第3回 メイカー・ムーブメントの成熟化 :凸版印刷株式会社 森本哲郎さん、田邉集さんへのインタビュー(前編)
「慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。
連載第3回目では凸版印刷株式会社にて企業活動を推進している森本哲郎さんと田邉集さんにお話を伺いました。
メイカー・ムーブメントの成熟化
水野:これまで実施されたコンソーシアム、さらに遡ると田邉さんとご一緒させていただいた総務省の検討会まで、さまざまな場で「FAB社会」について考えてきました。その結果、最初期の2011、12年ごろと現在では変化した点も多いかと思います。まずは最初の質問として、コンソーシアム活動に3年ご参加いただいてから現在、FAB社会をどのようなものだと捉えていらっしゃるかをうかがいたいと思います。
森本:ちょっと盛り上がりは落ち着いてきたと感じています。いわゆるFABブームではものづくりに対しての皆さんの考え方が変わる中で、ホビーやDIYといった個人レベルから、ビジネスまで多様な人々が出てきました。高度なものづくりがすごく民主化されてきてはいますが、理想どおりにはいかなかった部分もあり、いまは冷静にビジネスとしてどう使えるのか探っている感じがあるのではないでしょうか。お金にならない仕組みは広がりにくいですし。ただDIYの人などは相変わらず続けていて、この先もFAB2.0といったブームが繰り返すことはありうるかもしれません。
田邉:僕はデジタル・ファブリケーション機器をはじめとした「技術」への興味がきっかけで一連の活動に参加したのですが、だんだん技術を取り巻くコミュニティや人の働き方に関心が移っていきました。やはり、3Dプリンター自体のブームは落ち着いたものの、それを取り巻く環境の盛り上がりはまだ続いている印象があって興味深いです。一方で企業活動に関しては、FAB社会で純粋に利益追求する難しさがわかってきて、それ以外の価値をみんなが求める中で企業としてなにができるのかを考える必要があるでしょうね。
水野:2012〜14年ごろには、企業が金銭以上の価値を利用者に創出し、巡り巡って企業へ還元させる生態系のあり方が模索されていましたね。ストラタシス社などが好例ですが、日本ではそこまで目立ちませんでした。日本企業は「コミュニティが生成する価値」との接点が持ちにくいのでしょうか。
森本:そうした当時の模索って、個人的にはお祭り的なイメージです。僕は家でも3Dプリンターを使い続けていますが、最初は簡単に形がつくれる感動から、いまではこういうところはうまくいかないのかという課題が目に付いています。先陣を切ったアメリカの3Dプリンタメーカーの一人勝ちがずっと続いているわけではなく、いまではヨーロッパや日本、台湾の高精度な製品が台頭してきています。ものづくりの道具としての良し悪しが議論される次元になってきて、コミュニティ内でFABに対する見方が変わってきているなというイメージがあります。お祭りが終わったと思われている中でもコミュニティの生態系アップデートは日々続いているので、企業としても新たな生態系をつくるチャンスはまだまだあるのではないかと思っています。
水野:初期メイカー・ムーブメント前夜の低精度な自作3Dプリンターから現在の高精度なものへ、バグフィックスを繰り返して高水準のものづくりへ反復的に向かっていった。これはむしろベータ版をバージョンアップしていく情報系の考えに近い。そうした意味で面白い進展だと思っていらっしゃるわけですね。いまのお話に加えて、過去3年間のコンソーシアム活動の中でFAB社会全体の流れがどのように変わってきたか、お気づきの点や気になっている点はありますか。
森本:アイディエーションやプロトタイピングが一般市民におりてきて、アイデアを発信する人が出やすくなった、という民主化の動きがあります。また、企業内ではアイディアを形にして見せやすくなることで製品の出てくるサイクルが加速している感じがしています。
田邉:ものをつくりやすくなった影響としては「クラウドファンディング・マーケティング」のように、製品を出すためではなく市場の動向を見るために使う新しい方法が増えてきています。社会全体の流れとしては、以前から議論されていた著作権などの問題が浮き彫りになりつつあると思います。これは必ずしもFAB社会だけではなく、五輪のエンブレムから地震で倒壊したブロック塀まで、ものづくりに関する権利と責任が取りざたされている現状があります。これらがFAB社会においてはどうなるのか、どうすればやりやすいのかといった仕組みの議論はこれからの課題でしょう。
クラウドファンディングの拡張と企業の立ち位置
水野:クラウドファンディングの使い方が単純な集金のみならず、広告化しているのも顕著ですね。お二人はご自身の仕事、あるいはプライベートでクラウドファンディングをしたことはありますか。
田邉:3年前くらいに電子ペーパーイヤリングというプロジェクトで検討したことがありますが、結局実施にはいたりませんでした。今日実際に持ってきたんですが、電子ペーパーが組み込まれていて柄が切り替えられるんです。僕らとしては製品化と、電子ペーパーの新しい使い方を示すマーケティングの両面で考えていて、実際にファッション業界の人などから電子ペーパーに興味をもっていただけました。このように振り返ってみると、完全にマーケティングとみなす以外にも、上手くいけば製品化、悪くてもマーケティングやプロモーションにはなるという使い方がかなり増えている気がしますね。
森本:個人的には企業がクラウドファンディングをプロモーション目的はよいのですが資金調達目的で使うのは難しい気がします。企業はすでに予算を持っているわけですし、スタートアップ目的の人たちに対して公平でない気もします。
水野:このイヤリングは事業開発部門の人がつくられたんですか。
田邉:研究部門の協力の下,事業開発部門とプロジェクトに共感していただいた2社で一緒につくりました。最初にただの骨組みのプロトタイプを持っていき、電子ペーパーで製品をつくっている人から指摘を受けて、どうやってつくろうかという議論が始まったんです。つまり、口先だけじゃなく、最初のたたき台があったからこそ議論が白熱して前に進んだのだと思います。そこが個人的によかったなと思う点で、デジタル・ファブリケーションの意味を感じた点でもありますね。
森本:でも、企業としてはプロモーションで終わらずやっぱりその先の事業化、商品化まで行きたいですよね。私も3Dプリンターでプロトタイピングをして面白い、という段階まではいくのですが、その先の利益を得る仕組みとかまでつくれないと上も説得できないし、社会に出ていかない。僕にとってはそこが難しく苦労しています。その部分では、普通の製品開発と同じですよね。
田邉:しかしいままでのものづくりは、プロトタイプにせよ金型つくって企画書何枚も書くなどお金と労力がかかったわけです。それがなくなっただけでも大きな短縮だとは思います。
もちろん楽観視しすぎるのは問題です。弊社のようなあまり最終製品を製造していない企業がどこまで関われるか、まだまだ先は長いと思います。また、企業の中でも提案しやすくなることでアイディアの数は増えていますから、この流れは個人レベルまで拡張していくでしょう。そのときにどうサポートするか、どんなコミュニティやエコシステムをつくるかが、この先のFAB社会の課題になるなと思っています。
パーソナル・ファブリケーションとカスタマイゼーション
水野:アイディアの母数が増えてきていることにも関連するでしょうが、現在FABに関するさまざまな製品やサービス、あるいは完成品ではなくユーザーが自分でつくることを楽しむ未完成の製品が拡張している印象もあります。そんな中でお二人が気になっているサービスや製品などがあれば教えていただきたいです。
森本:最近ですと、Raspberry Piがホビー向けだけではなく産業用途にも活用されてきたのが気になります。つまりFABが趣味の分野で終わらず、IoT製品向けの社会実装につながるかもしれない。さらに現在、Raspberry Piは安価なモデルを出すなど本気で拡散させようとしている向きもあり、うまくいけば世界規模のプラットフォームになる可能性があるのは面白いです。いわゆる、FABエコノミーが産業用途で成功した一つの事例になるのではないかと楽しみにしています。
田邉:このあいだソニーさんが同様の製品を出すのを展示会で見させていただいて、やっぱり大企業にも似た動向があるのだなと思いました。
特に面白かったのは見せ方で、工場のIoTマシンビジョンを提示しているんです。工場のロボットにくっつけるとこういう機能が追加されます、といったデモを見せたりする。つまりDIYツールの新しい使い方を見せているわけですよね。すでにArduinoが浸透している中で、DIYのホビー的な側面ではなく、非常に実用的な領域の話を持ち出すのは上手いなと思いました。
水野:過去にもArduinoのような製品が日本で出されたことがありましたが、ユーザーコミュニティが育たず顕在化できませんでした。それをふまえると、いま興味を持たれていた工場での使用というのは、ホビーではなくビジネスにおけるカスタマイゼーションのあり方としてとても面白いですよね。どの工場も目的特化のオリジナルとして計画されているはずですから、カスタマイゼーションの介入点として納得がいきます。
ホビーからスタートしたカスタマイゼーションは、企業を含む様々なところで需要を高めています。特に建築のような、一点物で施主の嗜好に左右されるものが顕著ですよね。そうした場所にIoTデバイスが組み込まれていく動きも面白そうですね。
森本 哲郎(もりもと・てつろう)・博士(情報理工学)
凸版印刷株式会社 事業開発・研究本部事業開発センター・課長
入社からVRのプログラム開発およびコンテンツ制作に携わり、その後、文化財のデジタル化を目的とした三次元計測、分光画像解析、物体解析などによるコンピュータビジョン分野で博士号を取得。現在はIT先端技術を用いた新規事業立案やプロジェクトマネジメント業務に従事。専門分野はVR、CV、機械学習、HCI。
田邉 集(たなべ・しゅう)
凸版印刷にてWebエンジニア、米国駐在、経営企画、事業開発と異なる角度から電子出版、3Dシミュレーションサービスなどの情報系新規事業の戦略立案/立ち上げに関わる。
現在事業開発センターにて、ファブ/3D分野での新規事業開発を担当。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?