第2回 「FAB前提社会」と「働き方改革」との結節点:株式会社オカムラ 庵原悠さんへのインタビュー(後編)

慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第1回目では株式会社オカムラのフューチャーワークスタイル戦略部所属の庵原悠さんへのインタビューの前編として「副業化」や「ワーク・インライフ」等のキーワードと共に、現在に至るまでのFAB社会のあり方、2018年現在実現できているサービスなど等を中心に伺いました。

連載第2回目はインタビューの後編です。

「FAB前提社会」と「働き方改革」との結節点

水野:そうした社会全体の変動をふまえて次の質問をうかがいます。5〜10年を目処に、近く到来するFAB前提の日本社会において、庵原さんご自身はどんな活動が必要とされ、いかなる新しい価値創造につながるとお考えですか。

庵原:興味深いのは、オフィスでいま話題の「働き方改革」の文脈です。これが実はFABやコ・クリエーションと接点を持つのではないかと思っています。まず先ほどお話したように、既存の会社組織の中でオープンイノベーションやFABを機能させるには、構造自体を変える必要がある。これはつまり働き方改革ですよね。またそもそも、働き方改革を実行する上では、オープンイノベーションやオープンプラットフォームなどを前提にこれからの社会を考えないといけない。このように、弊社の大きなミッションでもある働き方改革とFABに接続点が生まれてきているのは面白いところだと思います。
そこで重要な観点の一つになるだろうなと思うのが、副業の一般化です。個人は副業としてFABを用いて自分たちの中に生かしていく、一方会社はそうした個人のリソースをうまく活かしていく。その一つの可能性が、R&D部門からアクセラレーションへの動向なのだろうと思いますね。

水野:日本で現在、働き方改革が注目されている背景には、電通での自殺や公立小中学校の教員過労、シルバー人材の酷使といった様々な問題が存在すると思います。そんな中で、自分の働き方や生き方を主体的に決められるようなパラメーターを実装しうるという意味において、FABやコ・クリエーションに意外な有用性が見出せる、と考えていらっしゃるわけですね。

庵原:ただ、そのときに懸念されうるのが「マインド格差」のようなものでしょう。やる気のある人ばかりが恩恵を受け、何も知らない人は取り残されていく、といった格差がさらに広がっていくでしょうから、それが大きな社会課題になるのかなと思いますね。一方でもしかしたら、何もしなくても多様なサービスを上手く使いこなして渡り歩けてしまう人が生まれる可能性も感じています。

水野:これは情報リテラシーや自分の働き方、生き方に対するリテラシーがきわめて高い人にとって恩恵がある社会、というように競争原理が強く働いているようにも見えます。自分で生き方を自由に決められる社会にもデメリットやリスクがそれなりにあると考えていらっしゃるわけですね。
では、そんな生き方に主体性を求められる未来の中で、庵原さんご自身のスキルはどのように活かせて何を生み出しうるとお考えでしょうか。

庵原:わかりません。つまり、活かし方は個人で考えるべきものではなくなっていって、思いもしない活かされ方を柔軟に受け入れていくことが必要になってくるんじゃないか、ということですね。たとえば絵を描くスキルを持っていて、絵を描いて稼ぐ以外はできないと思っている人にも新しい選択肢が広がっていくということです。

水野:思いもしなかった新しい価値を受け入れることが重要だと。
そうすると先ほどの、現在FABの恩恵を一番受けているのは従来からいるデザイナーだ、という話が思い出されます。デザインの領域では、スキルとはモノをつくるだけではなくなっている、ということですよね。こうしたデザイナーのスキルがどう拡張し、恩恵につながっていくのか、活かす/活かされるといった視点をふまえてお考えをお聞かせください。

庵原:いくつか方向はあるかと思います。まずその人にしかつくれないものをつくる、つまり職人化する方向では、FABの充実によって安く簡単につくれる恩恵があります。一方でスキルよりもコミュニケーションやファシリテーション、ニーズの汲み取りといった、デザイン思考的な広義のデザインスキルを駆使していく市場も広がっています。実際、僕自身もこちらに寄っています。このデザイナーにコミュニケーションスキルなどが求められていくということが、従来の活かし方/活かされ方にとらわれないという部分につながるでしょう。

水野:専門家として高い完成度を誇り、作品的なものづくりによってFAB社会の中で高い価値を持つ、という自分主導で「自分を活かす」方向と、非専門家も含めたチーム主導の中で、コミュニケーションやファシリテーションをメインに自分はデザイナーとして「活かされる」方向が同時に出てきているということですね。

自社ワーカーのユーザー化

水野:最近、多様な利害関係者間や特殊専門家間をつなぐビジネスモデルが出てきてますよね。たとえばDtoD、ドクター・トゥー・ドクターのように患者データを交換して他の先生の意見もふまえ診断をしましょう、みたいな。これは確か薬事法などでこれまで実現不可能だったのですが、法改正によって実現可能となったサービスだったと思います。
ただ新規サービスや商品をつくりたいと考えていても厳しくなっていて、法律や経済的な制度をどう利活用するか、あるいはどう新しくつくるかも考えていけるとよいかと。そこで庵原さんは、会社は未来のFAB前提社会でどのような立ち位置、ネットワークの中においてどのような役割を担うことになるとお考えでしょうか。

庵原:サービスを開発できるプラットフォームとしてのサービスデザインの可能性や、物体としての素材をサービスとして提供する可能性など、多様な役割があると思います。わかりやすいのは「サプライヤー」のイメージですかね。そこからもう一歩踏み込んで考えると、さきほどの話のようにR&D部門を潰しスタートアップ・アクセラレーターとなる可能性があります。VC的、コンサル的なところから、価値提供の立場を取れるようになる。「自社ワーカーをユーザー化する」ことが会社の中でもっと起きるべきなんじゃないかな、と思いますね。

水野:「自社ワーカーをユーザー化する」ことに関して、もう少し詳しく説明していただけますか。

庵原:プラットフォーマーとして、スマホケースを自作できるサービスを提供します、そして自社ユーザーもユーザとして使っています、という実事例を拡張して、自社の副業ワーカーが働きやすくするためのサービスプラットフォームを会社が提供する、みたいな可能性があるんじゃないか、と思ったんです。

水野:会社と社員の関係性はもはや一概に搾取する/される単純構造じゃなく、社員が会社を買い支えている、社員が株主であるといったように進化してきましたよね。現在、副業を認める会社が複数出てきていることも含め、庵原さんは「会社に使われている」から「会社を使いこなせる」新しい存在をイメージされてるんですね。

庵原:そうですね、Googleに勤めながら副業でスタートアップやってます、みたいな人もいますよね。しかもそれが推奨されていたりする。

水野:さらに、GoogleのAPIを使ってスタートアップで何か新しいものをつくることになると、「自社ワーカーがユーザー化する」構図はますます複雑になりますね。

庵原:それが会社と社員の新しい関係性かもしれません。

ファシリテーターとしてのデザイナー像

水野:庵原さんは「プラットフォーマー」や「ファシリテーター」に注目し、ユーザーとして専門家、仙人型を想定されているように思います。つまり、起業して新製品やサービスを開発したい、みたいな人をどう支援するかを想定されていますよね。自社ワーカーがユーザーとして会社が持ってるリソースを上手く使いこなして商品やサ−ビス開発するならば、庵原さんに必要なのは、意外にも従来型の仙人型=つくりこめる人なんですね。

庵原:それはあると思いますね。

水野:仙人型とファシリテーター型は相互補完の関係にあるので、デザイン思考ばかりやっているみたいなのは危険だということでしょうか。庵原さん自身は両方のスキルのバランスについてはいかがお考えですか。

庵原:僕は「両方できるようにならないと自分が納得できない」感じですけど、ファシリテーションに特化するのも全然ありだと思いますね。特に日本の場合、そういう人材が増えた方がいいと思います。ビジネスモデルや事業性も考える必要があるというときには、もっと幅広い視野をもって全体をデザインできるような、ファシリテーション能力が必要かなって思いますね。
そういえば、最近知ったとある会社があるんです。そこは「アセットは全部持ってくればいい」って考え方を持っていて、その会社にあるのはネットワークやコミュニケーション、ビジネスプランの立て方のノウハウなど「だけ」なんです。にもかかわらず、スタートアップの支援事業として「製品開発」してるんですよね。つまり「FABレスでFAB」もできれば、「デザイナーレスでデザイン」もできるということですよね。「自分たちがつくってる」といえるか、その端境がわからないのですが、事実としてそんな会社が携わったことで完成した製品がある。よく考えると、これは面白いなって思います。

水野:会社の中でのFAB=製造だったと思いますが、それが拡張したのが2012年以降の3Dプリンターに象徴されるパーソナル・ファブリケーションやデジタル・ファブリケーションとしてのFABでした。それが今後、もしかしたらデザイナーレスでデザインするような新たな「デザイン思考」の定着によって、新しい仕事と接点を持つかもしれない。すべてのリソースやノウハウ、アイディアが外部化していて、究極的には閃いて決める、という役割だけが残されるかもしれない。やはり、「主体的に決められる人」にとってより良く回る世界が来るのが現実的に訪れることになりそうですね。

庵原:働き方改革の話も、方向性としてまずそうなっているのは間違いないと思います。そしてそのとき、起きうる格差をどう解消するかが次のポイントになるんでしょうね。

> 前編はこちら

庵原悠(いはら・ゆう)
株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその空間設計や製品開発に従事。オカムラの働き方改革に向けたプロジェクト「WORK MILL(ワークミル)」メンバー・デザインストラテジスト、オカムラの共創空間&Open Innovation Biotope “Sea” ディレクター。


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