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武蔵野美術大学 白石教授に、色に関する素朴な疑問に答えてもらった話

GWが明け5月も半ばに入ったにもかかわらず、朝から降り続いている雨の影響で思ったより寒い5月14日、武蔵野美術大学デザイン情報学科 白石教授とお話できる機会をいただいた。

はじまりはフェンリルの最高デザイン責任者(CDO)である戸塚が新卒採用の一環として、戸塚の母校でもある武蔵野美術大学に伺った際、色彩心理学の研究を行っている白石教授(以下、白石先生)と「フェンリルでも色の視点からユニバーサルデザインに取り組んでいる」という話をしたところから。

ユニバーサルデザインといえば…と社内で浸透してきたおかげで私に白羽の矢が立ち、カラーユニバーサルデザインなどに関する質問の他、フェンリルのデザイン部で話題に上がった色に関する素朴な疑問をお答えいただくことができた。

中には答えにくい質問であったり白石先生の専門外の質問項目が多数あったと思われるのだが、とても真摯にお答えくださった。正直、初対面でガチガチに緊張していた私や同席者にとてもフランク話しかけてくださり先生の圧倒的な知識量と平易な言い換えに感心してばかりの時間だった。さらに雰囲気通りの温和な話し口のなかにも、時折するどい指摘やご意見をバシバシ入れてくるなど、1時間半をオーバーする勢いで盛り上がったので、ぜひ皆さんにもその片鱗を感じていただければと思う。

カラーユニバーサルデザインについて

質問:フェンリルのユニバーサルデザインチーム(以下UDチーム)として、マテリアルデザインの色の決め方などを参考にカラーユニバーサルデザイン(以下CUD)カラーアセットを作りたいと考えています。

白石先生:色彩におけるUDは複数の色覚型に対応していますが、その色覚の特徴が強くあらわれたり弱くあらわれたりするので、一概にパターン化することは難しいと思います。また、心理的UDは正直基準がないと思っている。
CUDはちょうどその中心(中間)に位置しているイメージを持っています。

CUD推奨カラーアセットなどはすでにあるが、実用的ではないし、実際あまり使われていない。万人に合わせられるCUDの実現は難しい。

視覚視野、脳科学の分野の話になりますが、人には記憶色というものがあります。特にWEBカラーはモニタに依存する。WindowsとMacでは白の温度がちがう。Windowsは青寄りで、Macは黄色寄り。もうその時点でアセットを作っても記憶による色や見え方が異なるので、アセットに意味がないと考えています。

実はユニバーサルデザイン反対派

白石先生:UDはすべての人を対象としていますが、高齢者や障害者等を対象にしたバリアフリーの考え方と混同されがちです。
例えば、アプリやWEBであれば自分で調整できるUIを入れるなどの対応は可能だと思います。ただしアクセシビリティには完全にマイナスですね。
とはいえ、健康に関すること、自治体など全員に行き渡らないといけない情報などは、CUDの基準内で収めることは賛成です。

情報が正しく伝わるデザイン

質問:学生に教える上で、(色に限らず)ユニバーサルデザインに関する知識はどのように伝えていますか?

白石先生:武蔵野美術大学(以下ムサビ)に入学して、学生たちは「感性を磨き、自由に表現したい!」と思っていると感じています。学生たちには作品を作る上で

1.情報が正しく人に伝わるようデザインされているか(ユニバーサルデザイン・アクセシビリティ)
2.作品のアイデアに独自性があるか(意匠権・著作権)

常にこの2つが制作物に合致しているかを問うように指導しています。
学生を含め、特にクリエイティブ色が強いタイプの人は手続きなどを面倒くさがって著作財産権を簡単に放棄したりする傾向があるので、ユニバーサルデザインの観点に加え、本当に自分の考えや気持ちから生まれたものかを考えてもらい、著作(人格)権について教えています。

ネガティブ色、ポジティブ色

質問:赤はネガティブ、青または緑はポジティブという色の"記号として"の機能や共通認識はいつ頃からありますか?
トイレの男女カラーが決められたのが東京オリンピックというのは有名な話ですが、世界の共通認識でも同じように運用されていると感じます。それが統一記号として規格化され、利用されるようになったのはやっぱり産業革命以降なのか?など、そういった文献とかあったら教えてほしい。

白石先生:共通認識はありません!(きっぱり)
トイレの色は日本だけのものではないでしょうか。(世界の)共通認識ではありません。特にヨーロッパでは色で区別するのはタブーです。普通は黒かグレーで表現します。ものによっては、女性を曲線、男性を直線的に、など婉曲表現は行うこともあります。ですが、スカートとズボンのように直接的な違いは出しません。差別につながるという意識があるのだと思います。

質問:赤や青のネガポジはブーバキキ効果みたいに本能的/ 人類共通なものだと、弊社内での意見として上がっていました。男性・女性を青赤で表すのは完全に文化的ですが(台湾や中国などの例が出た)、赤黄で注目を集めるのは生物的なものでは?

白石先生:(ブーバキキ効果について)そういう説もあります。 ずっと紫やピンクを男の子に持たせたら、好きな色になるという研究もあります。ただこの性質は後天的にいくらでも変えられるものです。ですので、遺伝子的にはむすびつかないのではないかと思います。

赤や青のネガポジという質問ですが、人類共通でもネガティブでもポジティブでもないし、あまりネガポジで考えないほうがいい。デザインする上で男性だから女性だからは考えず、なるべく男女差をなくしましょう

(ちなみにブーバキキ効果とはこちら。「どっちがブーバでどっちがキキ?」)

危険な色、喚起する色

質問:見える人の中でも色覚特性などで色の見え方が大きく異なりますが、赤に「生来的な共通の危険意識」を持てているのでしょうか?例えば「血の色だから危険」みたいな想起ではなく、"記号として" 機能し、使用するようになった歴史があるならお伺いしたいです。

白石先生:色の記号でも共通認識はありません。 赤は国によって赤の捉え方が異なり、中国では戦争などの歴史からか、主に「勝ち取る色」として認識されています。コンテキストに対しての赤はイメージはそれぞれ違います。赤は危険な色というより、目に刺激がある色(注意喚起する色)ということになります。でも本当は注意喚起でいい色は黒黃になります。黒黄色に限らず、コントラストが強いもののほうが目につきやすく喚起を促されるということです。

色の文化は染料や顔料の発達と切ってもきれない

質問:染料における色の文化について伺いたいです。染料の発達なども関係ありますか?青におけるヨーロッパの歴史に関する本がありますが、

青を使うのは金持ちの証というイメージでした。しかし、ギリシャ・ローマは白、金、赤のイメージが伴うように思います。染料における文化の違いや歴史的背景などの関連をご存知なら伺いたいです。

白石先生:物理色として、顔料、染料の2種類があります。顔料は絵の具など、染料は布などを染色するのに使われますが、色の文化は染料や顔料の発達と切ってもきれませんし、それぞれの国で宗教や文化にかかわります。 さらに近代で色が劇的に変化したのは、化学染料が出てからになります。

日本の伝統色と染料について

質問:東京オリンピックが開催されますが、そこで選ばれた紅、藍、桜、藤、松葉など、自然から採れる染料に重きを置かれているのはどういった意味がありますか?

白石先生: 東京オリピックの選考で日本の伝統色を使いましょうという流れがあったのではないかと思います。いわゆる日本のデザイン百選みたいな流れで選ばれたと思います。ちなみに、自然から採れる染料という話ですが、この中で藤色、松葉色は自然そのままで作れない人工色の染料。藤色は紅色に藍色を加えたもの、松葉色は茜色と藍色を加えたもの。特に自然の色だから重きを置かれているというわけではないと思います。

無彩色(グレーなど)の感情論

質問:無彩色はニュートラルさやモダンさ、強さ高貴さを感じますが、感情みたいなものを感じにくいように思います。感情との関連などがあれば伺いたいです。

白石先生:グレーは感情には結びつかないと思います。おそらくグレーを強く感じたときに伴う感情によるものでしょう。グレー自体は感情にむすびにつきにくい、記憶されにくい色に分類されています。
感情は別として、グレー(無彩色は)地の色としてすごくいいです。他の色の邪魔をしないので、使いやすいですね。

(色の印象や感情、国別の特性などを網羅している千々岩英彰先生の色彩学概説)

RGBの位置づけ

質問:RGBという新しい(?)染料を得たことによる人類への影響など、調べたようなものはあるありますか? エポックメイキング的には活版印刷機くらいの転回があるような気がしますが、RGBは美術界ではどういう位置でしょうか。

白石先生:RGBは発光色。なので染料ではありません。RGBで表現できることにより光の色なので、いままでできなかった虹の色や空の色が表現できるようになりました。RGBにより表現できる色の幅が増えましたが、長所と短所もある。実はアミ版にも加法混色的な現象があるのですが、印刷物(CMYK)とモニタ(RGB)では色の見え方が全く違う。学生たちにはCMYKとRGBの色の違いを覚えるように指導しています。

しかし「RGBという新しい染料」という言葉にはドキッとしました。染料ではないが例えば布自体が発光するなどで、RGBが利用できる時代が来ている。

質問:すでにファッションデバイスとしてブレスレットなどが実用化されています。

白石先生:プロジェクションマッピングを利用したりと、RGBの配色がファッションやテキスタイルなどに使えることで、新しい表現が可能になったのではと思います。

人間の色の知覚に関して

質問:人によって色が違って見えるスニーカーなどの見え方について、色かぶりなどによる色の見え方の違いをよく右脳左脳で言い表されるが科学的根拠が弱いように感じる。美大ではどのような講義や説明をされるのか知りたいです。

白石先生: 色は人間の知覚によって百人十色です。理由は色の恒常性。補正、記憶が関係しています。色の恒常性とは暗い部屋で目が慣れてくると起こるもの。柄の色を認識しようとしたとき、記憶の中の色を呼び起こすため人によってピンクに見えたり白に見えたりします。色の知覚現象で説明できますが、デザイン情報学科では入学してすぐにデザインリテラシーを学ぶ授業で教えています。

質問:フェンリル社内にもデザイン部や品質管理部(QA)に色覚特性を持っていたり弱視だったりするメンバーがいます。色や形だけにこだわらないデザインや、品質管理の観点、アクセシビリティの確保など、むしろ一般的な見え方の人間と違った独自の目線で制作物のクオリティ向上に貢献してくれています。今後こういった多様性こそがクリエイティブに必要だと思いますがいかがですか?

白石先生:色弱の学生から「僕はクリエイティブ業界でやっていけるか」という質問がでました。私の答えとしては「できる」。公共交通機関で命を預かる仕事(航空や消防士など)ではむずかしいかもしれませんが、デザインワークにおいては色を見るだけで判断するのではなく、色票番号やRGBの数値などで確認すれば問題ない。
色弱や色覚特性はデメリットではないと思います。

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(白石教授の編著。デジタルデザインやデザイン情報を教える前に手作業のエクササイズをこなしてリテラシーを向上させるアプローチはデザインをする上で必要な情報の整理を行う基礎能力の底上げだけでなくオリジナリティやクリエイティビティの確認にとても有効だろうと感じる良著)

インタラクティブと色の関係

質問:フェンリルは共同開発としてアプリやWebサービスを開発していますが、インターフェースとしての色だけでなく、インタラクティブなアクションやアクティビティにも、ネガティブがポジティブに感じたりと色の感じ方が変わるように思いますが、見解をうかがいたいです。

白石先生:フラットなWebの世界ではネガティブ・ポジティブは考えなくてもよいと思います。共通認識のところでもお話しましたが、アクションや色ではネガティブポジティブは気にしない。ネガポジを基準にするのではなく、コントラストや強弱を意識することが重要です。

質問:色覚特性とUD考慮について、鉄道の路線図や看板などではUD配慮が一般的となりつつありますが、色覚特性に対応するものがほとんどで加齢による白内障などへの配慮が進んでいないように思います。すでに迎えている超高齢化社会に対して色覚特性にとどまらず加齢に対する検証などをされている研究があれば知りたい。また、これから若い世代の学生たちが作り出す作品が年齢によって色が影響を受けるかなどどのように指導されていますか?

白石先生:加齢による影響などはもちろん教えています。例えばクロード・モネの晩年の作品は、黄色くてもやっとしてる。ただ、美術界では「白内障」だとは教えていない。あくまで見えたものをそのまま描いたというだけ。作る側が年をとって、見え方が変わったらそれをそのまま描けばいいと思います。

加齢に対する配慮にしても、例えばオシャレなコンテンツがモヤっとしてコントラストが低くても、ターゲットが若い世代であればそれでいいのではないかと感じています。ですが、心理学や主観的な方向に引っぱられないように。ペルソナを作りすぎると引っぱられやすいので注意が必要です。

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というところで、チャイムが鳴り響き終了の時間に。次の授業のご準備もあるという中、本当にギリギリまでご対応いただき事前に用意していった質問以外にもたくさん対話させていただいた。

本当に繰り返しになるが、事前に質問集をお渡ししたとはいえ、かなりの質問量に対して一つ一つ丁寧にご回答いただいた白石先生には改めて御礼を申し上げたい。

まとめ

事前に質問を用意するため社内で質問を募ったのだが、「赤や青(緑)の共通認識やポジティブ色の考え方はある」という前提で話が進んでいたにもかかわらず「共通認識はありません!」ときっぱり断言されて、ものすごく衝撃をうけた。完全に前提条件が間違っているではないか。

特にトイレの共通認識は、個人的にオフィスに戻っても確信が持てなかったため、海外のストックフォトで”toilet”と調べてみた。結果、確かに一枚も赤青みたいな色はない。違いは女性がなんとなくスカートぽい形で分かれていることぐらいか。男女の左右配置も決まりがあるのかと思っていたが特になさそうなことも判明した。やはり先生は正しかった…!

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(ストックフォトから集めたトイレのイメージボード)

クリエイティブやリテラシーとしてのUD
クリエイティブとして発信するならばオリジナリティの確認と担保は特に重要なことだが、武蔵野美術大学という日本を代表する美大の中で、白石先生繰り返し浸透させて行っていただいているのが本当に素晴らしいなと感じた。

今回の対話のなかで、(色だけに限らず)UDを考慮すべきは多くの人に対していかに困らずに情報を届けるかにかかっていると再認識したが、色のネガポジに関するところなど、フェンリルだけに限らず多くのデザイナーの中で誤認しているのでは?ということが知れた。

特に色に関する心理学、研究結果や文献を用いてガンガン論破していただいたことは、商業的なデザイン視点でばかり考えがちなデザイナーには大きな学びがあったように思う。逆に我々デザイナーもサービスやアプリのトレンド、HIG、マテリアルデザイン等々のデザインガイドラインの知識など、色の専門家であり新しいクリエイターを教育・排出する立場の白石先生とはまた違った観点でUDやアクセシビリティに活かせるような知見も持っていると思うので、今回だけで終わってしまうのではなく、他のメンバーも交えてディスカッションを行ったり、質問やインタビューなどができる機会があればと願っている。

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白石先生とお話させていただいた同日に学内で開催された合同説明会にも参加させていただいた。フェンリルでもムサビの卒業生が活躍している。今後も新卒採用に限らず、積極的に採用活動を行っているので、興味のある方はぜひ会社説明会でお待ちしています。


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