第4回 上司と部下の関係性を拡張する :凸版印刷株式会社 森本哲郎さん、田邉集さんへのインタビュー(後編)


慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第3回目では凸版印刷株式会社にて企業活動を推進している森本哲郎さんと田邉集さんへのインタビューの前編として「メイカー・ムーブメント」等のキーワードと共に、現在に至るまでのFAB社会のあり方や、2018年現在実現できているサービス等について伺いました。

連載第4回目はインタビューの後編です。

ICOとデジタル素材データベース

水野:そうした新しい動きをふまえて、いまのFAB社会でやりたい企画やプロジェクトなどはありますか。

森本:僕は個人的にもDIYやプロトタイピングをどんどんやっていきたいので、いかに趣味のスキルをビジネスに転換させるかが気になります。やはり民主化の文脈で、DIYが得意な人がアイディアを手軽にビジネスに発展させられる仕組みづくりが必要だと思っています。
一番の問題は予算だと思っています。そこでいま僕が気になっているのがICO[1]です。民主化を推し進めるには違う仕組みが必要になると思います。ICOの場合は仮想通貨を使うわけですが、FABのために個人単位でICO利用できるようになったりすると面白いですよね。また、クラウドファンディングで問題視されている持ち逃げなども仮想通貨を使えば抑制できますし、より平等な仕組みがつくれそうです。人口減少で大企業が組織を保てなくなっていく未来において、こうした個人レベルで予算をつくれる仕組みは必要になってくるかもしれません。

田邉:僕はやはり、社会におけるプラットフォームや構成要素としてのFABにすごく興味があります。特に以前から「素材のデータベース」をコンセプトに、FAB社会のものづくりの元になるデジタル素材の保持・管理・蓄積・活用をしたい思っていました。たとえば以前、世の中に出回っている製造物のCADデータを集めてクリエイターさんにワークショップ形式でいじってもらう、という企画を行いました。このように、既存データをベースに作品をつくることを前提に、我々がそのデータベースと活用のためのプラットフォームを提供できないかと考えています。またこの考えの先には、ものづくりのバージョン管理の問題があると思っています。アイディアやデータの継承を明らかにして、最終的な購入者からの利益が適宜配分されるような仕組みを提供したいです。それによって、FAB社会で活躍する人たちが利益追求や権利面の安心を確保しつつ活動できるんじゃないかな、と思っています。

水野:お二人に共通するのは、お金や権利の取り扱いを柔軟に変えてみてもいいんじゃないか、というところですね。

森本:そうですね。僕はものづくりをやりたい派なので、その予算をどうやって捻出するかに興味があります。やっぱり会社とかだと、プロジェクトを認められて予算がつかなければ進まないので、FAB社会の文脈では個人でももっと簡単に資金調達できるようにできるとうれしいですね。アイディアが思いついたら提案書書いて自腹出さなくても材料費などが捻出できるような。ベンチャーが出にくい現在の日本が、リスクが少なく、手軽にどんどん個人レベルでのローンチなどが出てくる社会になっていくと面白いなと思っています。

田邉:僕はちょっと違って、何でも自分でやるというよりは、いろんなサービスを利用してつくりたい派なので、プラットフォームや仕組みをつくりたい思いが強いです。森本さんと目指す方向は同じでしょうがアプローチが少し違って、僕は自分で予算を取るよりも予算を出せる仕組みをつくる方に興味があります。

水野:いまイメージしていただいた、やってみたい企画やプロジェクトを、仮に現在在籍されている組織でそのままやろうとすれば何らかの課題が出てくると思われます。具体的にはどんな課題を想定されますか。

森本:まずICO自体、いまの世の中であまり知られていませんし、最近は仮想通貨さわぎでイメージも良くないかもしれません。認知度が低い新しい仕組みに対しては特に社内で抵抗感がでるので、そこは間違いなく課題になるでしょう。弊社は受注産業が基本ですので、現在の受注分だけつくるシステムとは真逆になるわけです。そのため、いきなりICOを使ったものづくり、あるいは仕組み自体をつくることができるかは疑問です。

水野:クライアント主体の企業姿勢や文化そのものを変えていきたいわけですね。

森本:しかし、弊社は多分野の人材を抱えているため、たとえばセキュアビジネス関係の人たちには賛同してもらえるかもしれません。

水野:想定された問題の具体的な解決には、印刷会社が情報系にまで拡張した御社の多様性がメリットになるわけですね。

田邉:ICOは一つの手段かもしれませんが、現在FAB系のトライアルはそれほど利益が出ないので、なぜやるのかという議論になってしまう。僕の解決法としては、利益や売上げ以外の価値基準を設定して、FAB社会に対して企業が取り組むことの意義を明確にすべきだと思います。たとえば、社会課題を解決できるとか、FAB社会における重要なポジションをおさえられるとかが価値基準になるかもしれません。そもそも、ICOで投資してくれる人はそうした価値基準を意識している人たちでしょうから、根本は同じことかもしれませんね。

新しい特許の形とものづくりのネットワーク

水野:社会的価値創造と一口に言っても、実際にどうやるのかは曖昧ですよね。たとえばデータをとって自治体に還元したとして、データアナリストもいない中でどう使うのか。
一方、Wikipediaのような、ネットの世界で圧倒的な存在感を示すコモンズを運営することも一種の社会的な価値創造かもしれません。このように、必ずしも公共機関に頼らずとも公益に資する方法はあるでしょう。そういったことを含めて、最後は未来について質問をさせていただきたいと思います。
まず、5〜10年後の未来について想像していただきたいのですが、そこでは一体どんな企業活動が必要だとお考えでしょうか。

森本:個人単位でも手軽にローンチできる社会になれば、企業は多くのアイディアを社内でプロトタイピングする必要がなくなってくるのではないでしょうか。そのとき企業がやる事は、企画、量産、販売のみになるかもしれません。しかし、FABを使って個人が研究開発またはプロトタイピングしたり、アイディアの権利を守る仕組みの整備は必要ですよね。たとえば、個人がプロトタイピングしたものを公開し、企業がそのアイディアを使って商売をした場合、アイディアを出した個人は対価をもらえるのか。アイディアを拡散するにはクリエイティブ・コモンズのような自由なものでもいいでしょうが、製品化の際には少しでも対価をもらいたいと思うでしょう。そこで、個人でも手軽に申請運用ができるライセンスが必要になると思います。20年はいらないけど1年は特許的な権利を個人で払える金額で保持しておきたい、というようにクリエイティブ・コモンズと特許の中間がありうるのかもしれません。このような個人がFABを使ってビジネスをする時代に必要な新しい仕組みを支援する企業活動には意義があると思います。

水野:そういえば、知財の取り扱いに関して驚いた事例があります。韓国特許庁では意匠権の申請が3Dデータで可能なんだそうです。いろいろな問題もありそうですが、申請のハードルと法的コストを下げることで、個人でも手早く権利を得ることを促す、抽象的な権利を守る、という姿勢が印象的でした。このように、法的制度からの解決も求められるかもしれませんね。

森本:確かに権利化がしやすくなることも大事だと思いますが中小企業や個人にとっては運用費も負担ですし、申請だけでなく運用から手放し方まで含めた、安価で短期間の手軽な権利の形も必要になる気がします。
たとえば、個人でFABのおもしろいビジネスを思いついた場合、特許まで調べないでローンチにチャレンジしている人も多いかもしれません。そこで、たとえばFAB向けのライトな特許機関が交通整理をして、他の特許に抵触しているかを調べて、「抵触していても安いライセンス料を払えば1、2年は訴えられないでビジネスできますよ」みたいなことをやってくれる仕組みができれば、リスクなく個人がビジネスに参加できるようになっていいですよね。現在の特許は、星の数ほどある特許を調べ尽くさなければいきなり訴えられるし、文書はわかりづらいしで個人でビジネス化するハードルが高いですよね。そこがやりやすくなればうれしいし、安いライセンス料でも活用者の母数が増えれば、特許保有者へのライセンス収入も保たれて良いのではないかと思います。

田邉:たとえば、営業スキルが重視されている業界では、全社員に営業の経験を積ませるための仕組みがあります。そう考えるとFAB社会では全社員が自分のプロジェクトとしてFABスペースなどでものをつくる、みたいなこともありうるかもしれません。副業ではなくあくまで企業のためですが、スキルも身につくし、行った先でネットワークをつくってものを完成させる経験が積める。それらを企業活動に活かせれば、大企業の中でも社員一人ひとりが際立つことができるのではないかと思います。自分たちでローカルなネットワークをつくって、外部とシームレスにつながっていけるようになればいいなと思っています。

上司と部下の関係性を拡張する

水野:5〜10年先においては仕事のスキルが拡張し、ものづくりや情報リテラシーだけではなくなっていくかもしれません。そこでお二人が現在持っているスキルは、未来にどのように活用できるとお考えですか。

森本:私は会社では、研究開発からプロトタイピング、企画まで、ものづくりを一通り全部やりたいという気持ちがあります。いまの目標はものづくりからビジネスの一連の流れを経験することで、研究から製品開発、事業化推進、海外ベンチャーや大学との連携まで踏み込んでいます。元々は、技術が世の中に出てくるところを見てみたい気持ちが昔からありました。そして個人が副業としての日曜大工ならぬ日曜ローンチが当たり前になった未来の社会ではその一員になってみたいなとも思います。

水野:プレイングマネージャーのようなイメージでしょうか。

森本:会社のいまの立場はそうですね。最終的に目指すイメージとしては「則巻千兵衛」ですね。ああいう漫画や映画に出てくる博士ってだいたい家が研究所でそこでロボットをつくりますよね。でも、それでどうやって生計を立てているのかずっと疑問だったんです。つまり、その場で自分たちが使うためのものづくりではなく、何かしら社会に還元しなくてはならない。そう考えると、たとえば家でアラレちゃんをつくって、提案して、量産につなげるみたいな話がありうるのかもしれませんよね。日曜ローンチの仕組みの行き着く先がそこにあるのかなと。もしそんな世の中が来れば、自分の時間もつくれて他の趣味にも時間がさける。自由な技術者、ものづくりをやれたらなと思っています。また、そんなシステムの中でチームをつくっていけばさらにいろいろな大きなこともできるでしょうね。

水野:企業人でありながらも各自の家に研究所があって、必要に応じてその家同士が互いにつながりあうというイメージですね。

森本:そうですね。さらに、その時代の企業は、お金を集めて商品企画し、ICOに対してお金を払いながら個人のいいアイディアを見つけて、製品化して、世の中に出していく役割、というエコシステムができあがっているわけですよね。本音では僕は仕組みづくりにはあまり興味はなくて、家で日曜ローンチをして企業からお金をもらう仕組みを利用する立ち位置が理想かなと。そういうあり方が認められる世の中って面白いなと思いますね。

水野:リサーチャー・トゥ・リサーチャー、RtoRということですね。

森本:研究者も個人で論文書いて学会発表する人がいる一方、大学や企業でしかできないような研究もあります。そういう自由度がビジネスにおいてももっとあると、面白い世の中になるでしょう。

水野:個人のスキルから企業の役割に至るまで、森本さんはものづくりをする研究者の立場からお話いただきましたが、プラットフォーマー型の田邉さんとしてはいかがでしょうか。

田邉:僕も事業開発の観点から、運用までの一連の流れをやってみたいと思ってきました。その中で一人でできないことをいろんな人に助けてもらってきたこともあり、いろいろな部署にもネットワークがあるので、それを活かせればと思います。僕は背景からアイデアを出していく方が得意なので、新しい視点を提示して人を巻き込んでものをつくる、というのがやりたいことだと思います。

森本:じゃあ僕は田邉君に使ってもらえばいいということですね。

水野:なるほど、もはや「上司と部下」ではなくて、役割としての「横型と縦型」が出てくるのかもしれませんね。

> 前編はこちら

森本 哲郎(もりもと・てつろう)・博士(情報理工学)
凸版印刷株式会社 事業開発・研究本部事業開発センター・課長
入社からVRのプログラム開発およびコンテンツ制作に携わり、その後、文化財のデジタル化を目的とした三次元計測、分光画像解析、物体解析などによるコンピュータビジョン分野で博士号を取得。現在はIT先端技術を用いた新規事業立案やプロジェクトマネジメント業務に従事。専門分野はVR、CV、機械学習、HCI。

田邉 集(たなべ・しゅう)
凸版印刷にてWebエンジニア、米国駐在、経営企画、事業開発と異なる角度から電子出版、3Dシミュレーションサービスなどの情報系新規事業の戦略立案/立ち上げに関わる。
現在事業開発センターにて、ファブ/3D分野での新規事業開発を担当。
[1] ICO 
- Initial Coin Offeringの略称。企業などが独自に発行した仮想通貨を用いて事業の資金調達を行うシステムを指す。
[2] 則巻千兵衛
- 鳥山明の漫画『Dr.スランプ』の登場人物。主人公のロボットである則巻アラレを開発した博士。

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