第1回 ワークライフバランスからワークインライフへ:株式会社オカムラ 庵原悠さんへのインタビュー(前編)

慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第1回目は株式会社オカムラのフューチャーワークスタイル戦略部所属の庵原悠さんにお話を伺いました。

「ワークライフバランス」から「ワークインライフ」の時代へ

水野:2015年から実施してきたコンソーシアムも今年で4年目になりました。過去3年間の活動を通じてFAB社会を構成する要素として人、ビジネス、製品、空間を見てきましたが、その3年間をまずは振り返っていただきたいと思います。コンソーシアム設立当初は曖昧なテーマとして掲げていた「FAB社会」ですが、目下どのようなものだと捉えていらっしゃいますか。

庵原:狭義的には生産者と消費者の境がなくなる、換言すると「ワークライフバランス」、仕事と生活のバランスの変化かなと思います。
 でも、最近僕らは「ワークインライフ」なんじゃないか、つまり、そもそも生活の中に仕事はあるんじゃないかと捉えています。FAB社会とは「生活の一部にFABがあること」が狭義的な理解ですが、FABが関わる部分は非常に広く、一番重要なのがエコノミーの話かと思います。CtoC市場や「サーキュラーエコノミー」などに代表される新たな市場性が生まれることも含めた広義的なFAB社会がある。ここに「セルフサフィシェンシー」みたいな概念も含めると「自分たちですべてをまかなう」広義のエコノミーといえるかもしれません。ただし、それが何を意味するかはいまだ不明瞭な部分もあるかな、というのが現在の所感です。

水野:「サーキュラーエコノミー」や「セルフサフィシェンシー」のような、持続可能で消費者としての自分が大きな循環系の中で存在する、というニュアンスがはっきりしてきたものの、具体的にFABに何が可能かはまだ輪郭が曖昧だということでしょうか。

庵原:ゴールははっきり見えているとは思うんです、何かつくることが日常化、一般化する話だと思います。ただ、まだそこに到達するまでには技術開発が必要なんだろうなと。

水野:振り返ると3〜4年前にはいま庵原さんがおっしゃったようなキーワードは存在していなかったか、ほとんど一般的に注目されていませんでしたね。コンソーシアムの中でも「サーキュラーデザイン」[1]の話が出てきたのは2017年ぐらいでした。エレン・マッカーサー財団がIDEOと一緒にメソッド化してウェブに公開したことでビジネス側にも情報が伝達されたと思いますが、かつては理想論的で現実感は少なかった。
 つまり、この3〜4年間の変化の一つの証左としてサーキュラーエコノミーなどの話は位置づけられると思います。FAB社会全体においても、当初の「ひとり家電メーカー」などのメイカー・ムーブメントを経て、非常に多様化していますね。庵原さんご自身のポジションの変化もふまえ、コンソーシアム当初から現在に至るまでどんな変化がありましたか。

庵原:我々が予想するより早く浸透していて、無意識、無自覚の実践みたいなものがどんどん起きるようになってきていると見ています。「すぐやってみよう」と取り組む会社やスタートアッパーの行動は、1995年のインターネット社会到来の頃よりもスピード感があり、利用者が無意識、無自覚に使って楽しみ恩恵を得ることも当時より実現しているんじゃないかと思います。一方、FABを駆使して楽しんでいる人と全然知らない人とのあいだのカルチュラル・ディバイドが増大していることは見過ごせないと思います。たぶん、FABに限らずいろんな分野で起きていることだと思うんですが、進んでいるところは無意識、無自覚に先にいく一方、全然知らない人たちが取り残される状況が気になっています。


ドイツ・モジュロールに見る現在のFAB活動

水野:庵原さんがご専門のオフィスファニチャーに関連することですと、どのような具体的な事例がありますか。

庵原:たとえば家具の張地がいろいろ選べる、あるいはオリジナルでつくれちゃう、みたいなのは間違いなくFAB的ですよね。数の選択肢が増えていますし。本当に無意識なレベルでの変化でいえば、オフィスデザインの中でカッティングシートなどが気軽に、つまり安価に利用できるようになっていたりします。

水野:インテリアやファニチャーデザインにおいてはカラー、マテリアル、フィニッシングなどのオプションがもともとあったと思います。これらについて、従来はデザイナーが責任を持って選んでいたと思いますが、ユーザー自身にこれまで以上に多くの選択権が付与され、結果として組み合わせがすごく多様になっている、ということでしょうか。

庵原:そうですね。そして、もちろんDIYの要素も強くなっています。オフィスをつくるプロセス自体に、消費者であるユーザ自身が入っていくこともすごく増えています。

水野:そうなってくるとオフィスファニチャーなどの設計の中で、段階みたいなものがある程度見えてきますね。パラメトリック・パーソナライゼーション・サービス[2]から、DIYを支援するようなサービスや製品まで、多様なユーザの関わりしろの段階があるように思います。庵原さんはスケルトン・インフィル[3]どころではなく、ほぼ従来の意味でデザイナーはデザインはしないようになってきているのか、あるいはよりコンピューテーショナルデザイン化するようになってきているのか。仕事の成果はどう進化しているとお考えですか。

庵原:デザイナーのあるべきポジションが変わってきている感じはあります。また、個人制作には限界もあり、そこをフォローアップあるいはキュレーションする職能としてのデザイナーが求められている実感も同時にありますね。

水野:実際にコーディネーターやコンサルタント、ファシリテーターといった役割は増えていますか。

庵原:増えています。DIYで自分たちでつくれる領域がもっと増える未来を当初描いており、「つくれる」と「つくれない」のあいだにグラデーションがあるのも描いてましたよね。確かに自分でつくれる人は増えていますけど、グラデーションのあいだにいる人たちがより増えている、もしかしたらそっちの方が多いんじゃないかと思いますね。そして、現在のところFABで一番恩恵を受けているのは従来からいるデザイナーなのが、すごく面白いところです。

水野:オフィスファニチャーに限定せず、FABに関係する多様な製品やサービスの中で最近気になるもの、すごい良くできている仕組みだな、優れたものだな、と評価されているものはありますか。

庵原:サービスや製品というよりも店舗です。ベルリンのモデュロールっていう東急ハンズとホームセンターが合体し、さらにデザイナーもそこに常駐しているような店舗です。[4] 

 いま、ベルリンがイノベーティブシティとしてすごく熱いといわれていて、実際見に行ってみたらそういう店舗があった。すごくライトにFABをする人もヘビーにFABする人も同居していて、レーザーカッターの切りだしのみでキット化されたティッシュボックスを買って、組み立ててつくるというような楽しみ方をしてる人もいれば、技術者の方のサポートを受けながらCNCマシンを駆使してがっつり木工を行っている人もいる。しかも、その脇で自作ランプシェードキットがマテリアルも含め全部売っている。様々なグラデーションに所在するものづくりしたい人のためのサービスが網羅されていたことが衝撃的でした。2017年7月にうかがったのですが、我々が2015年ごろに視察した渋谷のLoft&FAB[5]での実験的な店舗が拡張されてビジネスランディングしたような印象でした。

水野:モデュロールのような事例も含めて、つくる場所、売る場所、体験する場所として、店舗空間やオフィスの従来の意味がだいぶ変わっていますよね。デスクワークをするでもなく、ただ商品を売るでもない、流動的な空間をコンソーシアムでもたくさん見てきましたが、その体験も含め庵原さんがいまのFAB社会に対して何かやりたい企画などはありますか。

庵原:何個かあります。1つはすでにある話ですが、オープンデスク的プラットフォームが日本でも普及したらいいなと思いますね、欧米と比較してあまりないので。このコンソーシアムに参加した当初はそのくらいの影響範囲を考えていたんですが、最近は、まさにモデュロール的なつくる場所を持つデザイン組織、R&Dセンターのようなところが生まれたら面白そうだなと思います。

水野:なるほど。そしていまそれを仮に実行しようとすると、どういう課題がありそうなのかを考えていただくのが次の質問です。FAB的なものをビジネスとして実装しよう、しかも日本でやろう、となったときにはいろんな課題がありそうですよね。たとえば、人と仕事のしかたが文化的に構成されているため、すぐに新しい仕事のしかたを組織的に実現するのは難しい、という課題もあろうかと思いますが、庵原さんはどのような問題を主に想定されますか。

庵原:既存のビジネススキームと全然違うことをやらなきゃいけなくなることが、大きな課題ですよね。たとえばお客さんから要望を聞いて、提案をして、契約して、施工して、納品するような法人営業型の製造業の世界がFAB社会化したら、ネット上での設計、注文、決済、製造、流通システムに代替される可能性が高いですよね。そうなると法人営業、つまりBtoBをメインでやってきたがために、BtoCやCtoCに対するケアができないことがハードルになる会社もあると思います。eコマースをやるなら別会社をつくる、といったスケールの話になるのではないかとコンソーシアムを通して気づきました。

「法律の仕組み」にまで及ぶサービスデザイン

水野:大学で仕事をしていると研究資金をルールに合わせて運用することになります。その際、下手に安いものをネットで探して購入すると、その後の経理の手続きが極端に煩雑になる。結局、安くなくてもいいから大学生協や代行会社を介して備品や消耗品を購入するのが楽だ、という不思議な状態です。不正防止などの理由ももちろんあると思いますけれども。

庵原:これはFABというよりも、日本的な組織の課題なんじゃないですかね。新しいことを始めるよりも安定して従来の方法で稼ぐことに特化してきてしまった。最近、オープンイノベーションとか社内起業みたいな話になると、既存のフレームの中で新規事業を起こすのはまず無理で、一回会社の枠組みの外に出てビジネスを起こして、それを元の会社が買うなどしない限り実現できない、という考えが定着しつつありますよね。

水野:大学の世界ですと落合陽一さんのように、大学との新しい関係性を構築することが必要かもしれないですね。落合さんはクラウドファンディングで研究資金を募っていましたよね。[6]そうすると大学法人に対する「寄付」を集めることができる。だから、クラウドファンディングサイト上で「いくら支援すると税金控除がこうなります」と、具体的に説明されています。応援するだけではなく、税金控除にもなるのが面白いですよね。かつては「共感投資」としての支援だけでしたが、そこに価値が上乗せされたわけです。この話をふまえ、庵原さんが先ほど仰っていた社内起業と親会社の親子関係には、どのような新しい関係があるとよいと思いますか。

庵原:欧米のある会社では、R&D部門の代わりにスタートアップ・アクセラレーションプログラムを導入したと聞きました。つまり自社内でR&Dする代わりに、スタートアッパーに自由にものづくりをさせて、それをアクセラレーションして、最終的に自社として購入するわけですよね。極端な言い方かもしれませんが「ビジネスもFABできる」のは重要な点かと思います。
この3年間で僕個人に新しく生まれた観点として、ファイナンスや法律の仕組みにまで踏み込んだサービス提供というものがあると思います。もはやそれなしでは、新しいサービスやビジネススキームをつくれない状況になっている気がしますね。たとえば、オフィスも減価償却対象であるから投資するメリットがありますよね。ちょっと前までデザインやものづくりはユーザーにとっての感覚的、感情的価値の提供にとどまっていましたが、最近は税金控除の話のようにファイナンシャルメリットがどれだけあるか、といったところまで踏み込んで価値創造が起きているのかな、と思います。これは生々しいですが、真理を突いている気はしますね。

水野:単にユーザビリティが上がる良い製品です、という価値提供だけではもうモノが売れなくなってきている。減価償却の対象になったり、税金控除になるといった「買うこと自体にメリットがある」ことも必要になってきているわけですね。

庵原:加えてネガティブチェック、サービス自体が法に触れてないかどうかのチェックも必要ですから、法律のことは避けて通れませんね。

水野:R&D部門の代わりにスタートアップ・アクセラレーションプログラムを導入するというのは、資源を外部化してクラウドソーシングすれば社内リソースの制限から自由になれる、ということですよね。このように、より柔軟にものやビジネスをつくれるようになってきた、というのが「ビジネスもFABできる」ということだと思います。そうすると、すべてがパーソナライズできる複雑な状況の中で、これまでのUXにプラスして新しい価値創造としての経済や法律の話が必要になってきているのでしょう。

> 後編に続く

庵原悠(いはら・ゆう)
株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 
既存のデザイン領域を越えて、デジタルメディアや先端技術がもたらす新しい協働のスタイルとその空間設計や製品開発に従事。オカムラの働き方改革に向けたプロジェクト「WORK MILL(ワークミル)」メンバー・デザインストラテジスト、オカムラの共創空間&Open Innovation Biotope “Sea” ディレクター。
[1] サーキュラー・デザイン
https://www.circulardesignguide.com 
[2] パラメトリック・パーソナライゼーション・サービス
- パラメーターの操作によって製品などを個々人に高適化し、多品種少量生産を行うサービス。
[3] スケルトン・インフィル
- 住宅用語で、構造躯体と内装・設備を分離した設計を指す。これにより利用者のニーズに応じた部分的な変更が容易になり、使用期間の延長が望める。
[4] モデュロール(modulor)
https://www.modulor.de/en/store-berlin/  
[5] Loft &FAB
http://andfab.jp 
[6] Ready for を通じたクラウドファンディング
https://readyfor.jp/projects/ochyaigogo 


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