第6回 「メタ」と「ディティール」を往来する新しいデザイナー: 株式会社博報堂 岩嵜博論さんへのインタビュー(後編)

慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第5回目では株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局にて企業活動を推進している岩嵜博論さんへのインタビューの前編として「フロー消費」「フルーガル・イノベーション」等のキーワードと共に、現在に至るまでのFAB社会のあり方や、2018年現在実現できているサービス等について伺いました。

連載第6回目はインタビューの後編です。

企業活動のエコシステム

水野:5〜10年先のFAB前提社会においては、どのような企業活動が必要だとお考えでしょうか。そして、その活動にはどのような価値の創出が要請されると思われますか。

岩嵜:まず企業活動のサステナビリティが挙げられます。これはハードにおいては資源と廃棄の縮減ですが、ソフトやサービスの要素が加わることで、ハードを変えずともソフトの更新によってサステナブルに利用し続けられる関係性が明確化してくるでしょう。

水野:岩嵜さんのイメージですと、環境レベルでのエコシステムとビジネスにおけるエコシステムが組み合わさり、循環する環境経済システムが構築されるわけですね。

岩嵜:パソコンやスマートフォンでは実現されつつありますよね。ハードを短期間で使い捨てるモデルから、ハードは同じでもソフトの更新可能性によって付加価値がついていくモデルへ、様々な製品が拡張していくと思います。またこうしたサステナブルな製品は当然購入頻度が下がるので、それを補完するビジネスモデルが求められます。サブスクリプションのように、ソフトの更新におけるビジネスの機会をどのように定義するかが問われるでしょう。第2にシェアリングエコノミーを前提としたモノやサービスを企業が提供し始めると思います。たとえば、すでにシェアラブルな自動車を提供するメーカーが出てきていますし、住宅メーカーが民泊用システムを備えた住宅を売り出すなども十分考えられます。第3にエンパワメントを支援するサービスが出てくる可能性もあるでしょう。人々のクリエイティビティを支援するサービスや、半完成状態で最後の一手間はユーザーが加えるといった商品がどんどん拡張していくと思います。たとえば、ミールキット[1]もこの文脈で理解できるかもしれません。計量などの面倒がなく見栄えも良いのでつくっていて達成感があります。いままでと違った形で料理の楽しみを提供し、次のステップへ促すサービスともいえるでしょう。このようなイネーブラとしてのサービスや製品が拡張する可能性はあると思います。

水野:3つの可能性をお話いただきました。まずサステナブルデザインのエコシステムについて。次にシェア前提のモノやサービスの開発について。これはハードの購入頻度低下に対する新たなビジネスモデルとも呼応しているでしょう。特に気になったのが3つめの、受動的な消費ではなく、未完成状態のものを自分で完成させる達成感がサービスに含まれてきている点です。これはアルゴリズミックデザインの一種としても理解されうると思います。つまり人々のクリエイティビティを支援する際に、先ほどおっしゃっていたワークショップのような人力ベースに加え、コンピュータベースの可能性が出てきているわけです。また安全性の観点から、製品ごとにどこまで企業が管理するか議論する必要もあるかもしれません。このように、クリエイティビティ支援にはどのようなジャンルや可能性が存在しているとお考えでしょうか。

岩嵜:ストレートな回答はクリエイションのためのツールでしょう。たとえば3Dデータをアシスト付きで簡単につくれたり、モジュールの組合せでAIを使ったサービスをつくれるなどがありうると思います。もう一つは先ほどのミールキットのように、やりたいことを経験とともに学習するプログラムやサービスが考えられます。人々の理想や願望をアシストするサービスが出てくるわけです。

水野:そうしたアルゴリズミックサービスでは、やはり安全性を確保した中でしか考えられないのでしょうか。

岩嵜:安全性はハードウェアにおいては非常に厳密に求められてきましたが、ソフトやサービスにおいてはそれ以上に、新たに考えるべき課題が出てきている印象があります。一つの解決策はリスク分担を消費者と企業側で行うということでしょう。たとえばインターネットやソフトの利用規約のように、契約の中でリスク分担を明文化する形に落ち着くのではないかと思います。


「メタ」と「ディティール」を往来する新しいデザイナー

水野:こうした企業活動が出てくるであろうFAB前提社会において、岩嵜さんが現在お持ちのスキルはどのように活用できる、あるいはどんなスキルが新たに必要だとお考えでしょうか。たとえば実装に関わる職能が非常に多様化しているため、それらを統括的に管理するメタなデザイナーが求められている現状がありますが。

岩嵜:メタな視点をどのように持つかは重要だと思います。アクターネットワーク理論のように様々なステークホルダーをイメージでき、その関係性をリデザインできる力が大切になるでしょう。
僕の個人的な考えとしては日本にはいまだ一億人レベルの人口があるため、その一億人をいかにイネーブルできるかも重要な挑戦だと思います。先ほどのクリエイティビティを解き放つことにもつながりますが、どんな人にでもできることがあるはずですよね。本人がそれに気づいて動き、その結果新しいものが生まれていくフローをどのようにつくれるか追求したいと思っています。そう考えると、場そのものをデザインするプラットフォーマーの能力も必要だし、それだけでは動かない人に寄り添ってコーチングしたりやってみせたりする実装に近い能力も必要になってくるはずです。このあいだを行き来できることこそが、新しいデザイナー像なのかもしれません。

水野:抽象と具象、会議室と現場を行き来しながら多様な利害関係者のあいだを取り持っていくイメージですね。

岩嵜:大きく3種類、場の構築ができる・寄り添ってコーチングができる・ときには自分でやってみせられる、マルチレイヤーにこれらのあいだを行き来できることは重要でしょうね。それぞれの分野において専門の人たちにおよばずとも、ディティールとメタの両方がわかることは大切になってくると思います。

海外のインタラクションデザイン分野では、多くの人が様々なデザインの専門を横断的にやっていて、日本にはあまりない特徴だと感じました。これは彼らがメタなデザインの視点を持っているからこそできるわけです。ディティールのデザインはメタな思考からの派生であり、こうしたメタとディティールのデザインを横断できる人が日本においても出てくるといいなと思います。なによりデザインのディティールはメディアが変わると大きく変わりますよね。たとえば、スマートフォン時代のインタラクションデザイナーはPC時代とは全くボキャブラリーが異なります。さらにこれから音声中心のインタラクションが主流になったり、VRのような環境埋め込み型の表現が出てくるかもしれません。そのようにメディアとともに変化するディティールに左右されず、領域横断的に考えられる存在が新しいデザイナーなのだと思います。

水野:先ほどアクターネットワーク理論の話が出ていましたが、多様な利害関係者の記述は介入前あるいは介入後においては可能ですが、介入中の動的な生成過程を記述するのは難しいですよね。こうした動的な関係性を描くためのメタとディティールのあいだをつなぐプロトタイプは、はたして可能なのでしょうか。

岩嵜:デザイン思考においてもメタとディティールの行き来はカバーされていません。メタな空間を考えるための方法論も現状存在せず、メタな視点をどう育むか、メタレベルにおけるクリエイティビティがどう形成されるのかは重要な議論になっていくと思います。これはいま盛んに議論されているリベラルアーツとも接続するかもしれません。

水野:デザイン思考がもともとディティールに寄った考え方であった反省から、メタとディティールのあいだのあり方を考えるべきだと。たとえば社会システム自体を考える非常にメタな視点から、企業活動の予測不能な点を思索し、実際の具体的な製品開発へと至る各段階の行き来かもしれませんね。
では最後に、未来の企業や個人の立ち位置はどうなりうるとお考えか、その展望をお聞かせください。

岩嵜:企業のあり方も大きく変わると思います。これまでの大企業の成長は「人・モノ・金」のリソースが集中する利点によるものでした。たとえば製品に価値をつけるために大きな工場が必要であるといったことです。しかしFAB社会において「人・モノ・金」を集中させなくても生産可能になってきているため、中小企業が現在の大企業と同じあるいはそれ以上のインパクト持つようになってきています。もしくは大企業が、自分自身をいくつかの中小企業に分割することも起こるかもしれません。そうしたダイナミズムの中で様々な境界がなだらかになった世界がありうると思っています。個人と企業の境界も曖昧になり、どこまでが個人でどこからは企業なのか断定できなくなるわけです。そうすると現在の一個人が一企業にすべての時間を捧げる状況が変わり、副業的に自分の時間を切り分けながら活躍するといった企業と個人の関係がつくられるかもしれません。


> 前編はこちら

岩嵜博論(いわさき・ひろのり)
株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局部長 / ストラテジックプラニングディレクター
博報堂において国内外のマーケティング戦略立案やブランドプロジェクトに携わった後、近年は生活者起点のイノベーションプロジェクトをリードしている。専門は、新製品・サービス開発、新規事業開発、UX戦略、ブランド戦略、マーケティング戦略、エスノグラフィ調査、プロセスファシリテーション。著書に『機会発見――生活者起点で市場をつくる』(英治出版)などがある。
[1] ミールキット
- 献立を調理するのに必要な材料一式がセットされた製品。カット済みの肉や野菜、調味料など人数分の材料と、レシピが同梱されている。
食材を切ったり計量したりする手間を省き、調理がすぐに始められるようになっているのが特徴。料理キット、半調理キットなどとも呼ぶ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?