」を一つの切断面としたとき、2012年から現在までどのような変化があったとお考えですか。

岩嵜:「所有と共有」は対立項ではなく、それらがフローとして存在しているのだと思います。ネットフリマでは買い手にも売り手にもなれるので、買ったものを短期間保有してもう一度売ることが一般化してきています。ここではもはや、所有か共有かは曖昧になり、物事がよりフロー化しているといえます。そうしたフロー前提のもの、購入の裏にすでに売ることが存在する消費の形がありますよね。たとえば、リセール率の高いハイブランド品のほうがノーブランド品よりも実質的なコストが安い、といった不思議な状況も起こっています。こうした「フロー消費」とも呼ぶべき状況が起こりつつあるのは面白く、たとえば車においても、CtoCで車を貸し借りするサービスがあり、保有車をCtoC市場で貸し出すことで保有コストを下げられるようになってきています。その延長で、一人で何台も車を保有して様々な人に貸している事例もあります。このように、もはや保有という従来のモデルは崩れつつあるのだと思います。

水野:ご指摘されたフロー消費はフィジカルなものが前提でしたが、GitHubのような情報空間でのやり取りも増えていると思われます。そこでは、オープンソースのように形のない情報だからこそできるフローの加速もある思います。
こうした情報社会におけるフロー消費に関して、特に注目されているものはありますか。

岩嵜:まず思いつくのは動画共有プラットフォームを使ったコンテンツの流通ですね。個人に近いクリエイターがコンテンツをつくり、世の中に流通し、ミームのように派生していくモデルが前景化しています。さらにいえば、こうしたプラットフォームを通じてインタラクションが世の中に浸透していったと思います。

水野:動画クリエイターになるための学校が現実空間に出てくるなど、情報と物理空間が分かちがたくつながり、相互に影響を与えながらフローを形成する流れが顕著になっていると思います。それは「Academany[1]」と総称される多様な遠隔教育モデルの隆盛にも表れているかもしれません。オンラインで授業を受けつつ、ローカルなファブラボで実際にものをつくる、すなわちグローバルな教育を行いつつも利益がローカルに配分されるモデルが構築されているわけですよね。

岩嵜:学習機会が増えているのは重要ですよね。オンラインの数学の授業をアフリカの子供が見て勉強する、といった学習機会のアクセシビリティの向上と多様化はFAB社会の一つのキーワードでしょう。人生の最初の20年間だけ教育を受ける従来のモデルが変わり、途中で教育を受けながら自分のスキルを絶えずアップデートすることが大事になっています。そのため、教育ツールの流通はFAB社会における「エンパワメント」を語る上で重要な切り口だと思います。

フルーガルイノベーション拠点としての「新しい寺子屋」

水野:ここまで様々なFAB社会の動向についてご指摘いただきました。動画共有プラットフォームの隆盛や消費のフロー化、オンライン学習とローカルでのプロトタイピングの組み合わせによる生涯学習や遠隔地学習。これらはすべて「エンパワメント」というキーワードを介して消費者という受動的な存在がより能動的で主体的な存在になろうとする理念的な背景があると思います。
主体的な存在としての消費者、すなわちユーザーやシチズンと呼ばれる人々が活躍する次のFAB社会に向けて、やってみたいプロジェクトなどありますか。

岩嵜:これまでは大都市のような「人・モノ・金」が集中する場所で新しいものが生まれやすいメカニズムがありました。しかしFAB社会においてはいろいろな形でスキルを習得できますし、マーケットプレイスを使えば価値の創出や伝播も比較的容易に可能です。そう考えると「人・モノ・金」のない地方でも新しいものが生まれうると思います。こうしたイノベーションがどのような形で大都市圏に逆流したり、世界に広がっていくのか興味があります。

水野:地方からの発信、いわばフルーガルイノベーションの可能性が広がるわけですね。それらの前提となるのがプラットフォーム型で、かつ個別固有の地域や課題を対象としたサービスなのでしょうか。

岩嵜:まず、プラットフォームのようなスケーラブルなものはありうるでしょう。同時に人の有り様も「トライブ型」になっていくのではないかと思います。多様な小規模グループそれぞれがマーケットとなり、人と人がつながっていくわけです。

水野:グローバルな流通を前提とした巨大プラットフォームか草の根運動かの対立ではなく、グローバルなネットワークを乗りこなす草の根運動が出てくるだろうと。そこでは単なる草の根ではなく、ある程度の数を有する母集団として「トライブ」をイメージされているわけですね。
仮にマスからトライブへ向かう動きが起こり、地方から突出した人が登場する社会をイメージしたとき、実際に彼らがプロジェクトを実現するに当たって、どんな課題が考えられるでしょうか。

岩嵜:まず根源的な課題として、人々のクリエイティビティをどのように解き放つかが挙げられます。解き放たれた先を支援するツール、すなわちイネーブラはたくさんあるはずですが、最初のアイディアを出して仲間を集めて始めてみる、といったクリエイティビティや行動力の基盤が整っていないと思います。

水野:和をもって尊ぶ従来の日本の考えに根差す限り、突出することは難しそうですね。人が思いつかないことにこそ価値がある、と考えられることが創造性を解き放つ一歩かもしれません。

岩嵜:この課題は大きく2つに整理できるでしょう。まず、クリエイティビティを解き放つための方法論をいかに構築し活用できるか。第2にそれを許容する雰囲気や風土をいかにつくるかです。

水野:では岩嵜さんが現在所属している組織においてその課題を実際にクリアするとしたら、どのような手段が考えられるでしょうか。

岩嵜:僕は地元の滋賀でも活動しており、以前デザイン思考のワークショップを行った結果、非常に大きな反響をいただきました。そこで気づいたのが、これまで発揮する機会がなかっただけで、みなさん解き放つためのクリエイティビティの素地はあるんです。最初の一歩をワークショップで提示するだけで、多くの人に「こんなことやってもいいんだ」と思ってもらえたという手応えがありました。そう考えると、このようなワークショップの機会をつくるのは一つの手段になるでしょう。
次のステップとして最初に始めた人がつくった象徴的な事例を地域の中で広められると、それが起爆剤となってみんなが真似をし始めると思います。そのときにソーシャルメディアやコミュニケーションの役割が強く出てくるでしょう。つまり地域のメディアをどのように再構築するかが重要になる気がしています。もちろんすでにソーシャルメディアを使ってやっている人はいます。しかし、地方においてはリーチの範囲が限られるため、より多くの人のメディア・アクセシビリティを確保しつつ、象徴的なケースを広めていくにはどうすべきかを考えています。そこではオールドメディアの有効活用も重要かもしれません。

水野:従来の地方発信のメディアでは、地方紙やウェブをつくって消費を喚起する観光体験や食品、伝統産業を伝える、都市圏生活者指向の戦略が一般的かと思います。さらに、温泉巡りのように、日本中に散在する資源を特定の趣味関心を持つ人々に向けて発信するような戦略もありますよね。
しかし、いまのお話の焦点はローカルコミュニティにあり、その中でいかに情報を拡散するか、メディアへのアクセシビリティを確保するかという点において興味深いと思いました。

岩嵜:先ほどの教育機会の増加と結びつければ、新しい寺子屋をどうデザインするかという言い方もできるでしょう。つまり再学習の場であると同時に、その結果生まれた象徴的なケースを伝播する拠点にもなっているわけです。こうした場をどうリデザインできるかが、次のチャレンジかもしれません。

水野:非常に面白いお話ですね。広告代理店が、いままで直接的な関係性を持たなかったイノベーション支援の文脈と意外な形でつながるかもしれないですね。企業広告を打つだけではなく、ローカルメディアを利活用して地域全体の活性化を図る、という新しい役割が生まれるわけですね。

岩嵜:地方の人に情報伝達するための新しいコミュニケーションの場を構築するのは、一つの役割としてありうるかもしれませんね。

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岩嵜博論(いわさき・ひろのり)
株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局
部長 / ストラテジックプラニングディレクター
博報堂において国内外のマーケティング戦略立案やブランドプロジェクトに携わった後、近年は生活者起点のイノベーションプロジェクトをリードしている。専門は、新製品・サービス開発、新規事業開発、UX戦略、ブランド戦略、マーケティング戦略、エスノグラフィ調査、プロセスファシリテーション。著書に『機会発見――生活者起点で市場をつくる』(英治出版)などがある。
[1] Academany
- オンラインの講義とFabLabをはじめとした各地のクリエイティブスペースとの連携によって、先端的なファブリケーション技術の基礎を学習できる遠隔教育プログラム。デジタルファブリケーションに関連するFab Academy、合成生物学に関連するBio Academy、二者の技術を前提とした先駆的ファッションおよびテキスタイル開発に関連したFabricademyから成る。
http://academany.org 

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